第13話 少女の願いと少年の想い
……私の今までの十五年は、とても早く過ぎ去っていきました。
決して数が多いとは言えませんでしたが父の孤児院で暮らす子供達の中には、お友達と言える子達も居ましたよ。
でも皆、一様に口を揃えて言うのです。
『早く大人にならないかなぁ』って。
私は内心、首を傾げるような思いでした。
私の時間は、いつだって飛ぶように過ぎていきましたから。
気が付いたら四歳の時でしたかね。
父がいつになく怖い顔をして、私に
弩の弦を引くのは、幼い私には、まだ無理でしたけど、的当てだけは何故か当時から得意でしたね。
母は早くから読み書きや計算、この世の中の色々な物事を教えてくれましたし、時折私を優しく抱き締めてくれたものです。
小さい頃の私は、ずっと頭部をすっぽり覆う羊毛の帽子を、被らされていました。
これも母が編んでくれた物でしたね。
ある夏の日、あんまり暑かったので帽子を脱いでいたら、普段はとても優しい母に珍しく叱られてしまいました。
翌日には綿で出来た薄手の帽子を、買い求めてくれましたけど……。
八歳になった私は新しく……父の知り合いの方に、体術や短剣の扱いを学ぶようになりました。
この頃から父は時たま旅に出ては、帝都以外の町や村でも、孤児を保護して連れてくるようになりました。
中には私を『半分エルフ』と呼んで蔑む子供も居ましたが、大半は後になってから、きちんと謝ってくれましたよ。
中には私のことを好きだと言ってくれる男の子も居ましたが、八歳かそこらの私には、まだ恋とかそういうのが分からなくて……ただ戸惑うばかりで、具体的には何も応えてあげられませんでした。
そのうち皆、違う女の子と仲良くなっていき、私のことは無かったかのように振る舞うのです。
幼心にも不思議だったのは、人族の男の子は人族の女の子と、ドワーフの子はドワーフの子ばかりと仲良くなって、種族が違えば友達の関係にはなっても、恋人の関係にはなり得ないことでしたかね。
……そこには一人の例外も有りませんでした。
正直、私は悲しかったし、寂しかったです。
私には、同じ種族の子が居ませんでしたからね。
私は、やりきれない思いをぶつけるように、勉強や武術の鍛練に打ち込みました。
それまで以上に、です。
子供らしい遊びも、この頃にはもうほとんどしていませんでしたね。
毎日のように母からは学問を、父からは弩を習いました。
父の不在時に、ジャクスイさんから武術を教わるようになったのも、この頃のことです。
ジャクスイさんは、先ほど申し上げた私の体術と短剣の師匠をしてくれた方です。
中でも、ジャクスイさんの生まれ故郷に伝わる『合気』という武術は、同い年ぐらいの女の子と比べても非力だった私には、とても相性が良かったのです。
日を追う毎に目に見えて上達し、技術的には『下手な大人より確実に上だ』と師に誉められるようになりました。
……そして夢中になって鍛練の日々を過ごすうちに、私は十歳の誕生日を迎えたのです。
その日、私はアステール導師と出会いました。
カインズさん、貴方と同じ理由です。
父は主に神聖魔法を、母は多少ですが精霊魔法を使えますから、父からアステール導師に依頼して来て頂いたと聞いて、大変に意外に思いましたけど……。
儀式の結果、判明した私の魔法適性は、私を大変に落胆させるものでした。
私には父と違い、神聖魔法の適性は無かったのです。
私に備わっていたのは、水と風の属性魔法の素養と、僅かながら母から受け継いだ精霊魔法の適性とのことでした。
それを知って、とても悲しかったのを、今でも鮮明に思い出せます。
小さい頃から、父が人々を魔法で癒やすのをこっそり見ていましたから、私も将来は神官になるのだ……と何の疑問も無く、そう思っていましたから。
それが叶わない夢だと知ると、私の胸は張り裂けそうなほどに、ズキズキと痛んだのを忘れることが出来ません。
ただ、私が両親から授かったこの体には、普通の人とは違った特異な魔力の流れが有るのを、アステール導師が見つけて下さったのです。
すぐさま、冒険者ギルドに連れて行かれた私は、大きな鏡の前に立たせてもらいました。
その鏡が映したのは、あまり好きになれないチビな私の姿だけでは有りませんでした。
召喚魔法……今は失われたとされる魔法の適性が、私には備わっていました。
なぜ私に、その様な力が有ったのかは、私にも分かりません。
いいえ、未だに誰にも分からないそうなのです。
とても不思議なことにその鏡の前に立った時から、召喚魔法の呪文は、誰に教わるでもなく……まるで以前から知っていたかの様に、私の脳裏に浮かぶようになりました。
それ以来、今までと同様に鍛練を続けると同時に、召喚魔法を始めとして、着実に魔法の腕を磨いてきました。
そして私は自らの意志で、十二歳から冒険者として活動をすることにしたのです。
トリスティアさんとは、その時からのお付き合いですよね?
当初は、父やジャクスイさん、ジャクスイさんの新しい冒険者仲間の方々。時には大変に多忙なハズのアステール導師らと共に、迷宮に潜ったりもしました。
普通、冒険者になるには冒険者養成所などを経て、十五歳になってからみたいですが、早すぎると反対されるかと思ったものの、返ってきたのは意外な反応でした。
両親やジャクスイさんも反対どころか、むしろ諸手をあげて賛成してくれたのです。
……十五歳となった今では多様な依頼もこなし、白銀ランクの冒険者として認められるほどになりましたが、最初は本当に大変でしたよ。
父や、ジャクスイさんと行動していない時は、中々パーティ募集にも、拾って頂けませんでしたから。
トリスティアさんが声を掛けてくれたのは、いつもそんな時ですよね。
トリスティアさんや、そのパーティの方々には、今でも本当に感謝しています。
生んでくれた両親はもちろんですが、ジャクスイさんや、アステール導師、トリスティアさんらが居なかったら、今の私も有りませんでした。
とても言葉で言い表せないほどに、感謝の気持ちで一杯なのです。
……つい先日、私にはとても嬉しいことが有りました。
これはわりと最近の話なのですが……ある時私は、さる
そして……それがきっかけとなって、私は生まれて初めて同年代のハーフエルフの方に、巡り会うことが出来たのです。
そして偶然にも、カインズさんと今こうして再会し、お話することが出来ています。
正直、学院で再会したとしても、話しかけることが出来たかどうか分かりませんから、とても嬉しく思っています。
…………カインズさん、私は貴方と仲良くなりたいのですよ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
最後に屈託の全く無い綺麗な笑顔を見せて、サナラさんは話を締めくくった。
それまでの間、その場の誰も、サナラさんの話に口を挟まなかった。
オレも含めて、穏やかに語られるサナラさんの話にすっかり引き込まれて、誰一人として口を開くことすら出来なかったのだ。
トリスティアさんは、途中から目に涙を浮かべるどころか、今にも泣き出しそうな顔で聞いていた。
ソホンさんも、黙って目を瞑り時折頷いて話を聞いていたが、今は労るような目線を静かにサナラさんに向けている。
サナラさんの話が終わってからも、しばらく誰も口を開かない。
結局……その沈黙を再び破ったのは、当のサナラさんだった。
「カインズさん。えーと、ダメ……ですか?」
困ったように上目遣いでオレの顔を覗き込むサナラさんの表情は、いっそ暴力的なまでに可愛いものだった。
「ダメじゃないです! むしろオレから、お願いします!」
気が付くとオレは、勢い良く椅子から立ち上がり、壊れたように首を縦に振って承諾していた。
その途端、まるでパァーっと花が開くような笑みを、満面に浮かべたサナラさんの顔は、今まで見たどんな表情よりも可憐に思えた。
……カインズ、十二歳。今回の人生ではこれが初恋です。
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