第15話 半信半疑の半分エルフ

 入学式の日から一週間がたった。


 今年の新入生はもちろんだが、元からの五学舎の生徒達も、支給された分厚いシラバス(生徒が受講する講義の概要や講師の略歴などが記された冊子)と、にらめっこしながら、あちこちの校舎や、各種の鍛練場を渡り歩いている。

 このシラバス、祖父のアサノ商会が先年末に発表したばかりの活版印刷の技術が用いられており、さらに製紙の技術もアサノ商会が未だに第一人者だけあって、これの毎年の受注だけでも五学舎統合に注ぎ込んだ資金の回収のメドが立ちそうである。

 奨学金の出資についても、筆頭はアサノ商会。

 商会という組織である以上、利潤追及は仕方の無い事とは言えるのだが、一応この奨学金制度は所謂いわゆる貸与型のようだ。

 とは言え、利率は非常に低く設定されていて、特に庶民を中心に申し込みが後をたたないようなのだから、需要に合わせた供給がなされているだけとも言えるかもしれない。

 ちなみに各科目の上位数名には、帝室から特別に無償で奨学金が下賜されることになっていて、トップ合格のオレも当然なのかもしれないが学院を通して結構な大金の支給を受けていた。

 その額は白金貨で百枚……総額一千万フェウル(日本円にしたら約五百万円相当)だった。

 年間の学費が二百万フェウル(約百万円)しないぐらいだから、かなりの額が余ることになる。

 これは、いったん両親に預けることにするが……こうやって親にお金を預ける行為自体にどこか引っ掛かるものがある。

 前世のことは明確に覚えていないのだが、何が有ったのだろう?

 消えたオトシダマ……って何のことだろうか?


 ところで祖父のアサノ商会だが、各種教材の印刷や販売代行、学食の運営、細かいところでは各種文房具や生活用品を販売する店舗まで……祖父は原資の回収どころか儲ける気満々のような気もする。


 それはそれとして、今日までで各講師の授業内容説明会は終わり、明日までに学院事務局に履修届けを出さないといけない。

 今日の説明会の最後の方に、オレが待ちに待っていた、サナラ先生の授業説明会が有る。

 オレはサナラさんに嫌われてはいないハズなのだが、いまだに彼女との仲は進展していない。

 実は、またしてもサナラさんと、まともに話せていない期間が続いているのだ。


 今度の理由としては、サナラさん自身の授業説明会の準備と、各講師の説明会の補助にまで追われているからのようなのだが、こちらの想像以上に新人講師陣は忙しいらしく、トリスティアさんも似たような具合なのだとか。

 サナラさんに関しては、ダントツで最年少という話なので仕方ないとは言え…………オレとしては寂しい限りだ。


 最年少と言えば、トリスティアさんの年齢の件なのだが、さすがはエルフと言うべきか、彼女は軽く百歳を越えているらしい。

 これについては非番の日に引っ越し祝いで家に来たソホンさんから、両親の目を盗んでこっそりと聞いた話なのだが、ソホンさんはトリスティアさんが百歳過ぎだということを、さも普通のことのように話していたので、少々この世界への認識を改める必要が有りそうだ。

 さすがの(?)オレでも、百歳越えの女性となると……いくらなんでも気後れしてしまう。

 もちろんエルフにとっての百歳は、人族に当てはめて考えると、ようやく二十歳を迎えるかどうか、といった認識らしいのだが、オレとしては百歳は百歳という印象を受けてしまう。

 見た目が若ければ、大概のことは気にならない……いつかは心境の変化でそう思える日が来るのかも知れないが、少なくとも今のオレには無理そうだ。

 サナラさんが見た目通りの十五歳で、本当に良かった。


 この説明会が行われている間ほとんどサナラさんと話す機会が無かったとは言え、一応……三日前に他の講師の説明会を手伝いに来ていたサナラさんと遭遇し、この忙しい期間を乗りきったら二人で食事をしに行こう……とは誘われてもいる。

 こそこそとオレに近寄りそう告げた時のサナラさんは、フードの下の表情こそ普通だったが、だいぶ頬が赤かったと思う。

 だからオレは嫌われてなんかない……ハズですよね?


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 今オレはこれからサナラさんが、帝立大学院の講師、サナラ先生としての顔を見せてくれる予定の教室に来ている。

 特習クラスか、魔法専攻クラス以外の生徒は受講出来ないということもあって、説明会に来ている顔ぶれは、他の授業の説明会では時々見掛ける脳筋タイプが見事に皆無だった。

 失われた召喚魔法の研究は、魔法研究の業界では非常に人気の有る分野らしいのだが、実際にそれを使っているサナラさんが教鞭を取ると有って上々の人気のようだ。

 種族特性として魔法全般が得意なハズのエルフの姿が少ないのが、まぁ気になると言えば気になるところだが、これは逆にオレにもサナラさんにも、意外なことに何人か混ざっているドワーフにとっても、やりやすくて良い環境だとも言える。


 エルフとドワーフは仲が非常に悪いので、鞘当てじみた小競り合いは、しょっちゅう目にしている。

 まぁ、エルフに関しては、エルフ以外は皆エルフに劣ると思っていそうなので仕方ない。

 ドワーフや獣人族に関しては、気のいい連中が多いようなので、オレでも気安く話せそうだ。

 今、一番多く話しているのは、例の地這族ミニラウの少年なのだが……。


 しかしフィリシスとは、良く選択する予定の授業が重なるな。

 ここのところ毎日、コイツの顔を見ている。

 今も、やる気満々で最前列に座っているオレの横にいる。

 彼は背がとても低いので、大抵は最前列に陣取っている。

 そのため同じく背が低めなオレと、隣り合わせになることが多かったのだ。


 それにしても……この少年は本当に落ち着きが無い。

 今も何やら非常に楽しそうに、シラバスをめくっては少し眺めて閉じ、どこの教室も大体は同じ造りだろうに、キョロキョロと周辺を隈無く見回しては、時折どこか一点に視線を固定し何やら興味深そうに見ている。


「そろそろ時間のハズなんだけどなぁ……そういや聞いたこと無かったけど、カインズは今いくつなんだい?」


 そして気を抜くと唐突に、こうしてオレに話し掛けてくることもある。


「十二歳だけど……フィリシスは、違うのか?」


「ほら、人族以外の年齢としって分かりにくいだろ? カインズが八十歳でも別に驚かないよ。ちなみにオレは三十五歳な。そんで、東方諸王国群の小国生まれで、元傭兵」


「へ?」


「なんだよ、そんなに意外か? ちょうど次の仕事場探してたら、ここの学院の噂を聞きつけてね。三年くらいなら蓄えも充分に有るし、そろそろ傭兵飽きたから、学生も良いかなってことで……。学生の次は冒険者か船乗りにでもなるかもね」


 意外すぎるよ!


 そういや地這族ミニラウも長命種だった。

 どう見たって実年齢の半分にも見えないが。

 第一、傭兵ってガラかよ。


「……へぇ〜。じゃあフィリシス、さんですね。何で、またサナラ先生の授業を?」


「え? う〜ん、何となくだね。ほら、失われた魔法ってアレじゃん? もし使えたら格好良くない? あ、そんなことよりも敬語禁止だかんな! 鳥肌立っちまうよ」


「……了解。同じ授業も多いことだし、フィリシス。改めてヨロシクな」


「ああ、ヨロシクなカインズ」


 がっちりと握手を交わしたが、意外にフィリシスの握力が強くてビックリした。

 オレも負けじと、握力を強めるが、次第に彼も力を入れてくる。

 友好のための握手はいつの間にか、力比べの様相を呈してきた。


「そこの、お二人。仲が良いのは大変に結構ですが、そろそろ説明会を開始しますよ?」


 いつの間にかサナラさん……いやサナラ先生が入室していて、こちらを向いてニコニコしながらだが、どこかしら逆らえない雰囲気を醸し出しながらオレ達をたしなめてきた。

 とたんに教室内に沸き起こる笑い声。

 サナラ先生の横には、手伝いに来たのだろうトリスティアさんが居て、口に手をやり、笑いを堪えていた。


 フィリシスのせいで、大恥をかいた。

 しかも、マイスウィートハニー(予定)の真ん前で。

 睨み付けてやるが、振りほどくようにして手を放し、そっぽを向いてまともに鳴っていない口笛を吹いていやがる。

 この学院でのオレの友人第一号は、非常に曲者なのだけは確かだ。


 ……そして、オレは最も重要な事を、ここで一つだけ言わなくてはならない。




 今日のサナラ先生は、女教師風に頭の後ろで、お団子を作っていて、それはもう非常に、お美しかったです。

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