第18話 矯《た》められた猫を試すには

 首席合格を果たし、見事に特別習得クラス(特習クラスとも呼ばれる)に配属されたオレだったが、残念なことに変わり者の地這族ミニラウ……つまりフィリシスを除けば、積極的に仲良くなりたいと思えるクラスメートは居なかった。


 元々、『帝都五学舎』と呼ばれていた帝立魔法学院、帝立神学校、帝立冒険者養成所、帝立士官学校、帝立官吏育成学究院が現存していた場合、それぞれに首席と次席で入っていただろう人材が集まっているだけのことはあり、皆が皆そうでは無いがエリート意識の塊とでも言うべきメンバーが大半を占めていたからだ。

 中にはそうでは無い者が居たのは事実だが、そうした連中は勉学以外に関心が無いというだけの話で、まるっきり異物のような存在としてあつかわれているオレやフィリシスと、エリート連中の間に立って仲を取り持つようなことも無かった。

 自然、彼らとオレ達が仲良くなることも無かったし、エリート連中には基本的にオレ達は無視されてしまっている。

 学院入学以前の彼らの間に有ったライバル意識や同族意識とでも言うべきものに、オレ達が横から唐突に割って入ったように思われているのかもしれなかった。

 騎士や冒険者を志す者より強く、官吏や魔導師、神官を目指す者より、専門知識を深く理解しているオレ達は、まさに目の上のたん瘤と言ったところだろう。

 一度、フィリシスにそのことを言ったら、それは『玄関口に居座るゴブリン』じゃないか?

 ……などと言われてしまった。

 こうした、この世界特有の言い回しや慣用句に、いまだに慣れていないのはオレの弱点かもしれない。


 それはそれとして……オレやフィリシスを良く思わない連中が居るのは確かだったが、ならば無理にこちらから歩み寄る必要も無いかと、エリート連中を放置していたのが良くなかったのだろう。

 武術の腕こそ卓越しているが、学科はあまり得意ではないオレ達の親友……エルフリーデが狙われた。

 もちろん狙われたと言っても物理的にでは無い。

 総合的には特習クラスのエリート達が上でも、暴力に訴えたなら、束になって掛かったとしても彼らに勝ち目は無いのだ。

 かと言って、エリート達の出自が帝国貴族だったり、豪商の子女だからと言っても、友好国の王族を相手に回して社会的に追い込むのも不可能に近い。

 ならばどう狙われたのか?

 実にシンプルだ。

 エルフリーデ本人の、学科に対する授業態度の悪さを突かれた。

 つまり、授業中に寝ていたり、武術の鍛練や手合わせをして授業に遅れたりすっぽかしたりすることを、事ある毎に大袈裟に騒ぎ立てられたのだ。

 しかも連中には学院入学以前からの取り巻きのような者達もいて、彼らもエルフリーデを目の敵にした。

 一部の講師までが、エルフリーデに目を付けて口うるさく僅かなミスをつつくし、時には居残りや追加の課題まで課す始末だ。

 監視の目が至るところに張り巡らされ、心の休まる暇が徐々に無くなっていく。

 こうなるとさすがのエルフリーデも、すっかり気落ちしてしまい、本来なら得意な筈の授業でも精彩を欠く日々が続いてしまう。


 これに加え、オレとサナさんがプライベートでも親しくしているのを、どこからか嗅ぎ付け……サナさんの立場を悪くしそうな下品なデマまで流す始末だ。

 これにはオレはもちろん、フィリシスも大いに怒り、オレ達に触発されたのかエルフリーデまで敢然と立ち向かう姿勢を見せる。

 ここに一般生徒からもオレ達に同情的な者達(庶民出身者や良識的な貴族の子弟、獣人、ドワーフなど)や、サナさんの親友かつ学院講師のトリスティアさんまでもが加わり、以前からのエリート組と取り巻き対オレ達……という明確な対立構造が生まれた。


 そして陰に日向にバチバチとやり合い始めた両者を見かねた中立派の講師達が、校長権限を持つとある宮廷魔術師に話を持っていったのがきっかけとなり、いわゆるガス抜きと、明確な序列の再構築のためのイベントが開催されることになってしまったのだ。


 その校長とは誰なのか?


「それでは第1回帝立大学院のランキング更新コンテストを始めるよー?」


 ……そう、この特徴的な語尾で分かるだろう。

 ウェルズ帝国宮廷魔術師第7席アステール・ペリエその人だった。


 まさかの中間考査……そして文化祭と体育祭をゴチャ混ぜにしたようなこのイベントは、入試の時よりも、学生同士がお互いの優劣を見易くするように工夫がなされている。


 まず学科だが、科目毎の成績がイチイチ貼り出され、各人の答案すらも閲覧可能にする予定なのだとか……。

 そして、これはオレ達には直接関わり合いが無いのだが、職人や芸術分野のクラスにおいても発表会や展示会を通してランキングの是正を行うという。

 さらに武術については、入試の時の様に自分の得意とする武器を用いた対試験官の模擬戦では無く、学生同士の魔法使用有りでの模擬戦を大会形式で行うことになっている。

 武術だけでも勝てないだろうし、魔法だけでもそれは同じだろう。

 どちらも戦闘で使えてこその……ということだろうか?

 しかも全学生が試合を観戦することが可能な様に、帝都の誇る大闘技場を貸し切りにするのだというから驚きだ。


 相当に掛かるだろう予算を誰が用意したのか?

 ……祖父のアサノ商会だ。

 しかも祖父では無く跡取りと目されている伯父が即決したらしい。

 母の兄であるこの伯父とは、帝都に引っ越して来てからまだ一度しか会っていないのだが、何故か分からないけれど、いたく気に入られてしまっている。


 ……何だか皆から『やってしまえ』と暗に言われている気がしてならないのだが、気のせいだろうか?

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