第19話 終わりから目を逸らす
目が覚めると、隣で小田桐が寝ていた。
「──!?」
中堂が跳ね起きると、小田桐もそれに気付いて目が覚めたらしい。
「おはようございます」
「お、おはようございます。私は」
「眠たそうにしてたから、連れてきちゃいました。俺もそのまま寝ちゃったし」
「あ、ああ……それはすみません。お帰りなさい」
「帰りました」
いや、帰ってきたことは知っている。むにゃむにゃ言いながら出迎えた記憶もある。
前の晩、自分を抱きかかえて寝てくれた小田桐が忘年会で遅くまで帰って来ない。その事実が、猛烈な寂しさとなって中堂を襲った。
(小田桐くんも飲みに行ってるし、私も何か飲むか……)
と、ワインとチーズで晩酌をしていたのだが、最近あまり酒を飲んでいなかったこと。どこから発生したのかよくわからない疲れによって、寂しさに加えて睡魔も襲ってきた。ちょっとだけ……と思ってテーブルで居眠りした、ところまでは完璧に記憶がある。
それから玄関が開く音がして、小田桐が帰ってきた。立ち上がって出迎えたところの記憶が、大昔に見たテレビのワンシーンみたいに残っている。
それからどうしたっけ。小田桐の口ぶりからすると、そのまま二人とも寝てしまったようだ。全く記憶にない。小田桐は寝間着ではなくてジーンズにセーターのままだった。少しにんにくの臭いがする。
小田桐がじぃっと自分の顔を見ていることに気付いた。一体何だろう。苛立ちよりも戸惑いが先に立つ。
「……中堂さん」
「なんですか」
「昨日、しなかったじゃないですか」
「別に、忘年会だからしょうがないって……」
まさか、日数を減らせと?
「そうじゃないんです」
小田桐は少し悪戯っぽい顔をして自分に抱きついて来た。体重を掛けられる。
「今日、しませんか? 昨日の分まで……」
心臓がどきどき言っている。気分がふわふわしてきた。アルコールが残っているとかじゃない。
「おだぎりくん……」
相手の腰に腕を回して抱き寄せる。
「……昨日の分までって、それ1日がかりですけど良いんですか?」
「良いですよ」
首筋を吸われて身体が震えた。
「でもその前にご飯食べてお風呂入りたいです」
1日がかりだなんて大袈裟なことを言ったけど、結局昼過ぎには事が終わった。中堂の方が音を上げたのだ。完全に小田桐に主導権を渡して身体を預けたら、思ったよりも情熱的に求められて、心の方が耐えられなかった。要するに、照れたとか恥ずかしくなったとかそう言うことだ。
「もういやです。恥ずかしい……」
「恥ずかしいことなんてないじゃないですか。可愛いですよ」
だから、そう言うことを言われるのが恥ずかしいんだ。けれど、中堂が言葉の上で拒絶すると、小田桐はそれ以上の無理強いはしなかった。ベッドで並んで横になると、中堂は小田桐の身体を捕まえて抱き寄せた。首を傾げて、尋ねる。
「どうしたんですか突然……」
「突然って言うか、前からちょっと考えてて」
「何を」
「俺たち、これからどうしようって」
「え……」
中堂は絶句した。
どう言うことだ? もう出て行きたいとか、そう言うこと? じゃあさっきの何だったんだよ。
「中堂さんはどうしたいんですか? 俺をこのまま手元に置きますか? それとも」
「その話、今したくないです」
折角良い気分だったのに。身体に甘く残っている熱が一気に引いてしまった。けれど、小田桐の身体を離す気にならなくて、中堂は彼の胸に顔を埋めて布団を被った。対話拒否のポーズだ。
良いじゃないか。小田桐だって、この関係に慣れて、自分の方からしたがるくらいなんだから。この関係に何の不満がある?
一昨日、小田桐の中身にもっと触れたいと思ったことを忘れて、中堂は考えることを止めた。
そのまま寝てしまって、起きたときには日が沈んでいた。小田桐がいない。
(どこ行ったんだろう……)
階下から、水道を使う音や足音が聞こえてくる。下にいるらしい。服を着て、中堂も下に降りた。
「あ、起きました? 夕飯、焼き魚で良いですか?」
小田桐は台所にいた。何事もなかったかのように夕食の支度をしている。
「ええ、構いません」
さっき、今後のことを話そうとしたのなんてなかったかのように振る舞っている。本当は良くないことはわかっている。けれど、
(そんなに頻繁に家にいる人間に入れ替わられてたまるか……)
勝手に環境を変えられるこっちの身にもなってほしい。そんなことを考えながら小田桐の手元を眺めていると、
「どうしました?」
視線に気付かれた。
「どうもしません」
中堂は首を横に振る。
このまま自分が封じ続ければ、何も変えないで済む。
小田桐のことなど知らなくても良い。リースを見る度に生じる心のざわめきは、クリスマスが終わるまで我慢する。それからしまい込んで、彼がいなくなったら捨てれば良い。
小田桐の望んでいることがわからないまま、自然に終わりがくるのを待つ。
「年末年始、ご実家帰りますか?」
だから、自然に終わったとしても、痛くもかゆくもない距離に戻りたい。
「そうですね。多分、顔出すと思います」
そのまま居心地が良くなって、実家に戻ったって構わない。私たちは、元々何の義理も無い関係なんだから。
「ご両親によろしく。ああ、何かお土産でも」
「いえ、お気遣いなく。中堂さんこそ、ご実家は」
「私は帰りませんから」
もう何年も帰ってない。それで良いと思ってる。その距離感が自分には丁度良いんだから。
「私の事はどうぞお気になさらず」
あなたの温かい内面には触れたいけれど、それはきっと、私を焼き尽くす熱。
それから、小田桐の方から誘ってくることはなくなった。ほっとした反面、猛烈に寂しい気持ちになる。勝手なのは重々承知だ。休みの前の日は、中堂の方から声を掛ける。小田桐がそれに応じる。事が終わったら寝てしまう。
1ヶ月前に戻っただけだった。
それから数週間後。12月23日。夕食をとりながら、小田桐が何気なく、
「そう言えば中堂さん、明日って予定ありますか?」
「いいえ。君はないんですか」
「ありません。なので明日は絶対ここで食べますから、中堂さんも待っててくださいね」
「はぁ……」
そんなに念押ししなくても、どうせクリスマスイブを過ごす親しい人などいない。カレンダーを何気なく見る。25日は何も入っていない。小田桐は休みじゃない。
(そんな、イブの晩に他人と寝るなんてことにこだわる歳じゃない)
首を横に振った。大体、自分と小田桐は恋人ですらないのだ。
「チキン、いりますか?」
嫌みっぽく尋ねると、小田桐はぱっと顔を輝かせて、
「良いですね。お願いしても良いですか?」
「わかりました。買っておきます」
なんでこいつこんなに浮かれてるんだろう。中堂は小さく溜息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます