新たな冒険の始まり1
管理者による大型アップデート、すなわち世界の拡張については”女神の啓示により新境地の存在が明らかとなった”というかたちで両国および各ギルドの首脳陣に伝えられた。
王国、帝国はともに、新境地への調査、接触、それらの援助も含め、公的な対応はしないということで合意する。
そして新境地への対応をひとまず各ギルドに任せることとした。
ギルド首脳陣は協議のすえ、調査を冒険者ギルドへ一任し、ほかのギルドが適宜援助することで合意した。
そして女神の啓示から約1年、魔王戦の終結から2年ほどで、終戦にともなう事後処理や復興がある程度落ち着いた。
そのあたりから陽一は断続的にではあるが、ある程度まとまった休みが取れるようになり、およそ半年かけてそれぞれのメンバーと休日を過ごす日々を送る。
そうこうしているうちに、新境地への出発準備が整った。
○●○●
その日、陽一の姿はロザンナの私室にあった。
「ヨーイチ、準備はいいか?」
「ええ、俺のほうは」
ロザンナの問いかけに、陽一はローブを羽織りながら答える。
魔王戦で手に入れた新たな素材による新作だが、デザインは変わっていなかった。
「ロザンナさんも、きまってるね」
「まぁ、慣れたものだよ」
ロザンナはいつもの正装だった。
黒を基調とした、シンプルなドレス姿である。
「さて、俺たちはいいんだけど……」
陽一がそう言ったあと、ふたりは同じ方向を見て、苦笑した。
そこには、下着姿のまま駆け回るエリザベスの姿があった。
「お嬢さま! お待ちくださいまぜー!」
「やーっ!」
エリザベスはドレスを着せようとする侍女から逃げ回っていた。
本気で嫌がっている様子はないので、からかって遊んでいるのだろう。
【健康体】があるおかげか、2歳児にしては動きが機敏で持久力もあるので、なかなか手を焼いているようだ。
「ほらエリザベス、おいで」
「とーちゃっ!」
陽一がしゃがんで腕を開いてやると、娘は嬉しそうに駆け寄ってきて、そのまま父親に抱きついた。
「まったく、悪い子だ」
「きゃっきゃっ」
呆れたように笑いながら抱え上げてやると、エリザベスは陽一にしがみついて嬉しそうな声を上げる。
「はぁ……はぁ……もうしわけございません、旦那さま……」
息を切らせた侍女が、エリザベスの衣装を手に歩み寄ってきた。
「いえ、こちらこそいつも苦労をおかけして申し訳ないです」
陽一はそう言って謝りながら、侍女の手から娘の衣服を受け取る。
「わぉっ!」
次の瞬間、用意した衣装に身を包まれたエリザベスが、感嘆の声を上げた。
「とーちゃ、しゅごーい!」
【無限収納Ω】を使った早着替えに喜ぶ娘を見て、陽一の顔が思わずほころぶ。
「まったく。来年からの教育が今から心配だよ」
そんな父娘の姿を見て、ロザンナは嘆息した。
3歳になると、エリザベスへの王族教育が始まるのだ。
「なにかあれば手助けするから、いつでも呼んでよ」
「ふふ……ヨーイチには一切苦労をかけないという約束だったのだがなぁ」
「ま、俺も苦労したいんだからいいじゃない」
陽一はそう言うと、娘を抱えたままロザンナへ手をのばす。
「それじゃ、いこうか」
「うむ」
陽一はロザンナの手を取り、私室の出入り口に向かって歩く。
するとドアは示し合わせたように開き、その外には侍従や宰相府の職員たちが並んでいた。
「では、いってくる」
「あ、いってきます」
「いってきまーしゅ」
その声を受け、居並ぶ者たちから執事が代表して一歩前に出る。
「いってらっしゃいませ」
彼がそう言って頭を下げると、ほかの者たちも一斉に礼をした。
そして次の瞬間、陽一らの姿は『辺境のふるさと』にあった。
部屋を出てロビーに降りると、そこにはアラーナとシャーロットの姿があった。
「あーねーちゃっ、しゃろねーちゃっ!」
陽一が声をかけるよりも早く、エリザベスがふたりを呼ぶ。
「うむ、エリーはいつも元気だな」
「ほんとうに、かわいらしい子ですわね」
陽一ら親子、とりわけエリザベスを目にしたふたりが、表情をほころばせる。
「アラーナも来てたのか」
「ああ。先ほど家族に挨拶をすませてな」
ここではシャーロットと待ち合わせていたが、ウィリアムやイザベルへの別れの挨拶が予定より早く終わったためか、アラーナも合流していた。
それから軽く言葉を交わしながら、宿の外へ出る。
「みなさま、お待ちしておりました」
外には執事のヴィスタと、馬車が待っていた。
「それでは、先に行っておりますわね」
「また、のちほどな」
「とーちゃっ、ばいばい!」
シャーロット、ロザンナ、エリザベスの3人が馬車に乗り込む。
「ヴィスタ、頼んだぞ」
「ヴィスタさん、よろしく」
「はい。お嬢さま、ヨーイチさま、のちほど」
ヴィスタはふたりへの挨拶を済ませると、軽やかに御者台へと乗り、馬車を出発させた。
「では、いこうか」
「おう」
馬車を見送ったふたりは町を歩き、ほどなく冒険者ギルドにたどり着いた。
「やっ」
「アラーナも一緒だったんだね」
「アニキー、おそいっすよー」
冒険者ギルドでは、花梨、実里、アミィの3人が待っていた。
「ごめん、おまたせ」
「少しのんびり歩きすぎたかな」
陽一とアラーナが歩きながら声をかけ、待っていた3人が合流する。
そのまま自然な流れで陽一が先頭を歩き、4人の女性陣があとに続いた。
そして陽一はそのまま受付台の前に立つ。
「いらっしゃいませ、ヨーイチさま」
「どうも。ギルマスに会いたいん――」
「よう、ハニー!」
陽一が用件を告げようとしたところで、彼の隣に突然ひとりの男性が現われ、受付嬢に声をかける。
「なんだ、マーカスか」
「おっ、ヨーイチじゃないか」
現われたのは元海兵隊にして元カジノホテルの従業員、そして現Cランク冒険者のマーカスだった。
「ああ、そういえば今日出発だったな」
「なんだ、それで俺に会いに来たんじゃないのかよ」
「悪いが、昼間っから男の旅立ちを見送るほど、ヒマじゃないんでね」
マーカスは魔王戦終結後、こちらの世界に残って冒険者になった。
空母の上でエドの目を盗み、冒険者と肩を並べて戦ったのが、よほど楽しかったらしい。
彼と同じように、こちらの世界に残る米兵が20名ほどいた。
そういった者たちは、あちらの世界では事故や病気で死んだことになっている。
アレクとエマのように【帰還】を使えば両方の世界を行き来できるので、二重生活を送れなくもない。
だが、エドがそれを許さなかった。
こちらの世界で冒険者を志望する者を、米国市民とは認めないと、司令官たる彼がそう決めたのだ。
なのでこちらに残ったのは、たとえ母国の戸籍を捨ててでも冒険者になりたいと願った物好きだけである。
ちなみに【帰還】を使った両世界の行き来については禁じられなかった。
ただし、あちらの世界に帰る際はくれぐれも気をつけるように、と厳命はされている。
また、帰還者の把握を容易にするため、ホームポイントはエドのホテルに限定されている。
【帰還】を使える数名がそれぞれに部屋を割り当てられ、室内から連絡しないと外に出られない仕組みだった。
無論、本人の意思でホームポイントの設定変更は可能だが、露見した際にどんな目に遭うか想像もつかないため、ルールを破る者はいなかった。
冒険者となった米兵の中に、エドとアイザックの目をごまかせるなどという甘い考えの持ち主は、ひとりもいないのである。
「そういえば、ドムたちはアレクと一緒に海を越えるそうだな」
「らしいね」
ドムことドミニク、そしてザックとジョージは、魔王戦の際にアレクを輸送機で運んだメンバーだ。
彼らも3人ともがこちらに残り、冒険者となっている。
新境地への調査には、エドから特別に許可を得て、例の軍用輸送機を使えることになった。アレクが問題ないと言ったのは、これをアテにしていたからだ。
「そういえば聞いたよ。まさかふたりがねぇ……」
陽一はそう言いながら、マーカスと受付嬢を交互に見た。
「はっはっはっ」
「ヨーイチ様、プライベートな話はご容赦くださいませ」
誇らしげに笑うマーカスとは対照的に、受付嬢は頬を染めて小さく抗議する。
「ああ、これは失礼しました」
無粋な話をしてしまったと陽一は軽く頭を下げ、そのままマーカスへ一歩近づく。
「にしてもマーカス、この清楚な受付さんをよく口説き落とせたな」
そして囁くように問いかけた。
「くっくっくっ……たしかに昼のハニーは清楚で大人しいが、夜になると――」
「ちょっと(ぉぉぉおおおおお!? マーカス、アンタなに言ってくれちゃってんのよ!! 私は清楚清純をモットーにこの受付台に立ってんの! ここで夜の話は反則でしょーがぁっ!! そりゃ夜は乱れに乱れるけど、それも全部マーカスのデカチンのせいじゃないっ! あんなUSサイズのおち×ぽ突っ込まれてじゅぼじゅぼされたら正気なんて保てないんだからぁっ! っていうか、あんなところまで届くとか反則なのよ……! 知らない性感帯開発されちゃってアレなしじゃもう満足できない身体にしたんだから責任取ってもらうからねっ! ふふふ……覚悟なさい。今夜はアンタのUSち×ぽが干からびるまで搾り取ってやるわ……! ところでUSってなに?)だまって」
「――あ、はい」
受付嬢から静かに窘められたマーカスが、申し訳なさそうに肩を落とす。
「なんだよ、もう尻に敷かれてるのか?」
「悪いか? レディは下から見上げるのが最高だろ――」
「マーカス」
「――っとぉ。それじゃそろそろいくわ」
静かに名を呼ばれたマーカスはおどけるように肩をすくめ、受付台から離れた。
「おう、またなマーカス」
「ああ、エドに会ったらよろしく伝えといてくれ」
陽一にそう告げたマーカスは、受付嬢に視線を送る。
「それじゃハニー、また今夜」
「ふん」
受付嬢は、パチリとウィンクするマーカスから顔を背けたが、口元は少し緩んでいた。
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