管理者2
コボルトの集落については、セレスタンが地図で示してくれた。
ジャナの森の比較的浅い部分にあり、できるだけ早く殲滅するほうが望ましい、ということから森への移動はグリフォンを使えることになった。
冒険者ギルドを出た陽一は、町の商店でなんの魔術効果もついていないバックパックを購入した。
続けて水や食料を買い込み、バックパックに詰めていく。
「いまスキルを使うのはいいよな」
陽一はそう呟くと【無限収納Ω】に長い間しまい込んでいたタクティカルベストを取り出した。
弾薬や携行食などを収納できるポーチやポケットが多数あり、拳銃用のホルスターも完備している、それなりにいいものだ。
「こいつを使うのも久しぶりだな」
異世界へ来たばかりのころに使っていたものだが、収納スキルがあるので不要だとわかり、死蔵されていた。
陽一はローブの下にベストを着ると、複数あるポケットに携行食や水のボトルを詰め、ホルスターに銃を収める。
「うん、いい感じだ」
ローブを着なおし、バックパックを担いだ陽一は、辻馬車に乗って町を出た。
「おう、久しぶりだな」
町の外には、手配したグリフォンが待っていた。
「キェエッ」
陽一が首を撫でてやると、グリフォンは機嫌よさげな鳴き声を上げた。
以前、
「それじゃ、頼むぞ」
「キェッ」
陽一を背に乗せたグリフォンは高らかに舞い上がり、森を目指して飛び始めた。
「よし、せっかくだから、近くまで行こう」
わずか数分で荒野を越えてジャナの森に到着した陽一は、見下ろした景色と地図とを参照しながら、さらに飛び続けた。
すると、森のなかに開けた場所が見えた。
コボルトの集落だ。
木々を伐採して森を切り開き、拠点を築き上げていた。
広さはテーマパークひとつぶんくらいだろうか。
ちょっとした平原になっている場所には、簡素ではあるが家のようなものも散見される。
そしてかなりの数の個体を確認できた。
【鑑定Ω】が使えないので正確な数はつかめないが、外を歩いているのと同数が屋内にいると考えれば、セレスタンのいうとおり1000匹ほどにはなるだろうか。
「本来ならど真ん中に降りて、さくっと片づけるんだけどなぁ……」
機関銃やガトリング砲、手榴弾やロケットランチャーで敵を蹂躙する自身の姿を想像しつつ、懐から銃を取り出した。
「こいつじゃ無理だよなぁ」
拳銃型の武器を見て、苦笑を漏らした。
ちなみにこの銃は、名を『
込めた魔力を元に作られる弾丸を『魔弾』と呼び、その魔弾を撃ち出すことから『魔弾銃』と名づけられたのだとか。
「とりあえず性能を把握しないとな」
そこで陽一は、集落から1キロほど離れた場所にグリフォンを降下させ、地面に降り立った。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「キェエッ!」
グリフォンは陽一の言葉に応えると、町のほうへと飛び去っていく。
集落殲滅後は【帰還Ω】の使用を許可されているので、ここでグリフォンと別れることに問題はなかった。
「さて、と」
意識を集中し、あたりの気配を探る。
【鑑定Ω】による索敵に慣れきった陽一ではあるが、スキルなしでの気配探知についても、セレスタンの訓練により習得していた。
「おっ、いるな」
魔物の気配を察知した陽一は、魔弾銃を手にしたまま音もなく移動する。
バックパックを担いでいるとは思えないほど軽快に移動しており、このあたりの技術もしっかりと叩き込まれていた。
「グギャ、ゲギャ」
数匹のゴブリンが、木々の合間を
「ふっ……」
こちらに来たばかりのころ思い出し、笑みがこぼれる。
魔弾銃の射程距離は10メートル。これはパーティー単位での戦闘が基準になっている。
4~6名からなる冒険者パーティーは、戦闘になると半径5メートルの範囲で行動し、連携を取るのが一般的だ。
そうなると前衛と後衛の距離は、大抵10メートル以内に収まるのである。
ときには斥候が数十メートル突出して先制攻撃を加えたり、弓士が100メートルを超える位置から狙撃したりということもあるが、魔弾銃はそういったケースを想定していない。
「さて……」
陽一は気配を殺し、群れの1匹に狙いを定めた。
照準のつけかたは、通常の拳銃と同じだ。【鑑定Ω】なしで銃を撃つこともあったので、このあたりは問題ない。
標的が目算で10メートルの位置に達する。
――バスッ!
短い射出音とともに、光弾が飛ぶ。
無色無音にもできるようだが、同士討ちの危険を考慮し、目と耳で確認できるようにしていた。
弾速は、拳銃と同程度だろう。
魔弾は狙いどおり、標的となったゴブリンの眉間に命中した。
「ゲギャッ!?」
頭を撃たれたゴブリンは悲鳴を上げ、倒れた。
「グギ……ギギギ……」
だがすぐに身体を起こし、頭を左右に振る。
「あれ?」
思わぬ結果に、陽一は首を傾げる。
射程内に捉えれば、オークでも倒せるはずだったが、実際はゴブリンすら仕留めきれなかった。
活性化の影響で多少強化されているといっても、ゴブリンはゴブリンだ。オークに勝るはずもない。
「ゲギギッ!」
「ギャギャッギャギャッ」
仲間が攻撃を受けたことで、ゴブリンの群れは騒ぎ始めた。
「しょうがない、実験につき合ってもらうとするか」
陽一は拳銃を構えたまま木陰から飛び出し、群れに向かって銃を撃った。
○●○●
「思ったより射程が短いな」
コボルトの集落を目指しながら戦闘を繰り返しての、感想である。
10メートルを超えると急速に威力を失い、ほぼ無力化されるのは事前に聞いていたとおりだった。
だがそこにいたるまでの威力の減衰も、かなりのものだ。
一撃でオークを倒せる、というのが本来の威力であるなら、それを発揮できるのはせいぜい1メートル以内だろうか。
とにかく魔弾は、射出された瞬間から威力の減衰が始まり、2メートルを超えたあたりでゴブリンすら一撃で倒すのは困難な威力になることがわかった。
おそらくサマンサが想定していない事態が発生しているのだろう。
「さて、どうするかな」
コボルトの集落を前に、陽一が呟く。
渡された銃は、微妙な威力の近接戦闘武器になってしまった。
正直に言って、殴ったほうが強い。
なにせ今の陽一なら、魔人すら一撃で倒せるのだ。
コボルトごとき、指先ひとつで始末できるだろう。
集落を殲滅するにしても、素手で暴れ回ったほうが手っ取り早い。
あるいはいったん帰るという手もある。
想定外の事態が発生したので、報告のうえ調整をしてもらうというわけだ。
「でもなぁ」
セレスタンのことだ。想定外の事態にも冷静に対応し、課題をこなすよう求めるだろう。
銃を鑑定しないように言い含めたのも、こういった不測の事態に対処してこそ訓練になると考えてのことに違いない。
「しょうがない、やるか」
この中途半端な武器で、自分がどこまでやれるかも知っておきたいという思いもあり、陽一は覚悟を決めることにした。
「その前に、腹ごしらえでもしとこ」
木陰にバックパックを下ろした陽一は、中から食料と水のボトルを取り出し、食べ尽くす勢いで食事を始めた。
ここから先、荷物は邪魔になるとの判断からだ。
「ふぅ……」
中身をほとんど空にした陽一は、バックパックをその場に置いた。
タクティカルベストにはまだ携行食とペットボトル入りの水が入っており、1日くらいは問題なく行動できる。
「よし、いくか」
気合いを入れ直した陽一は、魔弾銃を手に集落へ向けて歩き始めた。
「グルル……」
「ガルゥ……!」
集落は一部が木柵に囲まれており、出入り口のような場所に2匹のコボルトが立っていた。
陽一は気配も殺さずに歩いて近づいたので、ほどなく敵に感づかれた。
「はじめようか」
身構えた2匹のコボルトにそう告げると、陽一は拳銃を構えて引き金を引く。
「ガルァッ!?」
「ギャウッ!」
5メートルほどの距離から撃った魔弾は、敵を倒せはしないもののダメージは与えられた。
片方は眉間と肩を撃たれて仰け反り、もう片方は腹と腿を撃たれて膝を折る。
傷口からは血が流れ出していたので、多少の効果はあるようだ。
「グルァーッ!」
仰け反っていたほうの個体が態勢を立て直し、陽一に殴りかかる。
その攻撃をかわして懐に入ると、顎の真下に向け、至近距離から銃を撃った。
「ギャッ……!」
魔弾によって顎から頭を貫かれた敵が、絶命する。
「グルォ……!」
膝を折っていたコボルトが仲間の仇を討つべく襲いかかろうとしたが、陽一はその個体の足を払って転ばせた。
「グボッ……」
仰向けに倒れたコボルトの胸を撃ち、トドメを刺す。
「おお、出てきたな」
集落のほうへ目を向けると、異常を察知したコボルトの群れがわらわらと集まり始めていた。
ざっと見ただけでも100を超える個体が、陽一に敵意を向けている。
彼はその群れに駆け寄り、手近にいた個体のみぞおちを殴る。
身体をくの字に折ったコボルトの喉を撃ち抜き、すぐ近くにいた個体の頭に銃口を向けてさらに引き金を引く。
そこからとにかく撃ちまくった。
近くにいればとりあえず撃つ。
間合いの内にいる個体は殴るなり蹴るなりして動きを止め、撃つ。
足を払って転ばせ、撃つ。
投げ飛ばして押さえ込み、撃つ。
逃げようとするものは手を伸ばして毛をつかみ、引き寄せて撃つ。
数メートルの場所から撃って牽制し、間合いを詰めてトドメを刺す。
そんな具合に、次から次へとコボルトを撃ち殺していった。
ただ、なかには至近距離で撃っても皮膚や筋肉を貫通できず、致命傷を与えられない上位個体もいた。
ハイコボルトやコボルトソルジャーまではなんとかなったが、それ以上となると倒すのは厳しいので、とりあえず弱い個体から片づけていった。
ときには強い個体を避けるために集落内を駆け回り、建物や木陰に身を隠して敵の隙を窺った。
「はぁ……はぁ……」
半日ほどが経過したところで、陽一は物陰に隠れて休憩した。
タクティカルベストから携行食を取り出してかじり、水で流し込む。
思っていたよりも時間がかかっていた。
「意外と広いんだよなぁ、ここ」
集落内を実際に走り回ってみると思った以上に広く、【鑑定Ω】で敵の位置を知れないことが、効率の悪さにつながった。
数がおよそ半数を切ったあたりからは、敵を探すのに走り回る時間のほうが長くなる。
弱い雌や幼体などが逃げ回るのも、厄介だった。
「あとちょっと、がんばりますか」
ようやくソルジャー以下の個体はあらかた倒しきり、残り数十匹になったところで、陽一は気合いを入れ直す。
そして物陰から飛び出し、標的めがけて駆け出した。
キャプテン、ジェネラルとなると、魔弾ではかすり傷すらつけられない。
そこで陽一は、無理やり口を開けて口内から延髄を撃ち抜いたり、眼球を貫いて脳を破壊したりしながら倒した。
ジェネラルともなると、同じ場所に何発も打ち込まなければ倒せないほどだった。
「グルォオオオオオオッ!」
最後に残った1匹が、怒りの
この群れを率いていた、コボルトロードだ。
陽一はこれまで徹底して彼との戦いを避け、配下たちを倒していた。
「にしても、でかいな」
目の前の個体は、3メートルを超える巨体だった。
活性化の影響で通常よりも大きく、強くなっているのだろう。キングに一歩及ばない、といったところか。
「グォアーッ!」
巨体のわりには素早い動きで飛びかかってきた敵の攻撃を、陽一はひらりとかわす。
「おらぁっ!」
そのまま側面に回り込み、横から膝を蹴飛ばした。
「ギャオゥッ!」
膝を砕かれたコボルトロードが、前のめりに倒れた。
そこへ陽一は駆け寄り、首を押さえると、銃のグリップで敵の頭をガンガンと殴りつける。
「ギャゥアッ!」
激痛に喘ぐコボルトロードは、なんとか振りほどこうとするが、押さえつけられる力が強すぎて身動きが取れない。
そうやって数発殴ったところで頭の皮膚が裂け、骨が砕けた。
「悪いな、終わりだ」
陽一は頭皮にできた傷に銃口をねじ込むと、何度も引き金を引いた。
――バスッバスッバスッバスッ……!
傷口に撃ち込まれた魔弾は砕けた頭蓋の亀裂から奥へと侵入し、脳を傷つける。
「グガッ……ガッ……ギャウ……」
やがてコボルトロードは白目を剥き、泡を噴いて倒れた。
「ふぅ……終わったか」
コボルトロードの死亡を確認した陽一は、集落を見回るついでに死骸を【無限収納Ω】に収めていく。
ここまでくれば、スキルを解禁するのもいいだろうと判断したのだ。
そして見回りがてら、答え合わせとばかりに魔弾銃を【鑑定】する。
「なるほど、空間に漂う魔力の影響か」
魔弾の威力減衰の原因には、空間に漂う魔力が関係していた。
通常よりも魔力濃度が高い森で放たれた魔弾は、銃口から射出された瞬間から魔力がとけ出しているような状態だった。
だからこそ、想定よりもはるかに威力が弱まったのだ。
サマンサの工房は魔力の影響を受けないように配慮されているため、その部分の確認が抜けていたのだろう。
彼女がもし銃の導入に積極的なら、こうしたミスはなかったのかもしれない。
「報告は、今度でいいか」
すべての死骸を収納した陽一は、『辺境のふるさと』へ帰還した。
「とにかく、疲れた……」
半日以上ものあいだ広い集落を駆け回り、1000匹を超える魔物を慣れない戦い方で倒したのである。
いくら【健康体Ω】があろうとも、疲労の蓄積はまぬかれなかった。
陽一は泥や返り血にまみれたローブとタクティカルベスト、そしてブーツを脱いだところで、力尽きたようにベッドへと倒れ込むのだった。
――――――――――
オシリス文庫版第17巻本日発売です!
よろしくお願いします。
https://hilao.com/?p=656
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