閑話3) ガールズトークガールズ

「今日は疲れました」


「そうね〜」


「足がむくんでます」


「そうよね〜」


「フードをずっと被っていたから、髪の毛も乱れちゃいましたし……」


「そうだよね〜」


「…………えーと、トリスティアさん、本当に聞いてます?」


「そうなんだ〜」



「え?」



「……え?」


 こういうトリスティアさんは見たこと無いんですが、この調子では絶対に聞いてませんよね。


 思わずため息をつきたくなりますが、トリスティアさんは私の貴重なお友達です。


 我慢、我慢です。


「ごめん、サナラ許して。でさ、最近ね……」


 私は、最近の一番のお気に入りで、まだ帝都でも珍しい、お米製のワインを一気に飲み干しました。


 一気に飲んでも、エールジョッキの十分の一以下の大きさしかない酒盃さかずきなので、問題無いのですよ。


 私は酔っていません。


 このぐらいの量のお酒で、酔うハズなんて有りませんから、酔ってなんか無いのです。


 私は、これも最近になって獣王国から入ってきたという、黒い(少し茶色い?)のに甘い不思議なお菓子を摘まみながら、お行儀悪く自分で注いだ、お米ワインをもう一杯飲み干します。


 しかし何で、この酒盃さかずきとお菓子は同じ名前なのでしょうかね?


 高尚な思索は募るばかりです。


「サナラ、聞いてるの〜?」


 今夜は私もトリスティアさんも、どこか変な調子なのです。


「……すいません。でもトリスティアさんも、何だか、あんまり聞いてくれてませんよね?」


「う、それは認めるわ。でも、サナラもなかなか酷いわよ?」


「……はい、何だか気になることが有りまして。」


「奇遇だね。私も気になることが有って。そういや、サナラが居たとこに入って行ったハズなんだけどさ、カインズ君って受験生どうだった?」


 私は内心の動揺を押し殺して、お菓子を口に運びます。


 何だか急に頬が熱くなった気がするのですが、お米のワインは案外強いお酒なのかも知れませんね。


「ど、どうって、どういう意味ですか?」


 押し殺せてませんね。


 恥ずかしさに、ますます頬が熱くなっちゃいます。


「ん〜? サナラ、あんたまさか。」


「違います!」


「……えーと、何が違うのかな?」


 自分の失敗に気付いて、ますます熱っぽさを増す頬が恨めしく思えます。


「私が気になっていたのは、そのカインズ君なんです!」


「だから、そういうことよね? 実は私も最近……」





 客観的に見れば、トリスティアさんは、恋をしています。


 お相手は、最近になって騎士見習いの従卒身分から、一気に近衛騎士団入りした話題の男性です。


 元々黄金クラスの冒険者だという話ですが、トリスティアさんの話を聞く限り、白金クラスも目前だったみたいですね。


 本来、騎士や兵士の強みは、個人の能力よりも集団の力、言い換えれば軍としての力です。


 たとえ文字通りに一騎当千の勇士でも、さすがに二千、三千……五千人の兵隊さんには勝てませんから。


 千や二千だと分かりませんが、五千人はまず無理ですよね。


 冒険者で白金クラスと言えば、パーティ単位でなら兵士五千人と戦って、勝てないまでも相当の痛手を与えられるそうです。


 トリスティアさんは、良いお相手を見つけたようです。


 相手の騎士さん(ソホンさんという、まだ若い方です)の方が、トリスティアさんに夢中だというのですから、遠回しに自慢な厭味いやみを言われている気さえしてきます。


「デートぐらいなら、いいじゃないですか?」


 私もよく言いますね。


 私だってデートは未経験なのに。


「え〜! だってさ〜。彼って人族で、しかもね……」


 調子を取り戻したあとの、トリスティアさんは良く喋ります。


 純血エルフのイメージを、良い意味で壊してくれます。


「でね、でね。何で、受けたかって言うとね……」


 もっと大人しくて、ちょっと高飛車なイメージだったのですが。


 これでは私の方がよほど……いえ、そもそも私はエルフじゃ有りませんし、そんなこと考えてもいけません。


「サナラ? ねぇ、サナラってば! 聞いてるの?」


 また、少しの間、自分の思考に夢中になっていましたが、今度こそ完璧に取り繕ってみせます。


「はい、聞いてましたよ。それでトリスティアさんは、どうするんですか?」


「うん、結局しばらく付き合おうって話になったのよ。例のカインズ君を見てたらさ……種族の違いとか何とかなる気がしてきちゃって。それでね………」




 夜は更けていきます。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ……翌日、幸せそうなトリスティアさんと、お相手の騎士さんに、バッタリ道でお会いしたのですが、騎士さんの横にいる少年を見て、私は息を飲んだのです。




 彼が居たのです。


 私の希望。


 私の光が……。


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