第8話 入試① 槍と目を合わす
入学試験当日。
午前中は筆記試験が行われた。
内容は、この世界の一般的な歴史、算数(数学の間違いではない)、魔法知識、大陸共通言語の読み書き、卒業後の進路と抱負についての小論文だった。
小論文に書く内容については頭を悩ませたが、無難に冒険者として活動する予定であること、困っている人々の助けになりたいこと、大陸中に名を馳せるような活躍をしたいことなどを書いて、お茶を濁すに留めた。
そして午後からは実技試験だ。
明確に職人を目指す者には各分野ごとの作品の提出、または実演がもとめられた。
それ以外の受験生には、等しく武術・魔法の試験が課され、試験も中盤に差し掛かると、早くも自分の合格、あるいは失格を確信しているであろう受験生達の悲喜こもごもな情景が映し出されている。
いよいよ次はオレの番だ。
まずは武術の試験。
得意な得物を選ばされ、選んだ武器に応じて違った形の試験が行われる。
オレは少しだけ悩んでから、短槍の形をした木の槍をその手に取った。
複数いる試験官の中で、オレが当たったのは現役の騎士団員だった。
近衛騎士団員フレンジャー……との名乗りを受ける。
オレも他の受験生より心持ち丁寧に名乗りを上げ、お互いの武器を軽く合わせる。
フレンジャー試験官の持つ武器は、片手剣としては少し長目の木剣と、円形の盾だ。
守りの固さと膂力に優れた騎士ならではの、堅実なスタイルと推測される。
試験開始の合図がされても、あちらからは動きが無かった。
ならば先手必勝といこうか。
小細工無しで、まずは正面から軽く突きを繰り出す。
相手は驚いたような顔を浮かべて、慌てて突きの軌道に盾を合わせようとするが、その動きはオレの剣の師匠ソホンさんと比べてしまえば、随分と緩慢に思えた。
……これなら!
★ ◆ ★ ◆ ★
目の前の受験生は、今まで相手をしてきた中では最も小柄だ。
一瞬だけ年齢の詐称を疑ったが、ふと相手の耳に目をやったオレは即座にその考えを捨てた。
どうやら目の前の少年はハーフエルフのようだ。
短槍を選んだ少年を見て、オレは素直に珍しいものだ、と思った。
エルフにしろ、ハーフエルフにしろ、近接戦闘が苦手な種族で、武術の試験を受験する時は、弓術を選択する者が大多数だ。
弓術を選択すれば、引ける弓の強さを確認するのと、的当ての飛距離、命中率を測定する試験になるので、大半のエルフ、ハーフエルフはそちらを受ける。
実際、ドワーフや獣人など近接戦闘が得意な種族は別として、人族や
有り体に言えば怪我をしかねない模擬戦闘の試験など、避けられるものなら避けたいのだろう。
それだけ試験官と直接武器を合わせる事は、心理的障壁が高いということでもある。
エルフの中には槍も得意な者が居るのは知っていたが、そのような者でも身体的能力には劣るので、弓術試験を選ぶものなのだが……。
なんとかそんな戸惑いを押し隠し、オレが身分と名を告げると、少年は妙に洗練された物腰で丁寧に名乗りを返してきた。
カインズ、それが少年の名前らしかった。
儀礼的に軽く武器を合わせ、開始線に戻るとほどなく、補助試験官から合図の声が掛けられる。
まずは相手の出方を見ようと、油断無く身構えていると、おもむろに動き始めた少年は、驚くほどの速さで突きを繰り出して来た。
そのまま帝国騎士になっても通用しそうな刺突にオレも内心大いに慌てて、突きの軌道に盾を合わせようとしたが瞬時に見抜かれてしまったのか、突きの軌道を二度、三度と変えてきた。
あまりの速さに付いていくのが精一杯で、なかなかこちらから攻撃することが出来ない。
そうこうしているうちに、盾を槍の柄で絡めとるようにして飛ばされたので、やむなく剣で打ち掛かるも苦し紛れの攻撃は酷くあっさりと回避されてしまう。
それどころか気付いた時には少年の、回避の動作に連動してタイミング良く薙ぎ払われた槍の穂先が、オレの目前でピタリと止められている。
誰がどう見ても、これはオレの負けだろう。
オレはしばし呆然と木製の槍の穂先を眺めていた。
それも突き出された槍の木目までハッキリ見えてくるぐらいの至近距離で……だ。
試験終了の合図は随分と遅れてなされた。
オレはどこか他人事の様に試験会場を包む歓声を耳に戦慄しながら、ただその場に立ち尽くしていた…………。
◆ ★ ◆ ★ ◆
試験はものの数分と掛からず、あえて陳腐かつ大袈裟な表現をするのであれば『秒殺』での勝利だった。
父の方針で小さい頃から模擬戦形式での訓練を受けているオレにとって、この試験は事前に心配していたほど高い障害ハードルでは無かった。
どうしても相性の悪い相手と当たることも考えられたが、フレンジャー試験官の動きは散々オレをしごいてくれたソホンさんの、いわば劣化版コピーのようなもので、ソホンさんの動きに慣れたオレにとっては非常にやりやい相手だったのだ。
寸止めで勝敗が決したというのも良かった。
いくら木で出来てる槍だといっても思いっきり突いたなら、当たった場所によっては思いもしないような大怪我をさせてしまうことが有るかもしれない。
もちろん、万が一に備えて会場には多数の『万神教』の神官が控えているが、怪我は神聖魔法の恩恵で治ったとしても誤って殺してしまうことも無いとは限らないし、それより何より痛いものは痛いのだ。
フレンジャー試験官はあんまり強く無かったから良いけど、これが本当に強い人だったり相性の悪い相手だったら、オレだって寸止めしてる余裕なんかは無かっただろうから……。
終了の合図がなかなか聞こえてこなくてオレが内心大いに焦っていたのは、わざわざ言わない限りバレたりしない……筈だよね?
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