新たな冒険の始まり3

「――で、あたしが”身体は剣でできてないけどねー”って言ったら陽一のやつ”えっ!?”って。いやアンタが振ったんでしょーがって話よねー」

「ちょっとリン姉、赤アーチャーとか身体が剣とか、よくわかんねーっすよ」

「えっとね、当時そういうゲームがあったのよ。いまほど有名じゃなかったけど、知る人ぞ知る、的な?」

「私はアニメで見たが、非常に面白かったな」

「えーっ、アタイもそれ見たいっすよー!」

「陽一に言えばいつでも見せてくれるわよ」

「っていうか花梨、ふたりが学生時代って、一般ゲームになる前じゃない?」

「あたし、エロゲもバンバンやるので」

 サウスの上で自慢げに胸を張る花梨の姿に、スザクにまたがる陽一がふっと笑みを漏らした。

「まったく、なんの話をしてるんだか……。まぁ、退屈してるよりはいいか」


 陽一らを乗せたスザクとサウスはかれこれ数時間、ジャナの森上空を西に向かって飛び続けていた。


 本気を出せば音速を優に超えられるヴァーミリオンバードだが、速度を抑えて悠然と飛行している。


 スザクたちの背中がかなり快適なので、メンバーは一度も降りずに適宜食事をしたり休憩を取ったりした。

 休みなく飛び続けるヴァーミリオンバードたちは、アミィの能力で回復してやるので、いまのところ問題はない。


「越えられるんだよな?」


 延々と続く森を眺めながら、陽一は不安げに呟く。

 森を越えるのに最適な方角だけは事前に【鑑定Ω】で調べているが、それ以上のことをあえて知ろうとはしなかった。


 こうして行き先に不安を抱くのも、楽しみのひとつだからだ。


 そうやってさらに飛び続け、やがて日が傾き始めた。


 地球と違って時差のないこの世界は、どこにいようとも同じ時刻に日が沈む。


 そして太陽が地平線にかかろうかという頃合いに、森が途切れた。


「おお、砂漠か!」


 視線の先には、夕日に照らされる砂漠が広がっていた。


 メイルグラード周辺のような岩石砂漠ではない。すな砂漠だ。


「にしてもこの森、俺たち以外どうやって越えればいいんだ?」


 延々と広がる森を振り返りながら、陽一は苦笑した。


 直線距離にして1万キロ近くはあったはずだ。


 それだけの距離を、魔物を倒しながら再生力が異常に高い森を切り拓くことができるだろうか。

 あるいはこちらの世界でも使える、新しい飛行手段の発明を待たなくてはならないのかもしれない。


 そんなことを考えながら、陽一は砂漠の上空を飛び続けた。


「陽一、あれっ!」


 太陽がほとんど地平線の向こうに隠れ、急速に夜を迎えつつあるなかで、サウスの上から花梨が叫ぶ。


 彼女の指さす先に、町の灯りが見えた。


「さて、どうするかな」


 このままスザクたちに乗っていけば、数分で町には到着できる。

 だが、いきなり魔物に乗って町に近づけば、間違いなく警戒されるだろう。


「できれば厄介ごとは、避けたいよなぁ」


 ならば適当なところで降りて町から見えないギリギリの場所まで自動車に乗り、そこから徒歩に切り替えるのが、移動手段としては無難なところだろう。


 だがそうなると、1日ではたどり着けないかもしれない。

 ならば一度このあたりで降り、モーターホームで休むか、ホームポイントを更新して日本にでも【帰還】し、明日になってから再開という手段をとるべきか……。


「待てよ、昼の砂漠って、危険かな……」


 もう少し暗くなるのを待ってから、さらに近づけるところまで飛び、そのうえで夜のうちに移動するほうがいいのかもしれない。


 なんにせよ一度このあたりで降りて話し合うのがよかろうと、サウスに乗るメンバーに声をかけようとしたときだった。


「ヨーイチ殿、見てくれ! 町の向こう!!」


 アラーナにそう言われた陽一は、彼女の示す先に目をこらした。


「あれは……!?」


 町を越えた先に、なにかが見えた。


「あれは……なにかに乗ってるのか?」


 ダチョウに似た二足歩行の獣にまたがった10名ほどの人が、町を目指して駆けているようだった。

 ただ、様子がおかしい。


「もしかして、追われてる?」


 よく見れば先頭のひとりと一頭が、ほかの者たちに追われているようだった。


「サウス! 町から見つからないよう気をつけながら、あそこに向かえ!」


 どうすべきか考えるより先に、アラーナがサウスに命令した。


「ちょっと、アラーナ!?」

「放ってはおけんだろう! 考えるのはあとだ!!」


 引き留めようとする陽一の声を無視して、サウスはスピードを上げる。ほかの3人も、アラーナと同意見なのだろう。


「スザク!」

「キュルァッ!」


 陽一が声をかけると、スザクも速度を上げてサウスを追いかける。

 群れいちばんの速さ自慢だけあって、2羽の距離はぐんぐん縮まったが、追いつくよりも目的地へと着くほうが先だった。


 なにも言わずともサウスは高度を下げ、スザクもそれに追いすがる。


 そうしてサウスは高度とともに速度も下げ、騎獣に乗って駆ける人の群れへと割って入るように着地した。


「うわぁっ!?」

「なんだっ、魔物か!?」

「こら、暴れるな!!」


 風圧により砂が舞い上がるなか、突然現われた正体不明の存在に騎獣も人も慌てふためく。


「きゃぁっ!」


 そして先頭を走っていた騎獣も驚いて急停止したため、乗っていた人物が投げ出された。


「おおっと!」


 そこへスザクが滑り込むように現われ、追われていた人物を地面に落ちる前に陽一が抱きとめる。


(……女の人か)


 彼女も含め、騎獣で駆けていた者は全員がマントに身を包んでフードを被り、さらに口元を布で隠していた。

 そのため性別は不明だったが、先ほどの甲高い悲鳴と抱きとめた感触とでこの人物が女性であることがわかった。


「大丈夫ですか?」


 陽一が声をかけると、こわばっていた女性の身体がふっと弛緩した。


「うむ、そなたのおかげでな」


 低くハスキーな声だった。


 陽一はスザクの背に、抱えていた女性をおろした。


「貴様ら、何者だ!?」


 落ち着きを取り戻した集団から、すいの声が飛ぶ。


「人に名を問うときは、まずおのれから名乗るのが礼儀ではないかな?」


 その声に対し、サウスから降りたアラーナが悠然と問い返す。

 残る3人も砂地に降り立ち、様子を見ていた。


 陽一もスザクを降り、女性もそれに続く。


 彼女は割り込んできた陽一らを敵ではないと判断したようだが、それにしても見事な落ち着きようだった。


「なんだと貴様っ!!」


 ひとりが声を上げ、腰に提げていた剣を抜く。それに数名が続いた。全員が片刃の曲刀だった。


「よせ」


 後方からひとりの男性が、悠然とした足取りで前に出てくる。おそらく集団のリーダーなのだろう。


「見たところよそ者のようだが、その女が何者かを知ったうえで、我々の邪魔をするのか?」


 その言葉に、アラーナは軽く振り向き、陽一の傍らに立つ人物を一瞥してすぐ視線を戻した。


「ふむ、あの者が女性であることも、いま知ったところだ」


 その答えを聞いて、リーダーの男がフンと鼻を鳴らす。


「事情も知らんやつが首を突っ込むな。さっさとそこをどいてその女を渡せ」

「事情がわからない以上、はいそうですかと従うわけにはいかんな。少なくともお前たちは、私の目にはひとりの女性を追い回す不埒者の集団にしか見えないが」


 不埒者の集団、といわれたことに、男はスッと目を細める。


「おい、女……貴様は第二騎士団筆頭たるこのランヴァルドをそこらの野盗と同一視するというのか?」

「騎士団と言うには少々野蛮に見えるが」

「……我らを侮辱するか」


 ランヴァルドと名乗った男は静かにそう言うと、腰の剣を抜く。

 他の者と同じ片刃の曲刀だが、刀身の幅は広く、リーチも長い。


「もう一度言う、その悪女を渡せ」

「ほう、悪女とは随分な言われようじゃなぁ」


 ランヴァルドの言葉にアラーナが返すより早く、陽一の傍らにいた女性がそう言って一歩前に出た。


「幾度も王太子妃殿下を害そうとした不届き者が悪女でなくてなんだというのだ!」


 ランヴァルドは剣の先を女性に向けながら、鋭い言葉を放つ。


「ふたつ、訂正させてもらおう」


 ランヴァルドの糾弾を受けてなお、落ち着いた様子の彼女は、さらに一歩前に出た。


「ひとつ、身に覚えがない」

「貴様が妃殿下に害を為そうとしたことは、幾人もが目撃している! そのうえ妃殿下おんみずからの証言も――」

「ふたつ」


 まくし立てるようなランヴァルドの言葉を、彼女は静かに遮った。

 その声は威厳に満ちており、剣を抜いた騎士といえど黙らざるを得ない、そんな言葉だった。


「そもそもあの小娘は王太子妃などではない」

「貴様ぁっ! 妃殿下を小娘呼ばわりとはなんと無礼なっ!!」

「じゃから、あやつは王太子妃などではないと言っておろうが。下級貴族の娘を私が小娘呼ばわりすることに、なんの不都合があろうか」


 怒りに肩を震わせる男に対し、女性のほうは冷めた様子で答える。

 双方とも顔の大半が布に覆われて表情は読めないが、女性はかすかに目が笑っているように見えた。


「まったく、王太子も王太子よな」

「なんだと……?」

「あのような容姿だけがとりえの田舎娘に籠絡ろうらくされたあげく、婚約者たる私にあらぬ罪をかぶせるとは、呆れてものも言えんわ」


 と言うわりにはすらすらと言葉を紡ぐ女性に、ランヴァルドは血走った目を向ける。


「貴様……あらぬ罪と言うが、身に覚えがないならなぜ逃げた!?」

「あのバカ王子にまともな裁きができるとは思わなんだのでなぁ」

「おのれ妃殿下のみならず王太子殿下まで……!」

「言っておくが最初から逃げるつもりがあったわけではないのじゃぞ? せめて正当な裁きをと宰相府を目指す私の邪魔をした愚物ぐぶつがおったゆえ……ああ、そうじゃった」


 そこで女性はすっと目を細め、嘲るような視線をランヴァルドに向ける。


「あのとき私の行く手をはばんだのはどこぞの騎士団長であったのぅ。王太子のお友だちという以外に取り柄のない……はて、名はなんといったかな? 小物すぎて思い出すにもひと苦労なのじゃが」

「我らが団長をも愚弄するかぁっ!」


 そこでランヴァルドは女性へと駆け寄ろうとしたが、アラーナがそれを阻む。


「どけ! 話を聞いていただろう!? その女は王族を害し、罪を逃れようとする大罪人だぞ!!」

「双方の話に食い違いがあるようだが? よそ者の私たちには判断がつかないな」

「よそ者を自覚しているなら首を突っ込むな!」

「そうはいかん。ひとりの女性を武装した大勢の男が囲んでいるのだ。見て見ぬ振りはできんよ」


 肩をいからせて言い募っていたランヴァルドが、自身を落ち着かせるように大きく息を吐き出す。

 肩を落とし、軽くうつむいていた彼は、ふたたび顔を上げ、アラーナをにらみつけた。


「もう一度だけ言う、そこをどけ」

「断る、と言ったら?」

「貴様ら全員、引っ捕らえる」

「ほう、私たちを捕らえて、どうしようというのかな?」

「ふん……」


 アラーナの問いに、ランヴァルドは鼻を鳴らすだけでなにも答えない。

 顔を覆う布のせいで表情も読めなかった。


「アラーナ」


 そこへ、陽一が声をかけた。


 アラーナがそちらを向くと、陽一は険しい表情を浮かべ、無言で頷く。


「なるほど」


 アラーナはランヴァルドに視線を戻しつつ、ため息をついた。

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