第18話 これからのこと
小田桐は中堂がすぐに寝入ってしまったことに驚いた。もっと何か話すものだと思っていた。2人のこれからのことだとか。
中堂が徐々に自分に心を開いてくれつつあることを、小田桐は感じ取っていた。だから、今はただ中堂の「男(というか血の通った大人の玩具)」としてこの家に置かれているが、「同居人」としてきちんと2人で暮らしていくことを話し合うべきではないかと思っている。
思っているのだが、小田桐から言い出すと中堂が怒り出しそうなので言い出せずにいる。中堂がどこまで考えているのかは知らない。ただ、ずっと性行為の相手だけで同居を続けるのは難しい。いつか関係の破綻が来る。
おやすみなさい、と声を掛けたのとほぼ同時に寝入ってしまった中堂の顔をしげしげと眺める。死んだように眠っていると言うのはまさにこのことで、
「中堂さん?」
小田桐が声を掛けても、中堂は起きない。寝息を立てている。
「うそ……」
起こしたいわけではないが、一体どんな心境の変化でこんなことをしたのか。それは知りたかった。まじまじと顔を見る。
(ほんとに寝てる……)
ほっぺたを突いたけど、起きる気配はない。
(俺ももう寝なきゃ……)
そっと離れて、布団を掛ける。最後に唇にキスして。
「おやすみなさい」
もう一度、囁いた。
翌朝、目覚ましで起きると、中堂はまだ寝ていた。目覚ましにも気付いていないらしい。こんなに深く寝入っていて、起きるのだろうかと心配になるくらい。
(疲れてたのかな)
家事はほぼしてもらっている。12月に入って、1年の疲れも出ているのだろう。そう言えば、リースを見て泣いていた。神谷に捨てられてから、そろそろ1ヶ月。自覚していなかったショックや疲れが出ているのかもしれない。
そうだと思ったから、小田桐は中堂を起こさなかった。朝食を済ませて、付箋を書いてテーブルに貼っておく。昼休みに連絡した方が良いだろうか。それか早く帰って……。
(ああ、でも……)
今日は薬局の忘年会だ。
(大丈夫かな)
前からカレンダーに入れていた予定だから、中堂も知っているだろう。後ろ髪を引かれる思いをしながらも、小田桐は家を出て行った。
「それじゃ、ちょっと早いけど、今年一年お疲れ様でした。乾杯!」
薬局長の音頭で、薬局のスタッフたちは「かんぱーい!」とグラスを掲げた。小田桐もそうだが、ほとんどは一杯目がビールだ。下戸の数名は烏龍茶なりジュースなりを美味そうに飲んでいる。
「そう言えば、小田桐くんは下宿してんだっけ?」
ご機嫌の薬局長が水を向けてくる。
「あ、はい。そうなんですよ。親戚の紹介で。近くなってほんと楽です」
「大家さんと仲良いんでしょう?」
「はい」
肉体関係があります、とは流石に言わなかった。言うべきではないし、それ以外でも仲は良くなりつつある。
「大家さんどんな人?」
「面白い人ですよ」
最初はただの冷酷な男だと思っていたが、生活している内に思ったより表情も感情も豊かな人だと知れた。何もないときにキスすると動揺するところがなんだかんだで可愛いと思っている。
「そう言えば、百瀬さんに教えてもらったカレンダー、活用させてもらってます」
と、先輩薬剤師に言うと、
「あれ便利だよね」
頷いた。五月女が相変わらずの無表情で、
「百瀬さんは前田さんの予定知ってどうすんの」
「遊びに行くんだよ」
「一緒に暮らせよ」
「なんでよ」
百瀬は笑った。何故か五月女は笑っていない。
「帰りました」
玄関で靴を脱ぎながら声を掛ける。リビングを通って洗面所に行こうとすると、テーブルに突っ伏している中堂が見えた。
「中堂さん?」
脳裏に「卒中」という言葉が浮かんで、小田桐は慌てて駆け寄った。しかし、中堂は寝息を立てている。テーブルには、ワインボトルとグラス、つまみを置いてあったらしい小皿が置いてあった。独り飲みをしていたらしい。
「うん……」
「びっくりした……」
死んでないなら良い。いや、このまま放置しても風邪を引く。小田桐はひとまず手洗いうがいをするために洗面所へ行った。中堂に口を酸っぱくして言いつけたように、30秒よく洗って、うがいをする。リビングに戻ると、中堂が眠そうな顔をして起きていた。顔は赤くない。顔にセーターの編み目の跡が付いてしまっている。そう言えば、シーツの跡が頬に付いたときに、「もう歳だからなかなか戻らなくて……」とぼやいているのを思い出した。
(そう言えば、中堂さんがお酒飲んでるところ見るの初めてかも)
夕食の時も飲まないし、そう言えば晩酌もしていない。何だろう、このワインは。神谷の趣味だろうか……と思ってよく見るとコンビニのプライベートブランドだった。料理用だろうか。
「帰りました」
「ああ……おかえりなさい。たのしかったですか?」
「ええ……」
「わたしはさびしかったです……」
「えっ」
ふらふらとこちらに寄ってくる。倒れても良い様に腕を差し伸べたが、中堂は倒れることなく、小田桐を壁際に追いやる。
「おだぎりくん……」
「な、なかどうさん……」
首筋に顔を埋められた。ちゅ、と唇で触れられて、小田桐の肩がぴくっと震えた。
「おだぎりくん……さびしい……」
そう言えば、明日は休みだ。だから、本当なら中堂とベッドに入る日なのだが、今日は忘年会だから免除される、筈だった。
(いや、でもなんかすごい判断力落ちてるっぽいな……)
これで行為に持ち込むのもアンフェアな気がする……いくら中堂の方から持ちかけた約束とは言え。
正直、小田桐の方がその気になりかけていた。中堂さん、ベッド行きましょう。そう誘いたくなる。だから小田桐は言った。
「中堂さん、ベッド行きましょう」
肩を掴む。
「風邪引きますよ」
結局、この日は何もしなかった。中堂は小田桐が抱きかかえてベッドに入ると、またそのまま寝入ってしまった。昨晩から寝ている中堂しか見ていない。自分より体格の良い男にぴったり貼り付かれながら寝ていると、大型犬と仲が良くて一緒に寝てる子供ってこう言う気分だろうか、などと考えてしまう。暖かい。いや、いつもこうやって寝てるんだけど。
(わたしはさびしかったです……)
まさか、中堂が小田桐の不在にそんな感情を持つとは思わなくて、小田桐は動揺している。
(やっぱり、ちゃんと話し合った方が良い気がする……)
自分たちは一体どう言う関係であるべきなのか。1ヶ月過ごして、中堂は自分をどう思っているのか。自分は中堂をどう思っているのか。関係を変えて同居生活を続けるのか、はたまたこの関係を解消してしまうべきなのか。肉体関係を持ってるだけ、と言うには人間関係ができてしまっている。
考えることがたくさんあった。
(それにしても……)
自分の胸に顔を埋めてすやすや眠っている中堂を見ていると、顔が緩んだ。
(可愛いな……)
抱え直して、小田桐も目を閉じた。難しいことは、ちゃんと寝てから考えよう。
翌朝、中堂が跳ね起きたのにつられて、小田桐も目を覚ました。中堂は寝癖のついた頭で呆然としていて、
「おはようございます」
小田桐が声を掛けると、びくっと肩を震わせた。
「お、おはようございます。私は」
「眠たそうにしてたから、連れてきちゃいました。俺もそのまま寝ちゃったし」
「あ、ああ……それはすみません。お帰りなさい」
「帰りました」
気まずそうにしている顔を、じぃ、と見る。話したいことはたくさんあったけど……。
「……中堂さん」
「なんですか」
「昨日、しなかったじゃないですか」
「別に、忘年会だからしょうがないって……」
「そうじゃないんです」
小田桐は起き上がって、中堂の首に腕を回す。
「今日、しませんか? 昨日の分まで……」
「おだぎりくん……」
中堂の声が熱っぽい。腰に腕が回された。
「……昨日の分までって、それ1日がかりですけど良いんですか?」
「良いですよ」
昨日のお返しとばかりに、首筋に口づける。中堂の腕が震えた。
「でもその前にご飯食べてお風呂入りたいです」
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