第12話 予期せぬ再会 3


「そろそろ二〇分経つな。戻らないと」


 男性は懐中時計を眺めながらそう呟き、それを懐にしまいながら立ち上がった。


『我が声に応え、出でよショコラ』


 燦々と日の光が降り注いでいた地面に急に影が差し、カトリーンはハッとして上を向いた。上空には先ほどまでいなかったはずの茶色のワイバーンが悠然と飛んでいる。


「使い魔?」

「そ。俺の相棒。ショコラって言うんだ」 


 男性はそのワイバーンを見つめる目を優しく細める。ショコラと呼ばれたワイバーンは旋回しながら大地に降り立った。


「ところで、きみはどうやってここに入り込んだの?」

「私もワイバーンに乗って……」

「使い魔がいるんだ? じゃあ、きみ魔女なんだね? 毛色が珍しいから、外国人ではあると思ったけど……セドナ国から来たの?」


 カトリーンは肩を竦めた。その質問はとても答えるのが難しい。

 カトリーンは上手く魔法を使えない。けれど、魔法薬を作ることが出来るから、完全に魔女ではないとは言い切れない。

 カトリーンはとりあえず、答えられることだけを答えた。


「サジャール国から来たわ。でも私、落ちこぼれなの」

「サジャール国? リリアナ妃と一緒だね。落ちこぼれっていうのは?」

「上手く魔法を使えないのよ」


 男性は少し首を傾げたけれど、「この国ではみんな魔法を使えないから問題ないよ。ようこそ、ハイランダ帝国へ」と笑顔を見せた。


 カトリーンは驚いた。これまで『魔法を使えない』と言うと憐み、もしくは嘲笑の眼差しを向けられることが多かったカトリーンにとって、この反応は生まれて初めてのものだったから。 


「笑わないの?」

「なぜ笑うの? 俺も使い魔はいても魔法は使えない」


 肩を竦める男性を見上げ、カトリーンは急激に親しみが湧くのを感じた。さっきはとっても嫌な奴だと思ったけれど、話すととても気さくでいい人な気がしてきた。

 ワイバーンに乗ることがないハイランダ帝国にいながらワイバーンに乗っているということは、この人は軍の幹部なのだろうか。となると、『命を狙われることもある』というのも頷ける。

 

「以前見かけたときは凄く疲れていそうに見えたけど……。今は少しは大丈夫なの?」

「え?」

「この前、目の下にくまができていたわ。あなたにあげたクッキー、疲労回復の魔法薬を混ぜ込ませてあったの。私、魔法は上手く使えないけれど魔法薬を作るのは得意だから。でも、この前のは砂糖と塩を間違えてしまって……」

「ああ、そうなんだね。どおりで……」


 苦笑いのような男性の表情から、美味しくはなかったのだろうなとカトリーンは悟った。


「あれを食べたあと数日間はすごく体が軽かったよ」


 そこで男性は言葉を切り、カトリーンのとなりに置いてある薬草の入った籠へと視線を向けた。


「もしかして、ここへは薬草を探しに?」

「ええ。サジャール国にいたときは実家の庭に薬草が自生していたのだけど、ここでは見かけなくて。テテに相談したら連れてきてくれたの」

「テテ?」

「私の友達。ワイバーンなの」

「友達? 使い魔じゃなくて?」


 男性は不思議そうに首を傾げるが、説明するのが難しそうなのでカトリーンは肩を竦めて見せた。そのとき、カトリーンは男性のワイバーン──ショコラの足から血が出ていることに気が付いた。


「この子、怪我をしているわ」

「え、また? ……本当だ」


 男性はショコラの方を振り返り、眉を寄せる。

 『』という言葉が気になったものの、カトリーンはすぐに手当てをしてあげることにした。近づいてみると、皮膚の表面を覆う鱗が一部剥がれ、血が出ている。

 持参した鞄を開くと、そこにはカトリーンが調合した特製傷薬と傷の治りが格段に早くなる絆創膏が入っていた。丁寧にそれを傷口に塗り込むと、ショコラは大人しくその様子をじっと見つめていた。


「ありがとう」

「どういたしまして。大人しくて可愛い子ね」


 カトリーンがにこりと笑いかけると、男性も目元を緩めた。


「だろう? 俺の癒し。この色もあって、だから『ショコラ』ってつけた」

「ショコラってお菓子の?」

「そうだよ」

「ふーん。美味しいらしいわね」


 カトリーンは相槌を打つ。

 ショコラはサジャール国にもあった、王侯貴族が好むという高級菓子だ。とても高価なものなので、カトリーンは食べたことは勿論、見たことすらない。義母のオハンナと妹のヘンドリーナが貴族のお屋敷に招待されて口にしたと自慢していたのを聞いたことがあるだけだ。


「そうだ。きみ、名前は?」

「カトリーンよ。城下にあるプルダ薬局で働いているの」

「プルダ薬局? チティック薬局なら最近よく聞くけど……」

 

 男性はブツブツと呟く。どうやらプルダ薬局のことは知らないらしい。小さな薬局なので仕方がないかもしれない。ちなみにチティック薬局とはここ最近急成長している城下にある薬局だ。

 男性は顔を上げるとカトリーンを見つめる。


「カトリーン。ショコラを手当てしてくれたお礼に、これからもここの薬草は好きに採っていいよ。どうせ定期的に剪定されて捨てられるだけだから。庭師には伝えておく」

「え? いいの? じゃあお礼に、私はあなたにまたお菓子を作るわ。今度は塩と砂糖を間違えないようにして」


 カトリーンは思わぬ申し出に目を輝かせた。ここにはたくさんの魔法薬の材料がありそうなので、今後も好きにとっていいのはとても助かる。男性はカトリーンの申し出に返事する代わりに、少しだけ口の端を上げた。


「あなた、お名前は?」

「俺? フリージだよ。もう行かないと。俺がいなくてパオロが困っているかもしれない」


 パオロとは誰だろうと思ったけれど、それを聞く暇もなくフリージと名乗った男性はワイバーンに跨る。そして「じゃあね」と言い残すと、悠然と大空に飛び立っていった。


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