第10話 入試③ 踊り躍《おど》る

 入学試験も次第に終わりが近付いてきていた。


 今は最後の科目である魔法試験の、第二部が行われているところだ。


 試験の会場となっているのは、受験生達が指示通り別れて並ぶ列の行く先に、いくつも並んでいる一際重厚な扉の奥である

 特殊な結界が張られた部屋。

 それぞれの扉の前には、一様に緊張した面持ちを浮かべ、自分の名が呼ばれるのを待つ、様々な種族の受験生達が列をなしている。

 今日初めて見るような種族の者も多く存在し、そんな風景は学科や武術の試験が終わり、緊張が緩んできたオレの好奇心をいたく刺激する。


 中でも特に興味深いのは、学科、武術両試験の会場で全く見掛けなかった『地這族ミニラウ』の少年の姿だった。

 ほとんどの受験生は緊張で青ざめているというのに、彼だけは物珍しそうに、あちらこちらを眺めてはニコニコしている。


 オレの視線を感じたのか、こちらに振り向いて『ニカッ!』と擬音が聴こえて来そうな、妙に人好きのする笑みを浮かべると、オレに向けてブンブン手を振ってくる。

 両親やソホンさんなどから話に聞いてはいたが、実際に見た地這族ミニラウの少年は、聞いていた話以上に陽気で好奇心旺盛な印象だ。


 この世界には一般に『五族』と呼ばれる存在が共存している。


 人口の多い順に人族、獣人族、ドワーフ、エルフ、地這族ミニラウとなっている。


 寿命は七十年弱、繁殖力と組織力に優れる人族。


 寿命は五十年〜二百年、多様性と身体能力全般に優れる獣人族。


 寿命は三百年強、精神力と体力、そして何より技術力に優れるドワーフ。


 寿命は千年弱、魔力と容姿、さらには芸術性に優れるエルフ。


 寿命は二百年以上とされ、いつまでも子供のような外見で、頭一つ抜けて俊敏性に富み、非常に快活で、好奇心旺盛なイタズラ大好きな地這族ミニラウ


 ちなみにハーフエルフのような混血種は、そもそも数が少な過ぎて、独立した種族としては成り立っていない。


 他の種族との共存を頑なに拒む種族としては魔族がいる。


 だが折に触れ他種族の領地に侵攻を繰り返す魔族の統治する領域を除けば、この世の中は先に挙げたいわゆる『五族』が統治する領域で形成されている。


 その中でも地這族ミニラウは、その寿命のわりには人口が不自然なほど少ない。

 エルフのように長命であるがゆえに繁殖力に劣っているとか、そういう訳ではない。

 むしろ人族、獣人族に次ぐほどの繁殖力を持っている。


 元の世界にも『好奇心は猫を殺す』という言葉があることからも分かる通り、何にでも首を突っ込み、危険を考慮しない者は長生きするのが難しい。

 実は、この『何にでも首を突っ込み、危険を考慮しない』を地で行くのが、地這族ミニラウの特性と言える。

 気分屋で定住を好まず、死ぬまで好奇心を優先し危険を度外視する気質……そう、冒険家ばかりの種族なのだ。


 冒険者として活動する者の割合いも当然のように五族中では最も多く、それ以外も行商人、航海士、旅の踊り子と、とにかく旅に生きて、自己の好奇心を満たすのが生き甲斐。

 そのためならば、自分の身の安全などは二の次、三の次……地這族ミニラウとは、そんな種族で有るからこそ、学問を好まないことでも広く知られている。


 今もオレが地這族ミニラウの少年に手を振り返した時には、もう違う方を向いている。

 やり場を無くした手を赤面しながら下ろし、しばらく羞恥に悶えていると、どうやら地這族ミニラウの少年が呼ばれた様で、扉の中に飛び跳ねるように入っていくのが見えた。


 地這族ミニラウの少年が扉の中に消えた後、なぜか急に他の受験生への興味が薄れてきたオレは、大人しく自分の順番を待つことにした。


 しばらく退屈に欠伸あくびを噛み殺していたが、その間にも目の前の扉の中に受験生達が、次々と吸い込まれていく。


 そしてついにオレの名前が試験官により呼ばれた。

 ……まったく迂闊なことなのだが、オレはそこでようやく気付いたのだった。


 妙に間延びした声。


 聞き覚えのある声。


 懐かしい声。


 その声の持ち主は、最後の試験が行われる魔法結界室内に入ったオレの前に、悠然と待ち構えていた。


 その試験官とは帝国宮廷魔術師第八席――アステール・ペリエ。

 オレの儀式親にして属性魔法の師、アステールさんだった。


 実はアステールさんに会うのは、もう二年以上前の事になってしまう。

 オレの十歳の誕生日を祝いに来てくれて以来だ。

 思えば、アステールさんと別れたあの日から、オレは魔法を使い始めた。

 そう考えると、今ここでの再会には、非常に感慨深いものがある。


 宮廷魔術師という仕事はオレが思う以上に多忙らしく、アステールさんがエスタ村を訪れたのは、あれ以来一度も無かったのだ。

 それでもオレとの手紙のやりとりは続き、アステールさんは折に触れ、中等魔術教本(お手製)や、貴重な魔法関連の書籍(お下がり)を、短い激励の手紙とともに贈ってくれていた。

 今オレが右手首に巻いている魔法の発動体の腕輪も、アステールさんが贈ってくれた物だ。


 アステールさんは、柔和な微笑みを浮かべたまま、にわかに緊張し始めたオレに向かって、優しく問い掛けてきた。


「今回、臨時で試験官を務めることになった宮廷魔術師のアステール・ペリエという者だよー。カインズ君の最も得意にしている、魔法は何かなー?」


「精霊魔法です。」


 アステールさんは、少しだけ寂しげな表情を浮かべるが、声音を変えずに続けた。


「エルフの血を引くようだから当然だよねー。じゃあ、まずはそれを見せて貰うねー」


「はい、分かりました。ですが……」


「大丈夫、思い切りやっていいよー? あそこの的は魔力を霧散させて吸収するし、この部屋には外に魔法の影響が及ばないように結界を張ってあるからねー。それに僕とサナラちゃんは、瞬時に障壁を張る魔法具を貸与されてるからねー」


 やんわりとオレの懸念の声は遮られた。


 サナラちゃん……とアステールさんに呼ばれた副試験官の女性も、横に控え黙って頷いている。

 年若く可愛らしい容姿のようだが、目深に被られたローブのフードが邪魔して、残念なことに髪の毛などはすっぽりと覆われてしまっていた。


 では、遠慮なくやらせてもらいますか。


「優しき水の乙女ウンディーネ、自由なる風の愛し子シルフ、いかしき氷抱きし者フラウよ。汝らの友カインズが請う。疾く顕れ、集い給え。汝らが舞い踊る一時の舞台。ここに我がオドを用いて調ととのえよう。我が敵の頭上に血も凍るほどの氷嵐もって覆い尽くせ。ここに輪舞を踊れ! ブリザードロンド!!」


 …………あ、ヤバい。


 ……これ集まり過ぎだ。


 にわかにひょうあられ、氷雪がこれでもかとばかりに発生し、恐ろしいほど荒れ狂う暴風が的に吹き付ける。


 この会場は、それなりに広い室内だが、一気に部屋中の気温が下がり、詠唱を終えたばかりのオレが吐く息さえ白く染まる。


 数瞬の間、氷の嵐は暴威を奮っていたが、忽然と魔力は雲散霧消……嘘のように元の景色に戻っていった。


「カインズ君、お疲れ様ー。君の魔法試験は以上を以て終了だよー。……ところで、試験とは関係無いのだが、ここで精霊魔法以外の魔法も見せてくれないかい? これは君の儀式親を務めた僕からの個人的な依頼だ。もちろん断ってくれても構わない。こんな機会でも無いと、なかなか君の実力を確かめられないからねー?」


 アステールさんの真顔は初めて見た。

 真剣な顔して、黙ってればイケメン……ってそうじゃなくて!

 ……今、アステールさんの語尾、伸びて無かったような気がしたんだけど、気のせいだろうか?


 その後、オレ素直に師匠の指示に従い、今の自分に使える精一杯の魔法を披露していった。




 ごく短い時間では有ったが、その姿は長年の師弟のようにも、あるいは親子のようにも、横に居た女性に映っていたらしい。

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