第17話 加速していく半分エルフ

 ダンディなオジサマはお察しの通り……サナラさんのお父さんでした。


 いくらオレでも十二歳という若い身空で、いきなり『お嬢さんを僕に下さい』なんて言えない。

 いや、もちろん言いたい気持ちは有るんだけどね。

 お互いに自己紹介をすると、すでにナシュトさんはオレのことを知っていたようで……


「ああ、さっき娘からも聞いたところだよ。イングラムの長男なんだってね。一見まんま幼くしたイングラムだけど、良く見れば顔立ちは少しアマリアにも似ているようだ。君さえ良かったらサナと仲良くしてやって欲しいんだけど、ダメかな?」


 ……と、とても好印象な人だ。

 さっきは内心、オッサンだなんて言っちゃってすいません。


「そ、そんな! ダメなんて、とんでもない! サナラさんは凄く綺麗ですし!」


「まあまあ、落ち着いて。サナは君とお友達になれて嬉しいそうだよ。今日は君に挨拶がしたかっただけだから、これで失礼するね。本当は、ゆっくり話したいことも有るんだが、さっきから娘にしつこく念押しされててね。君に挨拶したら、すぐに帰れってさ」


「お父さん!」


「怖い、怖い。サナ、あんまり怒るとこ見せたらカインズ君が逃げちゃうぞ?」


「もう! 誰のせいで……」


「変なとこ見せてすまないな、カインズ君。娘は怒ると怖いんだ。また今度……」


「いいから、お父さん早く帰ってよぅ……」


 ナシュトさんは、はい、はいと頷いて席を立ち、サナラさんの頭をポンっと軽く叩いて立ち去っていく。


 なんて言うか……大人だ。


 ナシュトさんと比べると、ソホンさんも、アステールさんも、うちの父でさえも、まだ青さが残っている若者のように感じてしまう。

 さすがにリーダーとして、あの個性的すぎる面々をまとめていただけのことはあるらしい。


「もう! お父さんたら、いつまでも子供扱いして……カインズさん、お見苦しいところをお見せしてしまい本当にすいませんでした」


 ナシュトさんと話す時のサナラさんの、いつもより少し砕けた口調も可愛らしくて良かった。


「いえいえ、素敵なお父様ですね。今度はサナラさんのお母様にもお会いしたいです」


「それって……い、いけません! それはさすがに、まだ早いです。そ、そそ、そうだ! カインズさんは何か飲まれますか?」


 ……あれ? 何か言い方間違ったかな?

 今までにも赤面するサナラさんを見てきたが、今回は今までで一番分かりやすく真っ赤になっている。


 今日のサナラさんは僅かに胸元の開いた薄い水色のワンピースを着ていて、綺麗な鎖骨のラインを覗かせているのだが、目に見える部分は全てが……これ以上は無いぐらいに紅潮していた。

 ハーフアップに纏められた髪の毛のせいで、遮るものの無い特徴的な可愛らしい耳も、まるで内心の動揺を示すかの様に赤く染まり、ピクピクと揺れ動いている。


「……カインズさん?」


 ヤバい。

 見とれてしまっていたようだ。


「では、紅茶を頂きますね。それから……いきなりですけど、サナラさん、僕と付き合ってくれませんか?」


「っ!」


 サナラさんは、声を押し殺すかのように両手を口にあて、潤んだ瞳を一度閉じると、次第に眉と目尻が下がっていき……そこから透き通った涙が頬を伝って、ゆっくりと滑り落ちていく。


 ……そしてサナラさんは、一度だけコクンと頷いてくれた。

 オレが手渡したハンカチを使って涙を拭くと、それから恥ずかしそうにそれでいて嬉しそうに、輝く様な笑みを見せてこう言ったんだ。


「もぅ、カインズさんがびっくりさせるから、涙でお化粧が台無しです。でも、正式に付き合うのはカインズさんが学院を卒業してからです。それまでは私達がお互いに特別に想っているのは誰にも秘密ですよ? ……これから、ヨロシクお願いしますね」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ついにオレにも彼女が出来た!

 一応、秘密の関係だし正式な交際は卒業後だと言っても、お互いの気持ちは確かめることが出来たのだから、誰が何と言おうとサナさんはオレの彼女だ!

 しかも、どストライクの見た目に可愛らしい性格……非の打ち所なんてどこにも無い。


 サナラさんとしてはオレが学校を出るまではお友達として仲良くしていきたい……そして十五歳になった時に気持ちが変わらなかったら正式に交際を申し込むつもりだった……らしい。

 まぁ……お互いが一目惚れに近い状況下でオレが暴走しちゃったわけなのだが、結果としてはコレで良かったのだと思える。


 昨夜あの後、少しだけ背伸びしてちょっぴり豪華な夕食を堪能したオレ達は、夜のとばりが落ち始め段々と暗くなって来ていた道を、控え目に手を繋いでゆっくりと歩いた。

 食事中……そして帰り道。

 サナラさんは終始ご機嫌だったと思う。

 ずっと穏やかな笑みを浮かべてくれていたのだから。

 他愛の無い話に笑いあい、オレの小さな頃の話に目を丸くし、これからの二人の交際について話をしたら真剣な顔で頷いてくれたし意見もくれた。


 ……キスやら、ちょっとアレな方面のソレやらは、残念だがもう少し辛抱だ。

 これは秘かに自粛することに決めた。


 それから二人で決めたのは、当然ながら学校では彼女は先生で、オレは生徒だということ。

 どんなに忙しくても週に一度はデートをし、二人の時は彼女の家族が呼ぶように、サナと呼ぶこと。

 学校を卒業してからのことは……それが近い時期になったら、また話をすることになった。

 彼女の家まで送って行った時のこと。

 去り際にオレの頬に僅かに触れるくらいのキスをしてくれたサナラさんは、小走りで扉の中に隠れるようにして行ってしまった。


 頭の中で何度も昨日の出来事を反芻はんすうしていると、いつの間にか隣にいたフィリシスに突っ込まれた。


「何か良いことでも有ったの? ニヤニヤしてさ」


「何でもないよ。ただ、授業が待ち遠しいだけだ」


「さすが学年首席は違いますな〜。今から気合い入れ過ぎてると後で大変だぞ?」


「……かもね。でも、嫌々やってても身に付かないんじゃないか?」


「それもそうなんだけどな。気を抜くときは、抜いとけって話さ」


「なるほどね。そうだな、ありがとうフィリシス」


「良いってことよ、あっ、エルフリーデだ! エルフリーデ、ちょっと良い?」


 フィリシスは、彼の知り合いらしい、背の高い猫人族の女子生徒に、大きな声で話しかける。


「ん? なんだ、フィリシスじゃないか、何の用だ? 小さいから探したぞ?」


 振り向いた女子生徒は、サナさんほどでは無いものの可愛い女の子だった。

 こちらは勝ち気そうな印象を受けるタイプの美少女で、スラっとした長身に引き締まった肢体を、露出の多い服装で強調していた。

 一箇所だけ、とんでもない自己主張をしているパーツが有って……どうしても目が吸い寄せられてしまう。


「コイツが昨日、話してたカインズだよ。エルフリーデと同じように武術の試験の時は、腕利きの試験官を圧倒してたっていう噂のハーフエルフさ」


「お! そうだったのか。しかし、本当に細いんだな……カインズと言ったか? アタシはエルフリーデ。アンダ獣王国の女王エマの末娘だ」


「……ってことは、王女様? はじめましてエルフリーデ殿下。私はカインズと申します。仔細はお話し出来ませんが、ゆえあって姓は御座いません」


「…………カインズ、普通で大丈夫だよ。この、王女様って言っても22番目だから」


 女王様、子供産みすぎだろ!

 逆なら、たまに聞くけどさ。


「母は女のかがみだからな。アタシも母みたいに沢山産みたいと思っている。ところでカインズ、今から敬語とかやめろよ? 尻尾の毛が逆立つ。同い年って話だし頼むから普通にしてくれ」


「そう言われましても……いや、分かった。エルフリーデ、よろしくな」


「ああ、よろしくだ。カインズ、ところで今は暇か?」


「いや、これから授業だろ? エルフリーデは受けないのか?」


「いや、せっかくだから手合わせしたいじゃないか? 授業はまた今度だ」


「なぁ……フィリシス?」


「面白いだろ? スゲーでっかいオッパイに全部栄養行ってんのか、脳まで筋肉で出来てるか……どっちなんだろうね?」

「ばっ! お前、聞こえてるぞ!」


「大丈夫だって」


「ん? 目の前で、そんなに褒めるなよ。照れるだろうが」


「ほらね?」


「……うん」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 何だかんだで、この残念娘エルフリーデは、この後、オレを見掛ける度に手合わせを申し出てくるようになった。

 断り続けるのも難しかったので、一度だけ相手をしてやったら、エルフリーデは同年代に初めて負けたらしく、それから何だか妙になつかれてしまった。

 そうしているうちにいつしか、オレ、フィリシス、エルフリーデの三人は、良く一緒にいる仲間の様になっていた。


 一度だけ、エルフリーデに腕を無理やり組まれて、訓練場に引っ張って行かれるのを、サナさんに目撃されてしまい、その日のデート中、サナさんの機嫌が戻るまで、とても苦労した。


 そうそう。神聖魔法なのだが、たまにナシュトさんが教えてくれることになってからは、メキメキ上達していた。

 なんでも、神学校流のやり方だと、時間が掛かり過ぎるとかで、ナシュトさんが裏技気味な覚え方を教えてくれたのだ。


 学院の授業で沢山のスキルを覚え、磨き、そして、ナシュトさん、ソホンさん、たまに父やジャクスイさん、それからアステールさんと、豪華過ぎる師匠から技術を教えられたし……時には目で盗んで学ぶことも奨励された。


 サナさんからも召喚魔法の個人レッスンを受けたり、デートを繰り返したりしてお互いの仲を深めている。

 この頃は、時々だが気を緩めたサナさんが、砕けた口調で話すようになってきていた。


 二人の仲間達とも絶えず、お互いを高め合い、導き合い、大いに遊び、笑い合って過ごした。


 妹のユーナは、とても愛らしく成長している。

 まだ舌足らずだが、オレに向かって時折……

「にぃに!」

 ……とか反則にも程がある。

 たまらず、撫で回して、ユーナに高い高いをしてやると、キャッキャと可愛い笑い声をあげて喜んでくれる。

 母は、そんなオレ達を叱るでもなく、微笑ましげに眺めていることが多かった。


 たまには学院や街中で嫌なことも有ったりしたが、こうしてオレの学生時代は、次第に充実したものとなっていく。

 あ、そうそう。

 ある意味オレのせいで、学院に第二図書館が新設されることになった。

 その時だけは大抵のことでは動じない祖父に、珍しく愚痴を言われた。

 オレが頑張っているのは、祖父のためでもあるのを、誰よりも分かっている祖父は、その後で頭を撫でてくれたが、オレの中身を思い出したのか、照れたように苦笑していた。


 こうして学院入学から最初の半年間は駆け足で過ぎていった。


 初めて問題らしい問題が起きたのはそんな時のこと……フィリシスやエルフリーデとばかり一緒に居たせいで、オレが顧みなかった同じクラスのエリート達によって、その問題は引き起こされたのだった。

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