管理者4

 東の大海原を越えた先に新大陸が、ジャナの森を西へと抜けた先に、新たな大地が現われた。


 そこには帝国や王国と同じくらいの歴史を持つ文明があり、すでに人々が生活しているという。


 それぞれ現在の人類圏とほぼ同等、という広さであるらしい。


 彼女が先ほど言ったとおり、世界が拡がったのだ。


「新マップ実装、ってとこかしら」

「なるほど」


 花梨の言葉に、実里が頷く。


「神なのですから、新たに世界を創れて当然ですわね」


 さすがいまだ進化論よりも創世記を信じる者が多数いる国の住人である。

 決して敬虔とはいえないが、それでもシャーロットはクリスチャンなので、神が世界を創る、あるいは拡げるという行為にそれほどの驚きは見せなかった。


「あはは……なんというか、スケールが大きすぎてなんとも言えないなぁ……」

「だろ?」


 アラーナが、顔を引きつらせて言うと、陽一がそれに反応した。


「それをこの人、”世界、拡げちゃいましたぁ!”ってバンザイしながら言ったんだぜ? さすがにひとりじゃ受け止められないって」

「あうぅ……」


 呆れるアラーナの態度と陽一の言葉に、管理者が縮こまる。


「でもすごいじゃない! 知らない世界がまた増えるなんて、ボクはむしろワクワクするなー」

「ッスよね? オレもいますげーワクワクしてるッス! さすが女神さまッスね」


 サマンサとアレクは世界の拡張という現象に、さっそく興味津々のようだ。


「えへへ……」


 ようやく得られた肯定的な言葉に、管理者は表情を緩めた。


「正直よくわかりませんが、私はアレクについていくだけですね」


 エマは深く考えず、パートナーについていくという意思を表明する。


「せやなぁ。うちもヤンイーに連れてこられたわけやし、これからも責任持って連れ回してもらわんとな」

「うっす! アタイもアニキについていくだけっす!!」


 シーハンとアミィも、似たような考えらしい。


「なんということだ……」


 そんな中、ロザンナはひとり頭を抱えていた。


 遠く離れた場所とはいえ、新たな国が突然現われたのだ。

 知ってしまった以上、王国宰相として対応を考えなくてはならない。


「そもそも、世界が拡がったなど、どう説明すれば……」


 悩むロザンナを見ていた陽一が立ち上がり、彼女の傍らにしゃがみ込む。

 そして彼女の肩に、優しく手を置いた。


「ロザンナさん、それについてはもう考えてあって」

「……聞かせてもらおう」


 少し顔色の悪いロザンナが、期待を込めた視線を陽一に向ける。


「もともとあったことにすればいいんだよ」

「もともと、あったことに?」

「そう。で、女神さまの啓示で、そのことを知らされたということにすれば」

「……なるほど」


 それから少し逡巡したロザンナだったが、ほかに手はないと考えたのか、小さく頷いた。


 そして彼女は、まだ少し険しいままの表情を、管理者に向ける。


「女神さま、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい、どうぞ」

「なぜ、世界を拡げようと思われたのですか?」


 当然の疑問である。


「俺もそれ、気になってました」


 そして陽一も、彼女がなんのために世界を拡げたのかは、まだ聞いていなかった。


「それは、その……」


 全員の視線が、管理者に集まる。


「みなさん、魔王を倒したじゃないですか? それもとびっきりヤバいのを」


 みなさん、と言いつつも、管理者は陽一を見ながら話していた。

 彼を見ていると、なんとなく落ち着けるような気がするからだ。


「いまはあと始末でバタバタしてますけど、それが終わればすっごく平和な時期が続くんですよ」


 その言葉に、ロザンナは思わず安堵の息を漏らす。

 女神の口から平和が続くと言われたのだから当然だろう。


「平和な世界でスローライフっていうのも、悪くないかなぁとは思うんですけど、やっぱり新たな冒険っていうのも捨てがたいなって」


 そこで管理者は一度お茶をすすり、乾いていた口と喉を湿らせる。


「そんなときにですね、じつは管理権限があがっちゃいまして……それで、いろいろ問題のあった世界を私が引き継ぐことになって、だったらいっそくっつけちゃえーって感じで……」

「じゃあ新たに世界を生み出したんじゃなくて、元は別だった世界をくっつけちゃったってことですか?」

「あ、はい。そうです」


 途中で挟まれた陽一の質問を、管理者はさらりと肯定する。


 ここにきて新情報がいくつか出たが、管理権限云々についてはあまりつっこまないほうがいいだろうと、全員がスルーした。


 ただ、無視できないものもある。


「あのー、問題のある世界って?」


 実里がおずおずと手を挙げ、質問する。


「えっと、ざっくり言えばですね、放っておくと滅んじゃう感じのやつです」

「えぇ……」


 実里を筆頭に各々が呆れ、あるいは頭を抱えた。


「あ、あれ……私、なんかやっちゃいました?」


 管理者としてはてっきり喜んでもらえると思って、新たな冒険の舞台を用意したつもりだった。


 だがみんなの反応を見る限り、どうもやらかしてしまったらしいと悟る。


「あの、なんかすみません……」


 そう言って縮こまった彼女を見て、陽一は苦笑する。

 そしてふたたび管理者の隣に座ると、彼女を安心させるようにポンポンと肩を叩いた。


「大丈夫ですよ。ちょっと戸惑ってるだけですから」

「そうッスよ!」


 陽一の言葉に応えるようにアレクはそう言って立ち上がる。


「新大陸とか、めっちゃワクワクするじゃないッスか!! あっ、オレたちが新大陸のほうでいいッスよね?」

「そうだな。メイルグラードを拠点にしている俺たちがジャナの森を越えたほうがいいだろう」


 陽一とアレクがそうやって話し始めると、戸惑っていた他のメンバーたちも笑みを浮かべ、目を輝かせ始めた。


「新大陸を目指すのはいいけれど、海を越えられるの?」

「大丈夫だ、問題ない」

「大洋の荒波を越えられる船なんて、用意できないのではないかしら?」

「海がダメなら、空を行けばいいじゃない、ってね」


 エマの疑問に、アレクが親指を立てて答える。


「空って……あー、なるほどね」


 どうやらエマにも心当たりがあるようだった。


「まだ見たことのない世界……いいなぁ。ボク、あらためてワクワクしてきたよ!」

「せやな、またヤンイーに連れ回してもらわんとな」

「ヨーイチ殿と新たな冒険か。ふふふ、楽しみだな」

「アタイもアニキや姐さんたちと冒険するの、楽しみっす!」

「なんだか、また楽しい旅になりそう」

「ええ、そうですわね」

「これはあれね、あたしたちの冒険はこれからだー! ってヤツね」

「いやそれ終わるヤツな」

「ふふふ、まったく君たちはしょうがないな」


 そうやって楽しげに騒ぎ始めたみんなの姿をみて、管理者もようやく表情を緩めた。


「それではみなさん!」


 管理者が声を上げると、陽一らは会話を止めた。


「これからの人生、楽しんでくださいね」


 そして彼女は、満面の笑顔でそう言うのだった。

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