第3話 厨二発症注意報
「大いなるマナ、四元の素。
僅かに身体から魔力が引き出された感覚と共に、構えた短杖の先端から、拳大の水の球が飛び出し、勢い良く目前の大岩に当たって飛散した。
水弾アクアブリットの魔法の発動に成功した嬉しさに、思わずニヤつきながら、大岩に歩み寄る。
水弾の当たった辺りを念入りに調べてみると、僅かにではあるが、岩の表面にヒビが入っていた。
「おお! 水弾は、けっこう打撃力あるみたいだな。もう少し練習したら、教本見ながらじゃなくても、使えるようになるかな。その後は風矢の呪文を試すか。……いや順番どおりに試すなら砂弾が先かな?」
アステールさんのくれた魔法教本をめくりながら、次に練習する呪文を検討する。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
この世界で魔法を使う場合、大雑把に言うと、三つの
第一に接続。
これは、世界に満ちる魔力マナと、術者の体内を流れる魔力オドを接続して、魔法を使うためのエネルギーを造り出す作業にあたる。
第二に変換。
接続して作り出したエネルギーを使いたい魔法に沿う形に体内で変換する。
第三に射出。
変換したエネルギーを魔法として射ち出す。
この際、自己強化や回復の魔法については、射出せずに自らの体内に魔力を留めることになる。
呪文の詠唱とは、分かりやすく言えば、これらのプロセスを自動で補助するためのもので、魔法の行使に熟練するほど、詠唱の短縮が可能になるらしい。
魔法の行使に慣れないうちは、詠唱の短縮はファンブル……つまり魔法の発動自体が失敗することも多く、それを避けたければ詠唱を一言一句、正確に行うことが唯一の手段なんだとか……。
無詠唱での魔法行使も理論上は可能だが、実践するには、数百年単位の研鑽が必要なようだ。
大規模な魔法ほど必要な詠唱は長くなり、途中で詰まったりすれば、即座に
……つまり、裏道や近道は無いということだ。
大多数の魔術師は片手に魔力の発動体として杖を持ち、もう片方の手には、自分が行使出来る魔法の呪文が書かれた本カンペを持って戦うスタイルになるらしい。
だがオレの場合、せっかく父から弓や槍を習っているのだから、魔法を使うにしても、武器戦闘と併用が可能なように、杖と本で、両手が塞がれるのは避けたい。
そのためにも、どんどん魔法の練習をして熟練度を上げ、短縮詠唱メインで魔法を使えるようになりたいものだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ーー時刻は少しばかり遡る……。
オレが初めて使う魔法に選んだのは、火矢の魔法……ファイアーボルトだった。
理由は単純で、アステールさんがくれた魔法教本に記された魔法のうち、一番手前のページに書かれていたからだ。
最初のうちは、世間一般の魔術師スタイルで右手に杖、左手に教本を持ち、呪文を読み上げて魔法を使う練習。
慣れてきたら、呪文を暗記して、呪文を詠唱する練習に切り替える。
初めは詠唱の途中で詰まったり、呪文自体を微妙に間違えたりして、
安定して火矢の魔法を使えるように、なったところで、今度は水弾の魔法の練習に移り、先ほどようやく成功したところだったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
とりあえず何度か練習を繰り返し、教本を見ずとも水弾の呪文が唱えられるようになったところで、続けてサンドブリット……砂弾の魔法の練習に切り替えることにしたが、ここで一工夫。
今度はあらかじめ、呪文を暗記してから、ぶっつけ本番!
「大いなるマナ、四元の素。其は万物に宿り、万物の核なり。此度マナの信奉者にして、オドの使役者たるカインズの名の下に、万の砂礫の具現を請う。我、求めしは砂弾……砂礫よ、集い集いて我が敵を射つ力となれ。サンドブリット!」
いきなり本番に挑んだにも関わらず、問題無く魔法が発動し、的にした岩に命中した砂弾は、固い岩の表面に新しいヒビを刻んだ。
「おお……成功した。この要領でウインドボルトもいけるかな」
何度か教本の風矢の呪文を指先で、なぞりながら覚えていく。
暗記は砂弾の魔法よりも短時間で完了。
いざ本番!
「大いなるマナ、四元の素。其は万物に宿り、万物の核なり。此度マナの信奉者にして、オドの使役者たるカインズの名の下に、猛き疾風の具現を請う。我求めしは風矢……猛き風よ、集い集いて我が敵を射つ矢となれ。ウインドボルト!」
……出来た!
ほんの少しの時間で、風矢の呪文を記憶し、発動することが出来た。
火矢と風矢、水弾と砂弾というように、効果や名前の似た魔法同士は、詠唱する呪文も似通っている。
さんざん練習した火矢の魔法の詠唱が、風矢を放つ際にも役にたった形だ。
これは、属性魔法を練習するコツを掴んだ、とも言えるかも知れないな。
ここまでの練習で、四大属性の初級魔法のうち、最もシンプルな単体攻撃魔法を、一応は使えるようになった。
次の魔法を練習する前に、徹底的に反復練習をすることにする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
しばらく四つの魔法をランダムに放つ練習をしていたら、急に強烈な疲れに襲われ、目眩さえ覚えてきた。
これが、いわゆる魔力欠乏症というヤツだろうか?
このままでは気絶しかねないので、やむを得ず練習を中断して、帰宅することにする。
重い足を引きずりフラフラ帰宅すると、なんとか昼食を摂り、自室のベッドに、倒れ込むようにして眠りに就く。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
母がオレを呼ぶ声に目を覚ますと、すでに日が落ちていて、夕食が出来ていた。
食べてすぐ昼寝してしまったので、腹が減っていないかとも思ったが、何故かいつにも増して、激しい空腹を覚えていた。
これも魔力欠乏症の影響なんだろうか?
そもそも昨日までは、魔力とかを実際に感じたことなど無かったのだから、考えてもしょうがないことではある。
食欲という原始的な欲求に耐えかねて、がっつくようにして夕食を貪り、まだ顔色の良くない父から促され、父の分の夕食の大部分を分けてもらい、それも瞬く間に平らげると、ようやく人心地が着いた。
「カインズ、今日は良く食べるわね。私の分も少しあげようか?」
「もう大丈夫。なんだか無性に、お腹が空いて……こんなの初めてだよ」
「初めて魔法使った時は、そんなもんだ。オレの時もそうだった」
「あら、私はそんなに、お腹空かなかったわよ?」
「アマリアの場合は、生活魔法だからな。アレはあんまり魔力を食わない。ところでカインズ、一つか二つぐらい魔法を使えるようになったのか?」
「今日は火矢と風矢……それから砂弾に水弾を覚えたよ」
「なに! いきなり、四つだと?」
よほど驚かせてしまったのか、青白かった顔色を、瞬時に朱に染めて、椅子から腰を浮かす父。
「それって……そんなに、スゴいことなの?」
母は状況が飲み込めていないのか、困ったような顔で父に問いかける。
オレも、自分がしでかしたことが、そんなに大それたことだとは思っていなかったので、父からの説明を待つ。
しばらくして驚愕から立ち直った父は、コップの水を、あえぐように飲み干すと、順序立てて今回の『事件』について説明をしてくれた。
……普通は、オレがやったように魔法教本に書かれた呪文を読み上げて詠唱の練習をするが、本に書かれた文字を読み上げるだけでも、発動失敗……つまりファンブルを繰り返す。
これは、魔法発動のための三段階の過程プロセス……つまり接続・変換・射出のうち、特に変換の段階で、
『魔通の儀』によって、体内魔力と外部の自然魔力との接続自体は、理解出来ていたとしても、魔力を使いたい魔法に沿う形に、体内で変換する際に最も重要なのは、魔法が発動した場合に引き起こされる現象に対する理解力。
分かりやすく言えば、イメージが出来ているかどうかなのだ。
また、射出の段階でも目標に対する照準や、射出速度なども、イメージの力が必要となる。
普通は師匠に該当する人物が、実際に目の前で何度か魔法を使って見せて初めて、魔法の習得のための素地が出来る。
オレの様に、独学で魔法を覚える場合、最初は失敗を繰り返しているうちに、度重なるファンブルによる魔力消費で魔力欠乏症を発症し、訳のわからないまま気絶するか、どうしても魔法行使のイメージが掴めずに、早々に独学での習得を諦めてしまう。
何より普通に魔法を練習する時は、師匠の有無に関わらず、初めは生活魔法の練習から始めるのが一般的で、いきなり属性魔法の練習に取り掛かるようなことはしない。
ただ、昨日のアステールさんからの説明で、オレの魔力量が、普通より多いことと、高い適性を持っていることを知っていた父は、よほど上手くいけば一つか二つは、習得出来たかもしれない……ぐらいの感覚で、問いかけてきたらしい。
……まぁ、自分が非常識な真似をしでかしたことだけは、十分に理解出来てしまった。
「覚えた魔法は明日、見せて貰うからな」
「……うん」
「それから、精霊魔法を教える前に、まずは生活魔法を教えよう。……順番はアレだけど、な」
「…………うん」
「ま、今日は二人とも早めに休むと良いわ。イングラムもカインズも、少し顔色悪いわよ」
絶妙なタイミングで割って入った母に助けられたことで、ようやく解放されたオレは、自室で今日のことを振り返っていた。
色々あったなぁ……有りすぎたぐらいだ。
実際、疲れているのは確かだと思うし、母が言うように顔色も悪いのだろう。
今日は母の言いつけ通り、早めに寝るとしようかな。
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