閑話2) 壁の高さと酒の美味さは
長男カインズが十二歳になった。
その進学に合わせて、この春に一家で帝都に引っ越すことにした。
幸いにして長女のユーナが、アマリアと同じ人族として生を受けたこと。
妻のアマリアがカインズと離れがたく思っているらしいこと。
義父モンドの奔走の甲斐有って、帝都に6歳から入学出来る初等教育の学舎が出来ること。
義母ナタリアの態度がユーナの誕生以来、急速に軟化していること。
そして何よりもカインズの実力が如実に伸び続けていて、このまま順当に行けば近い将来には黄金級冒険者たるこのオレが、自らの息子に模擬戦では手も足も出なくなることが目に見えていること。
これらが住み心地の非常に良かったエスタ村を出て、わざわざ帝都へと舞い戻ることをオレが決めた理由だった。
さすがに成人前の息子に負けてやるわけにはいかない。
実戦ならば話は別だ。
その驚嘆すべき才能に反して、どこか未だに甘さの残るカインズが相手なら、オレの現役時代に培った実戦の経験を活かせば、どうにか隙を衝くことも出来るだろう。
例えどうしても隙が見当たらなくとも、相討ち狙いでならば強引に活路を生み出すことも出来るとは思う。
才能に劣るオレが唯一カインズに勝ることが出来る部分は実戦における場数と、いざと言うときの覚悟だけだろう。
だからこそオレは実戦に身を置いて自分を高めることを、再び始めようと思っている。
何をしても、いずれは息子に抜かれるのだろうが、せめてもの意地というヤツだ。
しかし……恐ろしく良く出来た息子だ。
これがエルフに古くから伝わる『
だとするなら雄鶏が産んだ玉子を暖めるヒキガエル役は、ソホンかアステールのヤツだろうな。
いや……あるいは義父がヒキガエルか。
……美しいアマリアにはヒキガエルなど似合わないから除外する。
しかし……これらの大人の誰よりも、カインズが大きく強くなっていくのは間違いは無いだろう。
……まぁ金儲けの才はモンドの爺様ほど無くても構わないがな。
叶うことなら……雄鶏が産んだコカトリスより、ワイバーンの産んだドラゴンにでも成って欲しいし、オレもせめて雄鶏などと呼ばれるよりは、ワイバーンぐらいにはなりたい。
父として、ほんの僅かな期間でも長く、ほんの少しでも強く高い壁で居てやりたい。
それがハーフエルフとして生まれた息子を、ただただ厳しく鍛えることしか出来なかった、酷く不器用な男に許された、精一杯の愛情表現だと思うからだ。
何度、打ち据えたことか。
何度、叱りつけたことか。
何度、抱き締めて『そんなに頑張らなくて良い』と言ってやりたかったことか。
オレは、いくら自分が恨まれても良い。
いくら罵られても良い。
ただ最愛の息子に少しでも強く有って欲しい。
決して平坦では無いだろう人生の道程を、雄々しく歩んで欲しい。
……だから簡単には越えさせてやらない。
オレが少しでも高い壁でいることで、それを乗り越えた息子が、より高く遠く羽ばたく後ろ姿を見ることが出来ると信じるからだ。
さぁ男の勝負だ。
簡単には負けてやらんぞ。
いつか本当に美味い酒を、お前と一緒に飲みたいんだ。
エルフの掟……息子が生まれた時に、手ずからこしらえて寝かしておく秘伝の酒だ。
息子が父を越えた時に酌み交わす、とびきり上等な酒だ。
まだ少し寝かせ足りないんだ。
…………第一お前な、まだ酒が飲める
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます