第15話 恋心の自覚 1
窓から差し込む朝日の眩しさに目を覚ましたカトリーンは、その陽の光を避けるように手をかざした。
「もう朝かしら……」
「綺麗……」
見ているだけで、笑みが漏れる。
ショコラを食べたことがなく、食べてみたいと言ったカトリーンの何気ない一言を覚えていてくれた。彼はこれを自分のために選んでくれたのだろうかと思うと、なんだかとても嬉しい。
「うふふっ」
だらしなく表情が緩みそうになり、カトリーンは両頬を手で覆った。誰が見ているわけでもないのに気恥ずかしくなり、慌てて立ち上がると階段を駆け下りて顔を洗う。
一階の窓の雨戸を開け放つと、優しい日差しが室内を明るく照らした。今日もいい日になりそうだ。
そのとき、カトリーンは窓の景色に見慣れた人物の陰を見つけて「あっ」と声を上げた。
「おはよう、ガリエット!」
呼びかけられた新聞配達人のガリエットはカトリーンに気付き、新聞を持った片手を軽く上げた。そしてその新聞を近くの家のポストに入れると、笑顔でカトリーンの方へと近づいていきた。
「おはようカトリーン。なんだか今日は機嫌がいいな。何かいいことがあった?」
「えへへ。秘密」
照れ隠しのように笑うと、いつものように「今日はどんなニュースがあったの?」とガリエットに尋ねる。
「今日はいいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
「いいニュースと悪いニュース? じゃあ、悪い方から聞こうかしら」
「よし。悪い方は、また例の謎の奇病の患者が現れた。だんだん患者数が増えている」
「また?」
カトリーンは眉根を寄せる。
『例の謎の奇病』とは、ここ数週間で急激に流行り始めている病だ。悪夢を繰り返し見て睡眠障害に陥り、日常生活に影響がでているという人が急激に増えているのだ。ここプルダ薬局にもカトリーンが知る限りで同様の症状を訴える人が複数人訪れた。
ステラが通常の睡眠に効く薬を処方したがあまり効きがよくないとのことで、カトリーンが睡眠によく効く魔法薬を処方して渡したのでよく憶えている。
「なにが原因かしら?」
「さあな。それがわかったら、トップニュースだ」
両てのひらを天に向けて肘を折るポーズをするガリエットに、カトリーンは「それもそうね」と同意する。
「いいニュースの方は?」
「いいニュースの方は、デニス様の結婚式の日が発表された。皇帝夫妻のときは王宮内の聖堂で式が挙げられたけど、今回は大聖堂で行われるみたいだよ」
「大聖堂? 中央広場の?」
カトリーンは自分が想像する場所が間違っていないかを確認する。大聖堂は、城下にある中央広場という大きな広場に面した荘厳な雰囲気の聖堂だ。この国で一般人が入れる聖堂の中では最も格式が高いと聞いたことがある。カトリーンもハイランダ帝国に来てから教えてもらって、何回かお祈りに訪れた。
四階建ての建物より高い吹き抜けの天井は色鮮やかな装飾が施され、等間隔に並ぶ明かり取りから光が優しく注ぐ。それはそれは素敵な聖堂だった。
「そうだよ。俺は取材で早朝から張り込むつもり。あそこなら、一般人もちらっとお姿を見られるかもしれないから、カトリーンも興味があったら来たらいいよ。皇帝夫妻や四天王の姿を直接見られるチャンスなんてそうそうないよ」
「へえ。行ってみようかしら」
皇帝夫妻といえば、噂で聞いた黒い鋼の鎧を纏った皇帝とカトリーンの故郷のサジャール国の元王女殿下だ。元王女殿下のリリアナ妃に会ったことは一度もないけれど、同郷の姫君ということで勝手に親しみを持っている。それに、噂に聞く『四天王』とはどんな人達なのかも気になる。
「それ、いつ?」
「来週末の祝日だよ」
「来週末の祝日ね。行くわ」
カトリーンは笑顔で頷いた。
午後になると、プルダ薬局の一番忙しい時間になる。今日もたくさんの患者さんが訪れ、カトリーンも立ちっぱなしの大忙しだ。
「リーンちゃん。この前痛めた足だけど、すっかりよくなったよ」
にこにこしながらそう言ってきた初老の男性に、カトリーンは「それはよかったです」と笑いかける。
「チティック薬局の薬を使ってたんだけど、たいして効きやしないんだ。それがプルダ薬局に変えたらあっという間によくなった」
「そうなんですね」
カトリーンが調合するのは普通の薬ではなくて魔法薬だ。当然ながら、効き目に差があるのは仕方がない。他のお店の悪口をいうのもどうかと思い、カトリーンは否定も肯定もせずに相槌を打つ。
「ただ、最近流行っている変な病気があるだろう? 夜寝られないとかなんとかの。あれチティック薬局の薬が一番効くってみんな口を揃えて言うんだよな。ま、俺はその変な病気になってもプルダ薬局に来るけどな」
男性はガハハッと大きな声を上げて笑うと薬を受け取り、手を挙げて店を後にした。
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