管理者3

○●○●


 最初に気づいたのは花梨だった。


「あれ? あたし、たしか仕事中で……」


 宰相府で仕事をしていたはずの自分が、なぜ見知らぬ場所にいるのか、そう思いながら視線を巡らせる。


「うむ、私とともに、仕事をしていたな」


 すぐ近くに、ロザンナがいた。


「あれ……なんで?」

「おかしいですわね」


 続けて実里とシャーロットが声を上げる。


 このふたりは魔術士ギルドでの業務をこなしていた。


「どないなってんねん?」

「なーんか、ふっしぎだねー」


 工房で作業をしていたふたりだが、シーハンはあたりを警戒するように、サマンサは興味深げな表情でそう言った。


「ありゃりゃ? どうなってんっすか、これ」

「ふむう、ここは……」


 ジャナの森で討伐活動をしていたはずなのに状況が激変し、アミィは大いに戸惑ったが、アラーナはどこか落ち着いている様子だ。


「ん? ここは……あー懐かしい、ってほどでもないッスね」

「なるほどね……」


 トコロテンの女性メンバーに加え、アレクとエマも同じ場所にいた。


 なにもない真っ白な空間。


 魔王戦のあと、ここにいる全員が一度は訪れたことのある場所だった。

 アレクにとっては、二度目だったが。


「よう、揃ってるな」


 そこへ男の声が響き、全員の視線が集まった。


 言うまでもなく陽一である。


「ちょっと陽一! あんたなんで急にあたしたちを――」

「あー、いきなり呼びつけてすまん。緊急事態だったんだ」


 誰よりも先に口を開いた花梨の言葉を、陽一はそう言って手を挙げ遮った。


「――って言われてもねぇ、あたしたちはそれぞれ仕事を……って、ん?」


 陽一に詰め寄っていた花梨が、ふと別の気配を感じて視線を動かす。

 すると、陽一の陰からひょっこりと顔を出す女性と目が合った。


「あれ、その娘……」

「あわわ……」


 その女性は花梨と目が合った瞬間、慌てて陽一の陰に隠れる。


「女神さま、よね?」

「ああ、そうだよ。っていうか、なにやってんですか管理人さん、さっさと話を」

「いえ、わかってますけど、もうちょっと……」


 管理者はあいかわらず陽一の陰に隠れたままだった。


「前に会ったときは、もっと威厳があったような気がするけど?」

「あぅ……」


 花梨の言葉に、管理者が小さくうめく。


 魔王戦のあとトコロテンのメンバーにお礼を言うため、あるいは主だった功労者にスキルを与えるために、彼女はひとりひとりをこの場所に呼び出していた。

 そのときは堂々とした態度を取っており、いまとは別人のようだったのだ。


「あのときは、分身体ぶんしんたいを使って一括でやっちゃいましたからぁ……」


 つまりひとりひとりに対応していたようで、実際のところはメールの一斉送信か、あるいはAIによる自動応答のようなかたちで人々と向き合っていたらしい。


「オレとはじめて会ったときは、もうちょいましだったと思うッスけど?」


 アレクの前世、東堂洋一の死に際して現れた彼女も、普通に接していたはずだ。


「お仕事モードのときは、平気なんですぅ……」

「なるほど、いまはお仕事モードじゃないってわけッスね」


 彼女の言葉を聞いたアレクはニヤリと笑い、陽一と管理者を交互に見た。

 彼の言葉と仕草から、ほかのメンバーも意味を悟り、微妙な表情を浮かべる。


「えっと……?」


 いまいち状況が理解できない管理者がちらりと目を向けると、陽一は照れたように頬をかいていた。


「あっ!? いえ、その、これは、ちが……!」


そんな彼の表情と、集まったメンバーの様子からようやく意味を悟った彼女は、顔を真っ赤にしてあたふたする。


「あの、管理人さん。そろそろお仕事モードに切り替えてください」

「わ、わかってますよぅ……!」


 陽一に指摘された彼女は、頬を膨らませて顔を背けた。

 そんなふたりに、ほかのメンバーたちは生温かい視線を向ける。


「えっと、その、ご無沙汰してます……世界を、管理したりなんかしちゃってる者ですぅ……」


 管理者は多少取り乱しながらもそう言い、おずおずと頭を下げた。


 そんな様子を生ぬるく見守っていたメンバーの中から、ロザンナが優雅な足取りで前に出た。


「ごぶさたしております」


 そして彼女は管理者の前でひざまずく。


「女神さまにおかれましてはすでにご存知かと思われますが、私めはセンソリヴェル王国にて宰相を務めております――」

「わーわー! いいです! そういうのいいですからぁ……その、もっとフランクに……」

「そうですか、かしこまりました」


 ロザンナはすっと立ち上がると、管理者に穏やかな笑みを向けた。


 一度は会っているが、その際はほとんど一方的に言葉をかけられ、多少の応答はあったものの会話らしい会話をしていなかった。

 そのため、ここにいるメンバーは彼女に対してどう接していいかがうまくつかめていなかったのだ。


 陽一とのやりとりから、気安い人物であろうと予想はできるが、なんといっても相手は神に等しい存在である。

 ロザンナが率先して態度を示し、管理者が反応したことで、ここにいるメンバーは彼女との距離感をなんとなくはかることができた。


「さて、本題に入りたいところだけど……」


 そこで陽一はあたりを、なにもない真っ白な空間を見回した。


「立ち話ってのもなんですから、ね?」


 傍らに立つ管理者に視線を向けてそう言うと、彼女はぎこちなく頷く。


「では」


 管理者がパチンと指を鳴らすと、景色が和室に切り替わり、全員が掘りごたつに座っていた。


 上座に管理者と陽一が並び、ほかのメンバーは両サイドに5人ずつ、向かい合うように座っている。


 そして全員の前に、お茶の入った湯飲みが置かれていた。


「なんで和室……?」

「管理人さんの趣味だ。深く突っ込まないでくれ」

「あぅ……」


 花梨の疑問に陽一が答え、管理者は少し恥ずかしげにうつむく。


「あ、うん。わかった。問題ない……です」

「きょ、恐縮ですぅ……」


 陽一の答えに納得した花梨は、最後に管理者へ声をかけ、彼女も縮こまって小さく答えた。


 本題に入る前に、この空間でいくら過ごしても、元の世界ではほとんど時間が経たないことを説明しておく。

 それを聞いて、メンバー全員が安堵した。


「さて、魔王を倒して約1年。管理人さん……女神さまが、俺たちにご褒美を用意してくれました」


 全員が集まる以前、陽一がこの場に呼ばれたのは、それが理由だった。


 管理者が約1年かけて用意した報酬を渡すために陽一を呼び寄せたのだが、あろうことかこの男は話も聞かずに彼女を押し倒してしまう。


 途中からはお互いに納得のうえで楽しみ、事を終えたのだが、そのあとにあらためて聞いた報酬の内容が問題だった。


「ヨーイチ殿、”俺たち”と言ったが、その報酬とやらはここにいる者すべてにかかわるものなのか?」

「あー、うん、なんていうかな……」


 アラーナの疑問に対し、陽一は腕を組み、首をひねる。


「全人類……いや、生きとし生けるものすべて……みたいな」

「それは……なんとも壮大な話だな」

「そうなんだよ。とうてい俺ひとりじゃ受け止めきれないから、慌ててみんなを呼んだってわけ」

「ふむう……」


 なにやらとんでもない話になりそうだと思ったアラーナだったが、なんにせよ話を聞かなければ始まらないと、それ以上の追及をやめた。


「それで、だ。報酬の話をする前に、ひとつ確認しておきたいんだけど」


 一度そこで言葉を切った陽一は、全員に目を配ったあと、再び口を開く。


「異世界に果てがあるのは、知っているよな?」


 球体の惑星である地球と違って、異世界は平面世界である。


 ゆえに、世界の果てというものが存在した。


 異世界で生まれ育った者は常識としてそれを知っているし、地球出身のメンバーも、陽一や現地の人たちから聞くことで、その知識を得ている。


「たしか魔境の北は、ずっと森が続くんッスよね」


 帝国人であるアレクが、そう答えた。


 世界の果てとは、断崖絶壁や滝のようなものがあるわけではない。

 ある一定の地点を越えると、延々と同じ景色が続くのだ。


 北の魔境だと、魔王城よりさらに数千キロ北上したあたりから、景色が変わらなくなる。


「東の果てだが、大陸に面した海の向こうには、なにもないと言われているな」


 そう言ったのはロザンナだ。

 人類圏を有する大陸の東には大海原が広がっており、そこの海産物は王国にとって貴重な資源となっている。


「南は荒野が続くらしいね。とはいえ、メイルグラードよりもはるか南に進めば、だけど」


 サマンサの言葉に、メイルグラード出身のアラーナが頷いた。


「西は山岳地帯があるのだったわね。平野がないせいで、ほとんど手つかずだけど」

「うむ。その山岳地帯の北西に魔境が、南西にジャナの森があるのだったな」


 エマの言葉を、ロザンナが補足する。


「それで、世界の果てが報酬となにか関係あるのか?」

「ああ。大いに関係がある」


 アラーナの問いかけに、陽一は大きく頷いた。


「さて、世界の果てについて再確認してもらったところで、いよいよ報酬の内容を発表しようと思う。女神さまからのありがたいご褒美、それは……」


 室内に緊張が走る。


「大型アップデートだ」


 しばらく沈黙が続いたあと、全員が首を傾げる。


「……というわけで、具体的な内容は管理人さん本人から伝えていただきましょう」

「ええっ!?」


 陽一の提案に、管理者は素っ頓狂な声を上げた。


「むむむむむ無理ですよぉ……! こんな空気で、そんな……」

「ダメですよ。こういうのは責任を持って自分で伝えないと」

「うぅ……」


 小さくうめきながらうつむいた管理者だったが、彼の言うことももっともだと思い、覚悟を決めた。


「えっと、その……私……」


 そして顔を上げ、さらに言葉を続ける。


「世界、拡げちゃいましたぁ……」

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