閑話1) 母の想いと半分エルフ

 カインズの誕生日から早いもので、二ヶ月が経った。

 息子は今日も、主人のイングラムと、森へ出掛けて魔法や弓術、槍術の鍛練をしている。


『弓や槍はともかく、精霊魔法の習熟の早さに関しては、とても十歳の子供とは思えない。この分だと十二歳までには、教えられることは無くなってるかもな』


 とは、昨夜カインズが眠った後に、イングラムが洩らした本音。


 純血のエルフでも、ここまで上達速度が早いことは決して無いのだとか。


 私の父から贈られた魔道具の恩恵は、私の息子を人並み外れた存在に押し上げてしまおうとしている。


 その父からして……


『伝え聞く限り、我が子、我が孫の中でも群を抜く出色の者。次のカインズの誕生日には、必ず駆け付ける。たとえ巨万の富をもたらす儲け話があろうと、どこの王族に呼ばれていようとも、必ず祝いにいく』


 ……などと、わざわざ気の早すぎる手紙を寄越すほど。


 あの暢気なアステール君でさえも帰り際、私の耳元に顔を寄せて真面目な口調で、こう言い残した。


『カインズ君は、必ず僕やイングラム、ナシュトさんをも越える魔法行使者マジックユーザーになるよ。本当に将来が楽しみだ。……心配、要らないんじゃないかな?』


 語尾を伸ばさないで喋るアステール君なんて、初めて。


 ナシュトさんは、イングラムのパーティーでは、一番のベテラン冒険者だった人。

 当時から凄腕の弩弓手にして、帝国内でも指折りの実力を持つ神聖魔法の使い手だった。

 現在のナシュトさんの実力を、私達の誰よりも知るハズのアステール君の言葉は、とても重い。



 周囲の反対を押しきって結婚した私達。


 人族の私と、エルフのイングラム。


 同族同士の夫婦よりも、子供が出来る確率は低くなってしまう。


 結婚した翌年、そんな心配をよそに無事懐妊。


 産まれて来たのは、ハーフエルフの元気な男の子。


 エルフの父親と人族の母親という組み合わせで、産まれて来る可能性が一番高かったのは、母親と同じ人族の子供。


 次いで、混血種であるハーフエルフ。


 最も可能性が低いのは、父と同じエルフ。


 種族の壁を乗り越えて結婚した先人達の残した『結果』が、そういう知識を今に伝える。


 たとえどんな種族でも愛する自信は有ったけど、出来ることなら我が子には苦労させたくなかった。


 ……だから、ハーフエルフとして産まれて来た我が子に、心の中で謝っちゃったのは、きっとイングラムも一緒のハズ。


 なぜなら、この世界の差別思想は、相当に根深いから……。

 五族対等を建国以来の理念に掲げる、このウェルズ帝国に於いてさえ、ハーフエルフへの風当たりは、人族・エルフ族を筆頭に未だに強い。

 ここ、エスタ村のように、帝都近郊で有りながら長閑のどかな農村であれば、話は別なのだけれど……。


 産まれて来る子には出来る限り、伸びやかに育って欲しい。

 そんな想いで、結婚式後すぐ、帝都からエスタ村へと移住してきた。

 結果的には、大正解だったと思う。

 少なくとも、あのまま帝都でカインズを産んでいたら、差別的な目を向けられていたと思うし……。


 カインズはとても良い子に育ってくれた。


 本当にもう、可愛くて可愛くて仕方がない。


 でも、いつかはカインズも親元を離れる時が来る。


 ハーフエルフへの蔑視の目を退けるには、人並み外れた力が必要不可欠。

 たとえ最初は苦労しても、何らかの形で名を上げれば、周囲から徐々に認められていくだろう。


 三歳からの英才教育は、カインズが産まれて直ぐに、イングラムから言い出したことだけれど、あの子は文句一つ言わずに真剣に取り組んでくれた。


 カインズが十歳になって、魔法の才能が有るって分かった時は、今までで一番嬉しかったかもしれない。


 最近では、午前中は魔法の練習はさせずに、武術や座学を中心に修練に励み、午後は夕食までの時間で魔法の練習をしている。


 イングラムが居る時は、武術と精霊魔法を。


 狩りや用事で居ない時は、座学と属性魔法を。


 たまに休みを取らせても、村の同年代の子供達は、家の農作業の手伝いをしている事が多くなっていて、以前ほどには一緒に遊べていないみたい。

 まだカインズが小さい頃は、日が暮れるまで友達と遊んでは、幼い顔を輝かせていたのだけれど……。


 今では休みと決められた日でさえも、誕生日以来アステール君や、父が贈って来るようになった色々な書物を読んだり、いつもより軽い鍛練をしたりして過ごしている。


『まだ明確な目標じゃ無いけどね。出来る限り強くなって、世界中の色んな所、誰も辿り着いた人が居ないような場所とかにも行ってみたいな。』


 いつだったか、魔法の練習から帰って来たカインズに、将来の夢を聞いた時に返ってきた言葉。


「夢」を聞いたハズだったのに、返ってきたのは「目標」と言う言葉。


 目標は確かに明確なものでは無いかもしれないけれど、はっきりと口にされた言葉には、強い向上心が感じられた。


 今日も、きっとヘトヘトになるまで頑張って来るわよね。


 きっと二人とも、いつもよりずっと豪華な食事を見たら、口を揃えてこういうハズ。


『アマリア(母さん)一体、今日は何のお祝い?』


 今から眼に浮かぶようだわ。











 カインズに、弟か妹が出来たことを知った二人の驚く顔が…………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る