第19話 猫耳娘と二つの山

 午前中いっぱい掛けて学科のテストを終えたオレは、フィリシスやエルフリーデと合流し、昼食を共にしていた。

 場所は、いわゆる学食。

 学生を対象に安くボリューム満点のメニューが揃った食堂だ。

 富裕層などを対象としたレストランも有るには有るが、あちらには例のエリート連中や取り巻き達がいるのは分かっているし、何よりこちらの方が肩が凝らなくて気に入っている。

 調理などを担当してくれているオバちゃん達も気の良い人達ばかりだし、ワイワイ雑談しながら食べるには、こちらの方が向いている。

 今日は、テストの出来が良く無かったせいか、一人頭を抱えている猫耳娘エルフリーデが居て、いつもほど会話が盛り上がっているわけではないが……。


「エルフリーデ~、もう気にすんなって! 珍しくメチャクチャ勉強してたんだし、ちょっとぐらい出来が悪くっても、入試ん時よりは良い筈だろ? もう答案用紙も出しちゃったんだからさぁ」


 見かねたフィリシスがバンバンと肩を叩きながら、そんなことを言う。

 確かに、ここのところのエルフリーデは本当に良く勉強していた。


「アタシだって満点が狙えないのは分かっているさ! でも明らかにやらかしたんだ……解答欄が一列ズレてることに、最後の最後に気付いたんだよ…………」


 ……う、うわぁ。

 それは確かに落ち込むかもしれない。

 普段ならやらない勉強を、あれだけしていたのだから尚更だ。


「案外、それで点数が上がるかもしれないじゃん。飯が冷めちまうぞ?」


「そ、そうだよな! よし!」


 根が素直なエルフリーデは、それまでの沈みっぷりが嘘のように、猛然と残していた昼食をかき込む。


「そういうフィリシスは、どうだったんだ?」


「バッチシ! カインズも抜いちまうから覚悟しとけよ~?」


 実際、この地這族ミニラウの友人は末恐ろしい。

 特にテストに向けた勉強をしていたわけでもないが、授業が始まると普段の落ち着きの無さが嘘のように鳴りをひそめ、恐ろしいほどの集中力を見せるし、講師の説明に少しでも分かりにくい部分が有れば、物怖じせず質問する積極性も併せ持っている。

 知的探求心の旺盛さは、さすが地這族ミニラウといったところか……。

 地這族ミニラウが定住を好まないのは広く知られているが、やる気になった地這族ミニラウの学力は天井知らずに上がっていくというのは、あまり知られていない。

 入試の時は学科は得意、不得意がハッキリしていたというが、今はどうだろう?

 オレも授業は真面目に受けていたし、テスト用の勉強もしっかりしていたから、そうそう抜かれていたりはしない筈だが、フィリシスの自信満々な様子を見ていると、少し不安になってくるから不思議だ。


 ◆ ◆ ◆


 敢えて軽めのメニューを選んだ昼食を食べ終わり帝立闘技場に到着したオレは、午後の模擬戦に向けて腹ごなしがてら、割り当てられた控え室の片隅で入念なストレッチを行う。

 室内ではフィリシスやエルフリーデ、それから何人かの学生が同じようにストレッチしている。

 ……って、エルフリーデの控え室は絶対にここじゃないだろう。


「エルフリーデ、何でここでストレッチやってるんだ? こっちの控え室は男子用だぞ」


「む……言われてみればそうみたいだな。邪魔をした」


 素直に頷いて部屋を後にしたエルフリーデだが、一緒にストレッチをしていた皆から、オレが睨まれてしまう。

 ……スケベどもめ。

 実際、普段から薄着なうえ、胸が巨大過ぎるエルフリーデがストレッチしている姿は、それはもう素晴らしい見応えだ。

 チラチラと皆から見られていて、友人としては気の毒に思えたから退室を促したわけなのだが……健全な男子諸君には、それがお気に召さなかったらしい。

 まぁ、当のエルフリーデが全く気にしないタイプだからな。


 それはともかく、このストレッチという文化。

 どうやら、こちらの世界には無かったものらしい。

 確かに戦場だとか、実際の冒険の場で、事前のストレッチなどはしていられないだろうから、それも頷ける話ではある。

 ただ、ストレッチをしておけば余計な怪我をする可能性も減るし、やらないよりはやった方が動きも良くなるのは間違いない。

 以前、武術の授業の際、オレがストレッチをやり始めたのを、まずフィリシスが興味津々といった様子で見ていた。

 次の日にはすっかり覚えてフィリシスが先にやっていたのには驚いたが、オレにしてもフィリシスにしても、そういった武術の授業ではエルフリーデ以外には並ぶ者の無いほどに好成績を示し続けていたことから、今ではすっかり学内に浸透している。

 そればかりか最近では、近衛騎士団などでも既に取り入れているらしいから、五学舎統合のことといい、上下水道の整備のことといい、この国のトップ達は柔軟な対応が出来る人達が揃っていると見える。

 オレ達を目の敵にしている筈のエリート達も、ストレッチは素直にやってるんだよなぁ。

 ……お国柄なのかね?


 模擬戦はトーナメント形式で行われるため、既に組み合わせは分かっている。

 会場のキャパシティが非常に大きいため、八試合が同時に行われるという話だが……魔法有りの模擬戦で、本当にそんなにスペースが取れるのだろうか?

 まぁ、オレが気にすることでは無いかもしれないけどさ。


 主席合格のオレの順番が最後の試合なのに対して、次席のフィリシスは最初の試合だ。

 トーナメント表で言うと反対側の山の一番最初。

 フィリシスから見れば、正反対の位置がオレで、エルフリーデはフィリシス側の山のオレと同じく最後の試合。

 順当に行けば準決勝でフィリシス対エルフリーデ。

 決勝で勝者とオレの組み合わせになる筈だ。

 もちろん、飽くまでも順当に行けば……だけどね。

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