クビの配達引き受けます #17

 町を埋め尽くす超高層ビル群と言えど、雷雲の上まで突き抜けている物件は、そうそう無い。割合としては数十棟に一件と言った具合だろうか。

 それらは一つの例外もなく他ビルに比べて巨大であり、最上部には球状の巨大なエネルギーアンプが設置されている。


 そしてそれらの上空には、アンプと無線接続された巨大な居住ユニットが浮遊している。ここに、モリス達のような雲上人は暮らしているのだ。


 形状は様々だ。小さな街並みを切り取ったようなものがあれば、前衛芸術モニュメントじみたものもあり、味気ない立方体のようなものもある。

 まさに千差万別な居住ユニット群。その内の一つ、地上のようなビルが立ち並ぶ、しかしどこか古代ローマにもにた雰囲気を漂わせる居住ユニット――ラティナ家が管轄するそれの、斜め下方。


 轟。


 地上から唐突に発せられた光線が、雲海の一部を爆ぜ飛ばした。


「であるからし――なっ、何だ!?」


 居住ユニットの高度まで到達した、ましてや演説台の正面方向に吹き上がった黒雲の飛沫は、ガヤリ・ラティナの視界に否応なく飛び込んできて。

 その光景へ呆気にとられる間もなく、雷雲の切れ間から一筋の光が飛び出した。


 流星。


 一瞬過ぎった単語に、しかしガヤリは首を振る。顎肉が揺れる。大昔の衛星の残骸は、重力に逆らう事なぞ絶対にしない。

 だから、あれは。

 明らかに不自然な曲線を描きながら、こちらに向かってくる、アレは。


「ま、さ、か」


 周囲を警戒していたフル装備のヘカトンケイルmk-Ⅴ連隊が動く。だがその連装ガトリングガンが照準するより先に、流星は距離を詰める。間合いへ至る。


 吹き飛ぶヘカトンケイルの巨体。一拍遅れて、があん、という金属音がガヤリの耳へ届く。彼は知らない。それが雷の装甲で増幅された蹴撃によるものなのだと、想像すら出来ない。


 があん、があん、があん。


 ヘカトンケイル群を文字通り足蹴にしながら、流星は近づく、近づく、近づく。


「迎撃……いや、逃げっ」


 映像配信用に抑えた多目的広場、端の歩道には高速移動レーンが設置されている。そこを、ガヤリは目指したかった。

 だが。

 正面。噴水の手前。開けた場所。

 ふわりと。輝く装甲を纏う鋼のシルエットが、音もなく着地した。


「到ぉー着、っとぉ」


 重厚な出で立ちにはおよそ似つかわしくない、ネコのようにしなやかな動きで、流星は――アーマード・パルクールは立ち上がる。

 その身に纏うのは、細かな紫電をちらつかせる剣呑なエネルギー装甲。しかしてそれは、全て蒸発するように消える。それも一瞬で。フェイズ2の稼働限界時間に達したのだ。


 同時に頭部、肩部、脚部の装甲が一部展開し、強制冷却が実行。火が消えるような音と共に、蒸気がもうもうと排出される。


「何者だ!」

「侵入者! 侵入者だ!」

「各隊集合! 速やかに取り押さえろ!」


 辺りのラティナ家私兵団へ、たちまち伝播する怒号と敵意。混乱。


「やめたまえ、君たち。現当主が帰ってきたのだぞ?」


 それを、全方位無線で放たれた声が一喝する。誰もがぴたと止まる。

 唯一動いたのは、渦中のAP。その背に装備された貨物保持用マルチアームが展開、保持されていた箱を移動。APはそれを両手で抱える。


 コネクタが外れる。マルチアームが畳まれる。それが完了する頃には、銀箱内に何が収まっているのか、その場の誰もが理解していた。

 APのAI――サンジュのハッキングによって、周囲のモニタへ銀箱内のものが、現当主モリス・ラティナの首が映し出されていたからだ。


「あ、な、ああっ……」


 全てを悟り、力なく膝をつくガヤリ。その無様にモリスは一瞬苦笑し、しかしすぐさま真顔に戻る。確かに野望はあっただろう。だが、この叔父だけで最新型のmk-Ⅵが投入出来るとは思えぬ。十中八九、黒幕は別にいる。

 厄介な事だ。だがそんな思案なぞ露知らず、雲の上まで踏破したアーマード・パルクールことザジは、改めて辺りを見回す。


「さーて。ご依頼の方をお届けに来たんですが……どなたに渡せばイイんでしょうかね?」

「こちらです」


 と、即答した方向をザジは見る。おや、とバイザー下で片眉を上げる。

 さもあらん。そもそもの発端となったデミヒューマンの運転手。それとまったく同じ顔をした執事が進み出たのだから。


 その背には、浮遊しながら追従する巨大なコンテナ。重力制御装置が組み込まれているタイプだ。

 ついさっきザジが酒場へ届けたものより一回り大きい立方体は、デミヒューマン執事がザジの正面へ至ると同時に着地。天面中央部が展開。露出するコネクタ。生体に使われてるタイプ。


「あー成程」


 ザジは察する。モリスの入った銀箱を持ち上げ、コネクタへ接続。光が走り、モリスが僅かに顔をしかめる。癒合が完了する。


「や、れ、やれ。ようやくか」


 モリスの口が動く。同時に立方体コンテナ前面が展開。格納されていたものが、現当主の健康なクローニング体が露わとなる。


「ふむ」


 サンジュが演算した儀式装束と、まったく同じものを着こんでいる新たな身体。

 何気なく、左手首を見る。ホクロがある。少しだけ、モリスは笑った。


「忙しない受け取りになってしまったが――」


 立ち上がるモリス。役目を終えた銀箱は既に折り畳まれ、立方体後部へ移動している。

 次いで、ガヤリを横目で見やる。肥満体の叔父の傍に、立つ者は誰もいない。こうなると哀れなものだ。


「――まずはありがとうと言っておこう、アーマード・パルクール。キミ達のおかげで、僕の立場は守られた」

「いやいやイイんですよ別にこっちは仕事ですし。ところで……」

「うむ、支払いだな。おい」

「はい」


 コンテナを引いてきたデミヒューマン執事が一歩進み出、右手をザジへ差し出す。掌には埋め込み式の情報制御デバイス。躊躇なく、ザジはそれを握る。

 流入するデータ。桁の増える残高。ザジは、一際大きなため息をついた。


「よかっ…………たあー! これでしばらく大家に追い出されずに済む!」

「いやはやまったくマジに本当にまったくもってありがたい事でございますよなんだかんだザジは財布のヒモがゆるいもんですから家計は常にバーニングホイール状態でしてどうも」

「おいコラ俺のせいにばっかすんじゃねえよこのポンコツ! オマエの維持費だけでどんだけかかってるか――」


 ぎゃあぎゃあ言い合うアーマード・パルクール達。その微笑ましさを眺めていたい誘惑を、モリスは努めて振り切る。正面、遠巻きに事態を見ている外野へ向き直る。ぬかりなく、サンジュがコンテナ備え付けのマイクをONにする。


「……様々なトラブルが重なりまして、正式な当主であるこの私、モリス・ラティナの襲名が遅れました事をここに陳謝致します。つきましては一部始終のご説明と、改めて説明の場を設けるため――」


 朗々とした釈明、に擬態したモリスのアドリブは、たっぷり十分続いた。特に聴衆の質問への対応は、サンジュが本気で感心していた程だ。

 どうあれそれらが終わる頃には、半信半疑ながらも、聴衆の大多数はある程度の納得を得ていた。

 ふぅ、と。モリスはマイクを切りながら一息つく。APへ振り返る。


「とりあえずこの場は収まったが、まだまだ万全ではない。mk-Ⅵ撃破などの査定は、申し訳ないが後日にさせてもらえないだろうか」

「ああ、そりゃもう別に構いませんよ。きちんと払って貰えるなら」

「そこは勿論。ラティナ家の――いや、モリス・ラティナの名にかけて、きちんと精算するとも」


 そう言ってモリスは、しかし表情を曇らせる。


「……済まない。あれだけ大見得を切っておきながら、ままならないものだ」

「別に構いませんよ? ぶっちゃけた話、今までロクな支払いのない依頼も随分受けてきましたし、それに――」


 ぱしゅん。

 軽い音。アーマード・パルクールの首元から、圧縮空気が排出された音。

 装甲の接続が解除され、ザジはバイザー一体型のヘルメットを、勢いよく外す。モリスは目を剥いた。


 さもあらん。飛び散る汗。振り乱れる赤い髪。

 白い肌の整った細面が、若い女の顔が、そこにあったのだから。


「き、みは」


 言葉を失うモリス。その驚愕なぞ露知らず、ザジはニッと笑う。

 雲上人しか知らぬ太陽よりも、なお眩しい笑顔であった。


「ふいーっ! 久々だけど、やっぱ上の空気はンまいなあ! コレだけでも値千金ですよ!」


 ひょいと。道端の小石のように、ザジは今まで己の頭を保護していたヘルメットを放る。

 放物線を描くヘルメット。それが下降し始めた辺りで、サンジュ制御の背部マルチアームがヘルメットを受け止めた。


「いやはやまったくその辺は同意ですね科学危険汚染物質が地表に比べると実に非常にまったくもって少ないワケですからオイシイのは当然必然アタリマエでしょうこちらとしても空調システム調整が無い分楽ですがしかしザジ」

「何だよサンジュ鬱陶しいな。新しい依頼か?」

「的中正解ザッツライトですよザジさあさあボケっとしちゃあいられません早く疾く受注しなければ」

「あーもう分かったよ」


 鬱陶しげに手を振りながら、ザジはモリスへ向き直る。


「まあ、そういうワケなんで。忙しいのはお互い様って事で一つ」

「あ、ああ、うん」


 ぎくしゃくと頷くモリス。その驚きの意味を、ザジは考えようともしない。


「んじゃまたご贔屓に」


 跳躍、スラスター噴射。アーマード・パルクールは瞬く間に遠のいていき、未だ閉じきらぬ雷雲の亀裂へと消えていった。

 後に残ったのはようやく身体を得た自分自身と、未だ混乱している有象無象どもと、最も信頼していたデミヒューマン運転手の同系列体執事。


「何と言いますか、爽やかな方々でしたね」


 その執事が、淡々とつぶやく。


「ああ……まったくだな」


 大きく、モリスは息をついた。


「身体があるってのは、つくづく素晴らしいね。こうして肩をすくめる事が出来るんだから、さ」

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タストラ・シティ・ラプソディ 横島孝太郎 @yokosimakoutaro

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