クビの配達引き受けます #13

 衝撃。爆音。炸裂音。金属がひしゃげ、ガラスとコンクリートが砕け散る。

 ヘカトンケイルmk-ⅥのAIが予測した光景は、しかし当たらない。


「な、んだ」


 APの背で、モリスは息を絞り出す。彼は今、この鉄火場に最も似つかわしくない空気を味わっていた。

 即ち、静寂である。


 銀箱の、生命維持装置の小さな駆動音。聞こえるのはそれくらいだ。収音機構をどれだけ調整しても、破壊音は何一つ見つからない。下の喧騒を拾うのが精々だ。


「さぁて」


 バイザーの下、ザジは唇を舐める。APは、雷の装甲に包まれた右腕を掲げている。

 広げられた五指。その掌が受け止めているのは、四腕組み合わせたハンマーパンチ。即ち、ヘカトンケイルの重量と加速が十二分に乗せられた、必殺の一撃だ。一撃だった筈だ。


 ヘカトンケイルAIは混乱する。リミッターを解除したAPが無傷である。その程度なら理解出来る。だが。

 その足場となっている窓ガラスすら子揺るぎもしないのは、一体どういう事なのか。


「慣性……? いや違う。運動エネルギーそのものを消しているのか!?」


 こうしている今もなお、ヘカトンケイルはスラスターを唸らせている。ザジを押しつぶすべく、死力を振り絞っている。

 だがザジは動かない。その足が踏みしめる窓ガラスも、窓枠にこびりついた埃すらも、微動だにしない。


 やがて、モリスは気づく。銀箱内、APの稼働状況を映し出す小型モニタ。表示されるリアルタイム稼働データ。

 右腕部、雷の装甲。その内部で、何かが渦を巻いている。

 その渦はじわじわと脚部、及び腰部へも広がり、規模と速度を増しつつある。


「これは、一体」

「おっと」


 NO SIGNAL


 データリンク停止。同時にサンジュが説明する。


「いかなクライアント様と言えど、ここから先は企業秘密でしてね。ご容赦下さい」

「そりゃ残念だ」


 片眉を上げるモリス。出来るなら肩をすくめてもいただろう。


 どうあれその合間に、ザジはシステム操作。一瞬止まる渦。ベクトル変更。逆回転。

 そして、射出。発射口は、ハンマーパンチを受け止めていた右掌。


 炸裂。


 ヘカトンケイルは吹き飛んだ。己の巨体と大推力が生み出していた運動エネルギーをそのまま返されたとあれば、さもあらん。

 鉄塊じみた拳はひしゃげ、腕の一本は逆方向にねじ曲がっている。それでもどうにか飛行を続けているAIの性能は、つくづく見事。

 だが。


「なるたけ派手に、とのお達しなんでね――!」


 追撃を見舞うべく、ザジは跳躍する。

 今までを遥かに超えるスピード。だがその跳躍動作ですら、窓ガラスを揺らす事はなかった。

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