第14話 報酬はショコラと共に 2
カトリーンは手元の調合薬を見つめた。綺麗に混ぜられたこれは、疲労回復と滋養強壮の魔法薬だ。薬と言っても疲れを取ってその人が本来持っている体力や免疫力を補助するもので、常用してもなんら問題はない栄養補助剤のようなものだ。
まだ在庫は少しあるのだけど、そろそろ
それに──。
カトリーンはサイドテーブルに置いた水色の包装紙を見つめる。
──カラン、コロン。
再び鐘が鳴る音がする。
「リーンちゃん、お待ちかねよ!」
浮ついたような明るい呼びかけが聞こえ、カトリーンはハッとカウンター方向を見た。ガタッと立ち上がりかけたけれど、もしかしたらまたからかわれてしまうかもしれないという思いがよぎる。
カトリーンはスーッと息を吸うと、ゆっくりと「一、二、三、四、五」と数える。
よし。これでもう、慌てて飛び出してきたなんて思われまい。
「こんにちは、フリージさん」
「ああ。こんにちは」
奥からできるだけ平静を装ってカウンターへと向かうと、ステラとお喋りをしていた彼──フリージは柔らかく微笑む。カトリーンもにっこりと笑って見せた。
「あっ! そうだわ!」
わざとらしい演技でステラがポンと手を叩くと、「ちょっと用事を思い出したわー」とそそくさとその場を去る。カトリーンはジトっとした目で睨んだけれど、どこ吹く風でウインクしていった。
フリージはその様子を不思議そうに見ていたけれど、ステラの背中を見送るとカトリーンの方を向く。
「もしかして、忙しい時間に来ちゃったかな?」
「いえ、大丈夫です!」
「ならいいのだけど。いつものを貰ってもいい?」
「はい」
カトリーンは棚に並んでいる瓶から目的のものを取り出すと、一回分ずつ薬包紙に包んでゆく。
あの日薬草を採りに行って偶然出会った男性──フリージは、その翌日にはプルダ薬局に来てくれた。そして、来るたびに少し世間話をしていくので、カトリーンにとってその時間はいつしかちょっとした楽しみになっていた。
フリージによると、彼は王宮に勤めているらしい。
偉い人の下についていていつも忙しいのだと愚痴も零していた。初めて会った日はその偉い人の付き添いをしていたとも言っていた。
だから、カトリーンはきっとフリージはその偉い人の護衛をしている騎士なのだと予想している。
カトリーンはいつもその話をにこにこしながら、ときに共感するように眉を顰めて耳を傾ける。
故郷で通っていた教会の神父さまがいつもそうだったように、人は話を聞いてもらうだけでも心が落ち着くものだ。
薬包を五個作成し終えると、瓶の中身は案の上、
「ああ、そうだ。前にショコラ──俺のワイバーンに塗ってくれた塗り薬を貰ってもいいかな?」
「塗り薬?」
「なんか最近、王宮のワイバーンに怪我が多いんだよね。でもショコラはあれを塗って貰ったら翌日には治っていたから、また貰えないかなって」
ワイバーンに怪我が多い? 寝床に尖った石でも置いてあるのだろうか。
カトリーンは不思議に思ったが、頼まれた通りに特製の塗り薬と絆創膏を手渡した。
「ありがとう。助かるよ」
にこりと微笑まれ、カトリーンはチラリと自分の背後を見る。渡すタイミングを探って、さっきからちらちらと見ていたことに気付かれていないといいけれど。
「あと、これ……」
後ろの棚から取っておずおずと差し出したのは水色の包装紙だ。中にはカトリーン特製のクッキーが入っている。実は今朝、早起きして作った。
「ああ、いつもありがとう。もしかして、俺が来るタイミングを見計らって作ってくれたとかかな?」
「た、たまたまです!」
「なんだ、残念」
フリージはくすくすと笑う。
『残念』ってどういう意味だろう?
そんなことを考えていちいちどぎまぎしてしまう。
「前に貰ったの、凄く美味しかったよ」
「本当ですか?」
お世辞にでも『美味しい』といわれると嬉しなる。
カトリーンの表情がパッと明るくなったのを見て、フリージも笑みを漏らした。
「そうだ。いつも貰ってばかりだから、今日は俺からも」
カウンターの上に、フリージが丸い缶を差し出す。まさかお返しがあるとは思っていなかったカトリーンは驚いた。
「そんな、悪いわ。クッキーは薬草を時々採らせてもらっているお礼なのに」
「いいんだよ。どうせ剪定されてゴミになるって言っただろう?」
カトリーンはその缶を見つめる。缶の蓋には立体的に花の絵が描かれており、とても可愛らしい。
「これ、なに? 可愛いわ」
「開けてみて」
そう言われておずおずとふたを開けると、中には見慣れないボール状のものが入っていた。一センチくらいの小さなもので、色は茶色だ。そして、周囲に甘い香りが漂う。
「これは……何かの種?」
「見るのも初めて?」
フリージはそのボール状のものを摘まみ上げる。そして、ぼんやりとその様子を見つめていたカトリーンの半開きの口に、一粒それを押し込んだ。
コロンとしたボールは舌の上を転がり、とろりと蕩け始める。カトリーンは突然のフリージの行動と、口に入れられたものの感覚に驚いて目を見開いた。
「甘い……」
「ショコラだよ。食べてみたいって言っていただろ?」
フリージはカトリーンの反応を楽しむように笑う。
カトリーンは驚いた。確かに前回立ち話をしたときにショコラを食べたことは一度もなく、食べてみたいと漏らしたけれど、まさか用意してくれるなんて夢にも思っていなかった。
「これがショコラ? とても高価でしょう? そんなもの頂けないわ」
「でも、きみにあげようと思って用意してきた。貰ってくれないと無駄になってしまう。それとも、嫌いだった?」
フリージは困ったように肩を竦める。
そういう言い方はずるいと思う。これではカトリーンが断れなくなってしまう。
「好きだわ」
「なら、受け取って」
にこりと笑ったフリージは缶に蓋をすると、それをカトリーンに差し出す。
「ありがとう……」
カトリーンは缶に描かれた美しい花の絵を見つめ、相好を崩す。
初めて口にしたショコラは、この上なく上品で甘い味わいがした。
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