第20話 考えたくないこと

 そして、12月24日の夜。

 中堂はケーキを前に溜息を吐いていた。小田桐はまだ帰って来ない。

(いや、でも小田桐くん帰ってくるから……待っていればちゃんと帰ってくるから……)

 午後6時30分。この前のこれくらい待ってから「食べて帰ります」という連絡を受けたが、今日は違う。小田桐の方から、「今日は絶対うちで食べますから、待っていてください」と言い渡されているのだ。

 絶対と言った。彼が言うならそうだろう。小田桐は変なところで律儀だ。先に言ったことを破ることはほとんどない。

 小田桐が帰ってくる。そう考えると、朝からずっとそわそわが止まらなくて、中堂は気が付くと外出していた。駅前のケーキ屋に行って、行列に並び、ショーケースに飾られていたケーキをホールで購入した。

「ご予約のお受け取りですか?」

 コックコートを着た店員がにこやかに尋ねる。

「いいえ、この小さいの一個下さい」

 店員は拍子抜けしたようだった。芸能界にいそうな美形が、クリスマスケーキの予約もしていないなんて! とでも言いたげな顔だ。中堂がにこっと笑って見せると、店員はこくこくと頷いてケーキを取り出した。


 そのケーキを目の前にして、中堂は頬杖を突いている。フライドチキンも買った。シャンパンも買った。後は小田桐が帰ってくるだけだ。自分で思っているよりもしっかりクリスマス仕様の夕食になっている。

(残業かな……)

 インフルエンザの流行る時期だ。処方も増えるだろう。忙しいのかもしれない。

 スマホをいじったりしながら待ち続けている。7時5分。玄関から鍵の開く音がした。はっと顔を上げる。小田桐が帰って来たのだ。そうでなければ泥棒だ。

「お、遅くなりました……」

 やはり小田桐だった。中堂は呆れた顔を作り、

「全くです……なんですか、それ」

 小田桐が持っている、小さいながらもしっかりとした作りの紙袋を指した。銀の箔押しで店名が記されている。菓子店……ではなさそうだ。小田桐はそれには答えず、テーブルに出されたチキンとサラダを見て、

「わ、美味しそう。ありがとうございます」

「いえ、それは良いんですけど、随分半端な時間ではありませんか?」

「ちょっと、2駅向こうに行ってました」

「なんで?」

「ちょっと洗面所に……」

「はあ」

 小田桐はコートを掛けて荷物を置くと、慌ただしく洗面所に駆け込んだ。手洗いうがいだ。本当に何だろう、この紙袋。2駅行ってたって、まさかこれのせいか?

「お待たせしました。座って座って」

 中堂を座らせると、小田桐も紙袋を持って椅子に座った。

「ちょっと目をつぶっててください」

「何でですか。君、さっきから何も説明が」

「後で全部説明しますから」

 中堂が仏頂面で目を開けたままにしているのを見て、小田桐は諦めたように紙袋から小さな箱を二つ、取り出した。どう見てもアクセサリーボックスで、中堂は度肝を抜かれる。何でそんなものを。

「それ、くれるんですか?」

「はい、あげます」

 箱の蓋が開いた。シンプルな金属プレートに、小さな石がはまっている。そんなネックレスが、2つ。シルバーとピンクゴールドだ。

「俺と、お揃いでこれ持ってくれませんか? シルバーが中堂さんで、こっちの赤っぽいのが俺です」


 心臓が高鳴っている。こめかみの血管が脈打っているのがわかる。


「考えました。俺たち、ちゃんと名前のある関係を持つべきだと思うんです。今のこの宙ぶらりんじゃなくて。ね、中堂さん。中堂さんは神谷さんの事が好きなんですか?」

「は!? 何を言うんですか、いきなり!」

「俺は真面目に聞いています」

「……好きだったのだろうとは思います」

「今でも?」

「今は……どうなのでしょうね」

「俺のことはどうですか?」

「どうって……」

 なんでそんなことを聞くんだ。どう答えろと。

 でも、答えは出ている。心臓が不愉快でなくどきどきしている。顔が熱い。小田桐の内面の熱に焼かれている。

「……」

 ただ、その一言を言うのはとんでもなく勇気が要った。こないだまで15も年上の男に囲われていた42歳の男が、若い男に言う台詞か?

 でも、言わないといけない。ずっとそうやって目を背けていた。背け続けて何も言わなかったから傷つき続けた。ずっと考えることを拒絶して、ここまで来ている。

「………」

「中堂さん」

「あー! もううるさいな! 好きですよ! 私の彼氏になれば良いって思ってますよバーカ!!!! 毎日私を好きって言え!!!!」

 子供みたいなことを言った。

「馬鹿みたいだ! 私ばっかりいつも我慢して! 神谷さんだって自分勝手で、わ、私の気持ちなんて考えなくて、だから私も考えなくていいやって、だから小田桐くんのことだって考えたくなかったんですよ!」

 支離滅裂なことを言っている自覚はあったけれど、それは紛れもない本心で。

「それなのに小田桐くんが考えろってずっと言ってくるじゃないですか! 言葉じゃなくて、態度で! 私と真剣に付き合おうとするから私だってこんなに考えるハメになったんだ! だったら私の望みを聞いて下さいよ! 私はね、君を手放したくない! 独りにされるのはもうまっぴらです!」


「泣かないでください」


 小田桐に請われて、中堂は自分が泣いていることを知った。


「ひ、酷い。私がどれだけ苦しいか知らないでそんな、そんな」

「ごめんなさい」

「小田桐くん、これ」

「あげます。俺の気持ちです。中堂さんが好きです。独りにしません」

 返す言葉がなかった。中堂は立ち上がると、小田桐の胸倉を掴んで立たせた。うろたえる彼を、もう一度座らせる。

「中堂さん」

 その上に、覆い被さった。

「小田桐くんの馬鹿……こんなベタベタなことしやがって……」

「お気に召さなかったらごめんなさい」

「それは心配しないでください」

 首にかじりつく。

「中堂さん」

「もう、本当に馬鹿です。さっさと出て行ってれば、私なんかに捕まらなくて良かったのに」

 それを聞いて、小田桐の腕が中堂の背中に回った。

「しょうがないじゃないですか、もう、捕まっちゃったものは」

「うるさい、言い訳するな」

 八つ当たりの声に覇気がない。甘く崩れている。

「小田桐くんが変なことするから、ずっと苦しいんです」

 心臓がずっと早い。

「中堂さん、顔見せて」

「嫌」

 小田桐は、自分が首を動かしてようやく届く耳殻に軽く口づけた。中堂が驚いて顔を上げると、その唇を塞いだ。

「こういうのは、全部中堂さんに教えてもらったので……」

「しししし、仕返しとか子供ですか!」

「中堂さんから見たら子供ですよね」

「うるせぇ、人の揚げ足ばっかり取りやがって!」

「ね、俺、お腹空きました。そろそろご飯しましょう?」

「明日は」

「休み取ってあります。ごめんなさい、わざと予定入れてませんでした」

「最低……」

 小田桐に肩を叩かれて、中堂はやっと彼から離れることができた。

「乾杯しましょ」

 小田桐がシャンパンのフィルムを開ける。中堂が席に戻ると、ポン! と軽快な音を立てて栓が抜けた。

「……今夜寝かせませんからね……」

「たくさん可愛いって言ってあげますね」

「最低」

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