第12話 現実と現状
早くも場に慣れてしまったのか、ソホンさんと恋仲らしい綺麗なエルフ女性……トリスティアさんは良く喋る。
同じ純血のエルフでも、父とは正直違う人種に見えてしまう。
まぁ、種族なんてものを関係無しに考えれば、若い女性らしいと言えるのかもしれないが。
しかし、もう一人の若い女性の方は、とても物静かだ。
時々、表情だけで笑って見せたり、頷いていたりするが、最初に名乗ったきりほとんど声を聞いていない。
おっとりした口調で優しく響く声は、聞いているだけで心地良かったのに……少し残念だ。
色々と偶然が続いて、少し思考能力が麻痺してしまっていたが、実はこの人ともオレは学院の入学試験中に会っていたらしい。
あの(最後の魔法試験)時、アステールさんと一緒にいた副試験官の女性だったのだ。
その時は
……なんて、勿体無いことを。
こうしてフードを取った状態で全体像を見ると、また違った印象を受ける。
傍らで喋り続けるトリスティアさんは、どちらかと言えば、キャリアウーマン風の美貌の持ち主だが、サナラさんは小動物的な可愛らしさといったところか。
こぼれ落ちそうなほどに大きく、僅かに垂れ気味の黒目がちな瞳。
高過ぎず低すぎず、スラリと通った鼻筋と、控えめで可愛らしい小鼻の調和。
桜色のプックリとした美しい唇。
これ以上ないほど理想的なカーブを描く
細身の体躯には十分すぎるほどの双丘の女性的な膨らみ。
しばらく横目でチラチラと観察していると、ふと目線が交錯した。
途端に目を伏せ、何やらモジモジとし始める。
すると顔も、首も、人族のそれより少し長い耳も、等しく真っ赤になっている。
「おーい、カインズ君。あんまり見つめてると、サナラに穴が空いちゃうよ?」
「二人とも真っ赤だね。ここはアレかい? 僕らは席を外して……」
「「やめて下さい!」」
思わずハモってしまった。
「いやいや、相性バッチリじゃないの。カインズ君聞いてよ、サナラったらさ〜」
「トリスティアさんだって! 昨夜はソホンさんの話をしながらニヤニヤと……」
女性二人で何やら言い争いを始めてしまう。
取り残されたソホンさんとオレは、お互いに顔を見合わせて苦笑を交わすばかり。
こうなってしまってはオレ達、男性には正直お手上げだ。
食事後に運ばれてきた紅茶を、まったりと口にしながら、沈静化するのを待つ。
鈴を鳴らすような綺麗な声音は、興奮して少し早口になっても、些かも損なわれることは無かった。
サナラさんとトリスティアさんは、元々本当に仲が良いみたいで、先ほどまでの引っ込み思案なサナラさんも良かったが、生き生きとしている今の彼女も、とても素敵だと思う。
知らず知らず微笑ましい光景に頬を緩めていたが、ふと見るとソホンさんも元から涼やかに細い目をさらに細めて、まるで姉妹のような二人を微笑みながら眺めている。
本当に種族の違いさえ無ければ、仲睦まじい姉妹にしか見えないほどだ。
「ところでサナラさん。何で昨日はフードをかぶっていたんですか?」
終わりの見えない小競り合いに、話題の転換を図ってみる。
「え? あ、私ったら……お恥ずかしいところを。昨日は試験でしたからね。万が一、森を出たてのエルフの方や、人族至上主義の方が居ないとも限りませんし、一応の用心のためです」
「用心?」
「はい、用心です。街中は帝国内で暮らす分には、帝国法により魔族以外は如何なる種族でも公的には平等な扱いを受けられますが、ああいった閉鎖空間では騒ぐ人が居ないとも限りませんから……」
「カインズ君……あのね、サナラもハーフエルフなのは、もう分かってるわよね?」
「はい」
「街中とか人の目がある場所なら良いけど、中には貴方達ハーフエルフを、故なく嫌う人もいるわ。一番ひどいのは産まれた森を出たてのエルフと……」
「人族至上主義のヤツらだな。カインズ、お前は何か感じることは無いのか?」
「いえ、今のところ特には……あっ、今日ソホンさん達に会う前に、少しだけ不愉快に思うことは有りました」
「そうか……帝国では少数派では有るが、混血種を毛嫌いする連中も中には居るんだ。恥ずかしい話だがな」
「カインズさん。私は見ての通り、貴方と同じハーフエルフです。しかし、実は私の両親は二人とも人族なのですよ」
「知識としては知っていました。チェンジリング……いわゆる『取り替えられた子供』ですよね?」
「ご存知とは、話が早く進められますね。私の父はナシュトと言います。以前は貴方のお父様や、アステール導師、今ここに居られるソホンさん、それからジャクスイさんと言われる方と組んで、冒険者をしていました。」
「ナシュトさんとべティちゃんの娘さんだったのか! そう言えば、名前はサナラ……君が、あのサナラちゃんだったのか?」
「サナラ、あんた昨日はそんなこと……」
「私も今朝、母から初めて聞いたのです。母の口からソホンさんの名前が出た時は、心底驚いちゃいました」
「父の冒険者仲間の……お噂はかねがね聞いていました。」
万神教の高位の神官で有りながら、時折旅に出ては孤児を保護して回り、自らが運営する孤児院に連れてくるという、非常に尊敬出来る人のハズだ。
「はい、私の父は私が生まれるとすぐに、ある覚悟を決めたそうです。私を強く……逞しく育てると……」
「父さんも……僕の父も同じだと思います」
サナラさんは、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すと、ゆっくりした語り口調で自らの生い立ちを話してくれた。
その話は、とても聞き覚えがあるような気がした。
似ている。
その話はオレが今のオレになって……カインズとして過ごした九年間と、細部にこそ違いは有るが、大筋では非常に似ていた。
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