第11話 ハーフ&ハーフ

 入学試験の翌日


 オレは朝食を済ますと、祖父に用意された真新しい自宅の周辺を、のんびりと屋台や商店の軒先を覗きながら散策していた。


 見るもの全てが新鮮に映り、目移りして仕方ないが、欲しいものが有っても吟味するに留め、頭の中だけで値段や品質を把握していく。

 懐に忍ばせた巾着袋の中身を思うと『これぐらいなら買えそう』などと気持ちが緩みかけるが、今のところ何とか我慢している。

 買う、買わないは別として、こういった物色とは何とも楽しいものだ。


 しかし『買わない』のと『買えない』のは大違いだと、つくづく思う。


 今のオレは『買わない』のであって『買えない』わけでは無いのだ。

 何しろ今朝出掛ける時に、父から小遣いを貰って、生まれて始めて自分のお金を手に入れていたのだから……。


 こういう自分で稼いだのではなく、人から貰ったお金ほど大切にしないといけない。

 ……とは言うものの買い物をすると言う行為自体、そこがどんな時代や場所であれ生活必需品以外の物……つまり自分が欲しいと思える物を求める時には、どうしても心が浮き立つものだ。


 オレの今月の小遣いは、ひとまず銀貨六枚。

 これは日本円なら約三千円に相当するだろうか。


 銀貨が一枚で、約五百円相当。


 銀貨が十枚で金貨一枚と等価値。


 金貨が十枚で白金貨一枚。


 反対に銀貨一枚は銅貨百枚。


 その下には『卑貨』という貨幣が存在し、これは五枚で銅貨一枚と同じ価値が有る。


 分かりにくいかもしれないので日本円に換算すると……


 白金貨……約五万円。


 金貨……約五千円。


 銀貨……約五百円。


 銅貨……約五円。


 卑貨……約一円。


 この他にも国によっては、小銀貨という四角形の貨幣を発行していて、これが一枚、約百円相当で扱われる。


 ちなみに……この世界で使われている貨幣は、国毎に鋳造されていて、鋳造元によってそれぞれ意匠が違う。

 ……とは言うものの小さな国々の中には、近隣の大国の鋳造した貨幣を、自国で流用して通貨にしている場合も多い。

 そのため、全世界に存在する二百近い国々と同数の種類の貨幣が存在する訳では無いし、紙幣や貝殻などを通貨として用いる国もまた存在していない。

 砂金や銀塊などを用いた地金取引については、未だに行われている地域も中には有るようだがそうした例は飽くまでも少数派で、この世界の主流は均一の価値を持たせた貨幣を中心とする経済だ。

 含有する金銀を統一し、大体の形をも合わせて鋳造されているのは、それぞれの国の利害が一致したためだろう。


 この世界の歴史を紐解くと……その昔、遥か東方に現れた大国が何代目かの暗愚な君主の鶴の一声で、貨幣に含有する金銀の量を減らした。

最初は国庫を大いに潤し、蒙昧な暴君は放蕩の限りを尽くした。

しかし結局は勝手な悪貨の量産が原因で、たちまち経済的に周辺国から孤立の一途を辿り、一部の王の翼下で利益供与を受けていた腐敗貴族を除いた臣民は全て困窮する破目に陥る。

 最終的な結果としては……相次ぐ反乱を招いて国自体が分裂……空中崩壊したという事例も有り、今のところその様な愚行は繰り返されていない。


 だから、父から渡された銀貨の意匠もうち三枚は共通していて、太陽の女神が刻印された帝国の物だが残りはバラバラであるものの、実際に使うのに何ら問題は無いのだそうだ。


 帝国では便宜的に通貨単位をフェウルと定めているが、他の国の貨幣と混ぜて支払っても店側は嫌な顔一つしない……ハズだったのだが、妹へのプレゼントにと淡い青に染色された綿のリボンを買い求めた時、店の親父さんに何故か心持ち邪険に扱われた気がする。



 乱暴に釣り銭を差し出した手のひらに投げ落とされたし、ありがとうの、あの字も無かった。


 …………何だか嫌な気分だ。


 銅貨六十枚、六百フェウル(約三百円相当)は今の俺にとっては大金なのに、この店主にとっては違ったのだろうな。


 いつか札束……は無いから白金貨を持ってきて、店主の反応を見てやりたいとも思うのだが、そんなことより二度と来たくない気持ちの方が強い。

 今では、先ほどまでの浮き立った気持ちも、どこかに飛んで行ってしまっていた。


 すっかり気分が落ち込んでしまったので、家に帰って妹にリボンを渡したら、後は大人しく読書でもしようかと思い、トボトボと歩いていると、行く手のかどから見覚えの有る大柄な人物が妙に早足で歩いてくる。


 声を掛けようと思ったのだが、それより先に向こうが気付いてくれたようで、こちらに向かって手を振りながら更に足を早めた。


 オレも手を振り返してそちらに歩いていくと、大柄な騎士……ソホンさんは、そのままオレの横を通り過ぎてしまう。


 なんか最近こんなこと有ったな……などと思いながら振り返ると、そこには綺麗なエルフの女性に嬉しそうに話し掛けているソホンさんの姿が有った。


 師匠、弟子より女ですか……そうですか。


 さらに落ち込んで肩を落としていると、意外なことに、オレに気付いて話し掛けて来たのはソホンさんでは無く、ソホンさんと話していた美しいエルフの女性の方だった。


「カインズ君じゃない! 偶然ね。私のこと覚えてる?」


 こんな美人の知り合いは……あ!


「えーと……確か、魔法適性試験の時の方ですよね?」


「なんだ、カインズじゃないか! いつからそこに居たんだ?」


 ……いや、ずっと居たんですけどね。


「ちょ、ちょっと待って! カインズ君、ソホンさんとは、お知り合い?」


「ええ、僕の剣の師匠なんです。ソホンさん、いつからってずっと居ましたよ。……おめでとうございます」


「バ、バカ! 師匠をからかうヤツがいるか!」


「そうよ! 子供が大人をからかうもんじゃないわよ。まだ私達は結婚とか、そういうんじゃ……」


 人の気も知らずに、大人二人は揃って赤面し、女性にいたっては、最後の方が聞き取れない。


 その後、誰からともなく場所を変えようという話になって、手近な飲食店に向かうことになった。


 完全にお邪魔虫の構図なのだが、飲食代は口止め料なのか、三人分まとめてソホンさんが払うと言うので、大人しく従うことにする。


 飲食店が集中している通りは、そこから少し遠くに有った。


 道すがら、二人の馴れ初めや綺麗なエルフ女性の名前(トリスティアさんと言うらしい)を聞き出し、ソホンさんからは耳にタコが出来そうなぐらい秘密の念押しをされた。

 そうした中、目的の店まで後少し……というところで、オレ達一行は新たに遭遇した女性を加え四人になる。


トリスティアさんの友達という、その女性はオレが自分以外に初めて目にしたハーフエルフの女性だった。

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