第17話 恋心の自覚 3

 照れを隠そうと何か話題を探し、カトリーンは「そうだわっ」と叫ぶ。


「ねえ、フリージさんは今度の祝日はお暇?」

「今度の祝日? ……確か、友人の結婚式だったと思う。とても親しい友人だし、招待されているから参加するんだ。何かあるの?」

「え、ううん。ちょっと見に行ってみたいところがあったから、一緒にどうかなって思っただけなの」

「そっか。ごめんね」

「いえ、大丈夫です」


 カトリーンがひらひらと両手を胸の前で振ると、フリージは申し訳なさそうに眉尻を下げた。


 今度の祝日には、四天王の一人であるデニス様の結婚式が大聖堂で行われるという。一緒に行けたらいいななんて思っていたのだけれど、誘う前に見事に玉砕してしまった。


 ちょっぴり残念な気分で湖を眺めていると、ざわっと強い風が吹き、湖面に波を作る。木々が揺れて小鳥が一斉に飛び上がるのが見えた。少しの肌寒さを感じて両腕を胸の前で組むと、ふわりと肩に温かさを感じる。


「冷えてきたから、そろそろ戻る?」

「あ……私、まだ薬草を採り終えてなくって」

「そうなの? じゃあ、俺も手伝うよ。どこ?」


 上着を脱いでカトリーンに掛けたせいで楽な白シャツ姿になったフリージは立ち上がって辺りを見渡す。


「でも、悪いわ」


 カトリーンは慌てて両手を振った。


「いいんだよ。一人より二人で摘んだ方が早く終わるだろ」

「でも、この上着も……」

「日が傾いたせいで少し冷えてきたから着ていて」

「でも、フリージさんが──」


 喋りかけたカトリーンの口許にフリージが人差し指を一本差し出す。


「もう『でも』はなし。ほらっ、探すよ。俺が風邪をひいたら……そうだな、カトリーンに看病してもらうから役得だ」


 おどけたように笑うフリージを見上げ、カトリーンも釣られてくすくすと笑みを漏らす。


(この人、本当に優しいなぁ)


 本当は今度の祝日に一緒に噂の結婚式を見に行ってみたかった。残念だけど、意図せずこうやって一緒に過ごせているからいいかな、と思ったり。


 セントワールの葉を摘みながらチラリと横を見ると、ちょうど顔を上げたタイミングのフリージと目が合って、にこりと微笑みかけられた。


「摘み方はこれで大丈夫?」


 根元から丁寧に摘まれた葉を差し出される。初めて間近で見た大きな手は剣を握るためかごつごつとしており、更に中指にはペンだこができていた。


「あ、大丈夫です。ありがとうございます」

「なんで急に敬語なの?」


 フリージはまたくすくすと笑う。

 赤くなった頬は笑われた恥ずかしさのせいか、それとも別の理由のせいなのか、自分でもよくわからない。けれど、あっという間に一杯になってしまった籠を見て少し残念に思ったことは間違いない。


    ◇ ◇ ◇ 

 

 王宮へと戻って書類に目を通していたフリージは、温かい花茶を一口飲んでから皿に盛ったクッキーを一枚手に取る。サクッという軽快な音と共にクッキーは口の中でほろほろと崩れた。


「最近、機嫌がよろしいですね」


 声を掛けられてそちらに目を向けると、執務室の端で仕事をしていたパオロがこちらを見つめていた。


「そう見える?」

「はい。以前に比べて顔色もよろしいかと」


 フリージは意味ありげに口の端を上げる。


「ちょっとね。疲れを吹き飛ばしてくれる『癒し』を見つけたかもね」

「ペットでも飼われたのですか?」

「ペット? ちょっと違う。でも、今全力で甘やかしてる。反応がいちいち可愛いんだよね」


 楽しげなフリージの様子にパオロは訝しげな顔をしたが、すぐに気を取り直したように表情を緩める。


「何にせよ、調子がよいことはいいことです。──そろそろ時間ですが、陛下の元へ行かれますか?」


 フリージは時計を確認する。確かに、そろそろベルンハルトの執務室に四人の側近達が集まって至急対応すべき案件などがないかの報告をしあう時間だ。


「そうだな。そろそろ行こう」


 フリージは短く答えると、すぐに立ち上がった。


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