第4話 受け継がれる謌《うた》

「古の契約により、ここに種火を求む。マナよ、我が求めに応じよ」


 オレの指先から、小さな火種が生まれ、指し示した薪に小さな火を点す。


 翌朝、朝食前の短時間で父から、生活魔法の実演と講義を受け、実際に試してみるが、事前に属性魔法を習得していたせいか、いとも簡単に覚えることが出来た。


「これで初級の生活魔法は、だいたい使えるようになったな。生活魔法は使い込むほど、出来ることが増えていく。ちょくちょく、練習しといた方が良いぞ」


「それって……魔法を使っていくと、同じ魔法でもレベルが上がったりするっていうこと?」


「ま、分かりやすく言うなら、そういうことだな。もし将来的に冒険者にでもなるんなら、野営なんかする時は、魔力に余裕がある者が担当することが多いから、生活魔法の熟練度は上げておいて損は無い」


「なるほど……ありがとう、父さん」


「とりあえず、朝飯を食べたら森に行くからな。昨日の練習の成果も見せて貰う」


 父とオレは手早く朝食を済ませ、身支度を調えると、さっそく近くの森へと向かって歩きだした。

 せわしない二人を、母は朝食の後片付けをしながら、苦笑で見送っていた。

 昨日、練習していた場所に着くと、さっそく父は、オレに魔法を使ってみせるよう促してきた。

 促されるまま、まずは火矢の魔法……ファイアーボルトを放つ。


「淀み無い詠唱……発動から射出までの早さ……射出された魔法の速度…………どれをとっても申し分ないな。カインズ、他の魔法も見せてくれ」


 頷いて、他の魔法も立て続けに放つ。


「疑っていた訳では無いが、本当に独力で四つも……。これは教えがいが有るというものだ」


 そう呟き、笑顔でオレの頭を撫でてくれた父では有ったが、正直なところ、その笑顔は多少ひきつっていた。


「よし、じゃあ今日はオレが、精霊魔法の初歩を教えてやる。上達速度と魔力の消耗具合を見ながらだが、基本的に昼までは練習を続けるからな」


「その後は?」


「まぁ、昼飯喰って夕方まで寝とくんだな。昼まで練習して余裕が有るなら、自主的に生活魔法でも系統魔法でも、練習すると良いさ。限界まで魔力を使うと、成長が早くなるって話だ。まぁアステールからの受け売りだし、効果も気休め程度らしいが……」


 父は、そう言い終わると、ポンポンとオレの頭を軽く叩いてから、表情を引き締めると、オレが魔法の的にしていた岩に向き直り、おもむろに呪文の詠唱を始めた。


「自由なる風の愛し子、風の精霊シルフ達よ。汝らの友たるイングラムが請う。願わくは風の刃もて、我らの敵を刻みさいなめ……顕れよ鋭き風刃! ウインドエッジ!!」


 一陣の風が瞬く間に、風の刃を象り、目標の岩を×の字に切り裂いた。


「父さん、スゴい! あんなに深い傷が!!」


 近寄るまでもなく、ハッキリと傷が刻まれた岩を指差し、思わず声を張り上げてしまう。


「あぁ、精霊魔法には単体指定の攻撃魔法が少ないが、その一つ一つは強力な魔法が多いんだ。魔法発動の際、精霊が肩代わりしてくれる分、威力の割には魔力の消費も少なめだしな」


「へ〜、種類の少なさ以外は良いことづくめに聞こえるね?」


「いや、もちろん欠点は有るぞ? 事前に精霊契約を行っておく必要が有るし、精霊力が働いて居ない場所では、そもそも使えない場合も有る。例えば、水中では炎の精霊魔法は、原則的には使えない、とかな」


「なるほど。…ということは、砂漠で水の精霊魔法も使えないわけだ。何か抜け道は無いの?」


「理解が早くて助かる。正直、抜け道なんてもんに気付くと思わなかったぞ。まぁ、その辺の話は、精霊契約の結果と今後の上達ぶりも関係有るから、また後日ってとこだな」


 父は苦笑いしながら、背負っていた背嚢リュックを地面に降ろすと、中から大人の頭ほどの大きさがある水晶柱を取り出し、慎重に先ほどの岩の上に置いた。


「父さん、それは?」


「いつか、子供に精霊契約させるためにと、取って置いた、特大の触媒だ。冒険者時代に、精霊力溢れる自然洞窟内で見つけたんだがな。カインズ、コレに両手で触れて、しばらく動くなよ」


 言われるがまま、おずおずと水晶の上に両手を置く。


「じゃあ、始めるぞ。…………四方にあまねく精霊よ、汝らの友垣にして契約者たるイングラムが、禮代いやじろ神寶かむだからを捧げ持ち、我が子……レスノテク氏族に連なる者カインズに、此度新しき精霊の友垣として、永人ながひとたる汝らの厚き御恵みめぐみかがふらせ給わんことを、まつらくと申す」


 しばらくすると、水晶が溢れんばかりに輝き、思わず目を瞑ってしまう。


 しばらくして恐る恐る目を開くと、次の瞬間から色とりどりの精霊達が、水晶に出たり入ったり、こちらを値踏みするように眺めたり、水晶に頬擦りしている姿を、この眼に見ることが出来る様になっていた。


「おお、こりゃまた大勢来てくれたもんだな、カインズ。そもそもの魔力量が多いと、こんなに違うもんかね……。この辺りじゃ、普通お目に掛かれない上位精霊の分け御霊みたままで来てるじゃないか」


 父は、半ば呆れたように呟くと、精霊達がまとわりついたままの水晶柱を手に取り、こちらに差し出す。


 ……えーと?

 促されるまま受け取りはしたものの、どうして良いか分からずに、呆然としてしまう。


「いや……コレ、どうすれば良いの?」


「とりあえず、オレの背嚢にしまっておけ。後で砕いて、一部を除いて我が家の庭に埋める。残した欠片は、護り袋に入れて肌身離さず、身に付けておかなくてはいけないからな。もう袋も用意してある」


 父が拡げてくれた背嚢の口に、水晶柱を入れると精霊達は、こちらに向けて手を振ったり、オレの肩に移動して来たりした。


「よし、これでいい。後は、実践有るのみだ。今日は風の精霊シルフ、水の精霊ウンディーネの力を借りる魔法を、いくつか覚えて貰うぞ」


「自由なる風の愛し子、風の精霊シルフ達よ。汝らの友たるカインズが請う。願わくは風の刃もて、我らの敵を刻みさいなめ…顕れよ鋭き風刃! ウインドエッジ!!」


 風の刃が、大岩に十字傷を刻む。


 あの後、オレ達は森の中心部に位置する小川の川原に移動し、精霊魔法の練習を始めた。


 精霊魔法の呪文は、一子相伝…とまでは行かないが口伝が基本で、一般的な魔法のように字面を眺めて眼で暗記……ということが出来ない。

 では、どうやって覚えていくのかというと、属性魔法が、淀み無く淡々と呪文詠唱するのに対して、精霊魔法の場合、朗々と歌うような抑揚を付けて呪文を詠唱するのを逆手にとり、さながら歌謡曲を覚えるようにして、耳から暗記する手法を採る。

 これは経験が無いと案外難しいらしいが、とある事情により……オレには、そこまで難しいものでもなかった。


 教師役の父、生徒のオレが共に簡単には魔力切れを起こさないほど、魔力が潤沢なのも、好影響をもたらした。


 結果として昨日を上回る五つ(水の精霊魔法二つと風の精霊魔法三つ)を、今日だけでモノに出来た。


 今日、習得したのは…


 水鞭の魔法……アクアウィップ。


 癒しの水……アクアヒール。


 風刃の魔法……ウインドエッジ。


 護りの風……プロテクトウインド。


 風変の魔法……コントロールウインド。


 以上だが、中でも特筆すべきなのは、風変だろうか。

 野生動物や、魔物の中には嗅覚に優れた者が多く存在する。

 先手必勝とは良く言ったもので、相手に気付かれず接近する方法は多いに越したことはない。

 相手の位置取り次第では有るが、普通なら常に風下から接近するのは不可能と言って良く、風を操れるアドバンテージは計り知れない。

 上記の理由から狩猟や小規模戦闘での有用性は言うに及ばず、例えば戦争でも、今度は風上を取ってしまえば、この世界での主力兵器たる弓矢同士の戦いで、かなり味方が優位に立ててしまうのだ。

 父の話では、精霊魔法には、このように直接的な攻撃手段とならないものの間接的に有用な使い道のある魔法が多く、その使い方次第で自分や味方に利するところが大きい魔法が、それこそ目白押しなのだという。

 独学での修練が可能な属性魔法や弓術の練習も大事だが、今後のために父の時間が空いている時には、今までのように槍術だけを習うのでは無くて、精霊魔法も可能な限り習って行こうと思う。


 将来的に、まだ自分に何が出来るようになるのかは分からないが、選び採れる選択肢は多いに越したことは無いのだから……。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 その日は親子共々、思いのほか捗った精霊魔法の練習に夢中になり、昼食の時間を過ぎても帰らなかったせいで、母から大目玉を喰らってしまった。

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