管理者1

 魔王戦から1年ほどが経ったある日のこと、陽一はセレスタンに呼び出され、彼の執務室を訪れた。


「お前、最近書類仕事ばかりで身体がなまっているだろう?」

「いや、それは、あはは……」


 なんの前振りもなく突然投げかけられた言葉を、愛想笑いでごまかす。


 たしかにセレスタンの言うとおり、このところ事務作業が多く、せいぜい【無限収納Ω】を使った荷物整理などの軽作業くらいでしか身体を動かしていない。

 できれば存分に動き回りたいという思いがないわけでもないが、師の言葉からはロクでもない出来事の予感しか得られず、陽一は軽く警戒した。


「冒険者ギルドで、銃の導入を考えていてな」


 だがセレスタンは、陽一の心中をおもんぱかることなく言葉を続ける。


「えっ、銃を!?」


 これにはさすがの陽一も驚きを禁じ得ない。


「ああ。サム・スミスがようやく首を縦に振ってくれてな」

「サマンサが……」


 サマンサは地球の文明を取り入れることに、あまり積極的ではないはずだ。

 その彼女が了承したからには、それなりの理由があるのだろう。


「魔王との戦いの際、異世界の勇者が銃を使っていただろう?」


 セレスタンの言う異世界の勇者とは、米兵のことである。


「ともに戦った冒険者たちの多くがそれを見て、自分たちも使えないかと、そんな声が多く上がってな」


 米兵に対してはあまり兵器について話さないようには通達していたが、罰則などがあったわけではない。

 ともに戦えば仲よくなるし、中には実際に銃を使わせてもらった冒険者もいるだろう。


「大した筋力も必要なく、魔力すら不要。ちょっとした訓練で扱える、高威力の武器。冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しいものだろうな。まぁ、それは軍にとっても同じだろうが」

「ですが、導入するとなるといろいろ問題もありますよ?」

「誰が使っても同じ威力の武器……極論、子供でも大人を殺せるものだからなぁ」


 セレスタンの言葉に陽一が思い出したのは、以前SNSで見た二丁拳銃や自動小銃を巧みに扱う少女の動画だった。


 拳銃は反動が大きく子供には扱えないという論説は、まだ10歳にも満たない少女が拳銃を二丁持って撃ちまくる動画によって封殺された。

 反動の少ない小口径のものではあるが、それでも殺傷能力は充分にあるし、同じ少女が38口径の拳銃を両手でしっかりと構えて正確に標的を撃ち抜く動画もあった。


 つまり、それなりの訓練を受ければ子供でも扱えるのが、銃という武器の頼もしくも恐ろしい部分なのだ。


「そのあたりの危険性については、シャーロットが詳しく教えてくれたよ」


 セレスタンがしみじみと呟く。

 銃社会で過ごした彼女だからこそ訴えられるものがあったに違いない。


「そんなわけで、我々はサム・スミスやシャーロットたちとたび重なる議論を交わし、いくつかの条件を設けることにした。そしてそれを前提に銃の導入を決めたのだ」

「その我々、というのは?」

「冒険者、魔術士、鍛冶師、錬金術師、そして商人。それら各ギルドの上層部に加え、王国、帝国の要人だ」


 主に使用するのは冒険者だが、銃を使った後衛からの攻撃となると魔術士の領分を侵すことになる。

 そもそも冒険者ギルドに所属する魔術士など掃いて捨てるほどいるので、そこは銃の導入に関連していると言っていいだろう。


 鍛冶師、錬金術師は製造にかかわるし、商人は輸送や流通を担当する。

 そして銃という武器は、軍による防衛にも大きく影響することから、各国の要人が口を出すのも頷ける話だ。


「まずは使用者を魔術士ギルド所属の冒険者に限定することとした。そのうえで、金属の弾丸を射出するという機構を撤廃することになった」

「えっ、そうなんですか?」


 火薬の力で金属の弾丸を飛ばす、というのは、銃の基礎であり根幹でもある要素だ。


「それって銃じゃないんじゃ……?」

「それはそうなのだが、そこだけは譲れないと、サム・スミスが言うのでな」

「サマンサが、ですか」

「ああ。そうしないと使用者の限定が難しく、いずれ社会には銃があふれることになるだろうと。その条件がのめないなら、冒険者から聞き取りでもなんでもして自分抜きで勝手にやってくれとさ」


 セレスタンはそう言うと、引き出しからなにかを取り出し、デスクにおいた。


「それで彼女が作り出したのが、これだ」


 形は、拳銃そのものだった。


 現在あちらで広く使われている、9ミリのオートマチックに近いだろうか。


「これは使用者が魔力を込め、引き金を引くことで込めた魔力を撃ち出せるものだ」


 簡単に説明をしながら、セレスタンはその銃を陽一に向けてすっと差し出した。


「魔力を撃ち出す、ですか」


 陽一は銃を手に取り、観察しながら呟いた。


 やはりサマンサは、銃の導入には乗り気ではないようだ。

 そこで銃に似たまったく別の武器を用意した。


「あれ……?」


 せっかくなので魔力を込めてみようと思ったが、銃はなんの反応も見せない。


「魔力が込められないのだろう?」

「はい」

「貸してみろ」

「あ、はい」


 セレスタンに促され、銃を渡す。


 すると彼は、陽一に銃口を向けて引き金を引いた。


 ――バスッ!


「うわぁっ!?」


 ガス銃を撃ったような軽快な音とともに光弾が射出され、陽一は咄嗟とっさに手を前に出した。

 そして手のひらを魔力で強化し、光弾を受け止める。


「いってぇっ!」


 受け止めた衝撃はかなりのもので、陽一は痛みを散らすように何度か手を振った。


「いきなり撃つとか正気ですか!?」

「防げんお前じゃあるまい」


 セレスタンは陽一なら対応できると信じて、撃ったようだった。


「なかなかの威力だろう?」

「ええ。オーク程度なら、当たりどころ次第では一撃でしょうね」


 そう答えながらも、疑問は残る。

 自分には使えなかった銃を、なぜセレスタンは使えたのか。


「こいつはな、私専用なんだよ」


 陽一の表情から彼の疑念を読み取ったのか、セレスタンは銃を掲げながらそう言った。


「師匠専用?」

「そうだ。登録した使用者以外には使えないようにする。それもサム・スミスが出した条件のひとつだ」


 人にはそれぞれに特定の魔力パターンがあり、この世界ではそれを魔力紋と呼んでいた。


 ギルドカードなど各ギルドの身分証や、魔術士ギルドにおける魔導書などで使われている技術だ。


 サマンサはそれを応用し、銃の使用者を限定することにしたようだった。

 それならば各ギルドの情報を紐づけられるので、管理もしやすくなる。


「というわけでお前のはこちらだ」


 セレスタンが拳銃をもう一丁取り出し、陽一に渡した。


「すでに登録は済んでいる」


 冒険者ギルドには陽一の魔力紋情報があるので、それを用いて登録作業を行なったようだ。


「で、これを使って俺になにをしろと?」


 セレスタンから拳銃を受け取りながら、尋ねる。

 呼び出しておいて開口一番”身体がなまっているだろう?”と言ったからには、なにかさせたいことがあるに違いない。


「実証実験だ」

「実証実験?」

「ああ。いま森の魔物が活性化されているのは知っているな?」

「ええ」


 魔王の影響で、森の魔物は数を増やしたうえに強化されている。

 魔物集団暴走スタンピードが起こるほどではないが無視できない状況でもあり、冒険者ギルドではこれを活性化と呼んだ。


 魔王パブロは先の戦争で、ジャナの森からも魔物の大群を侵攻させる予定だった。

 だが陽一による魔王城の破壊により、こちらへ割くリソースがなくなってしまう。


 魔人を派遣して対処しようともしたが、それらすべてを陽一が看破し、魔境を抜けることすらなく撃退された。

 ミサイルで撃ち落とされた魔人も、数名ほどいたのだ。


 魔王は無事討伐されたが、活性化した魔物が消えてなくなるわけではない。


 現在メイルグラードは、そういった魔物の処理に追われていた。

 軍と冒険者とが連携し、対処しているおかげで、少しずつ状況はましになっているが、いまなお予断を許さない状態だ。


「先日、新たにコボルトの大規模な集落が発見されてな。悪いが殲滅せんめつがてらそいつの使い勝手を調べてくれ」

「なるほど、そういうことですか……」


 ひと暴れするついでに、実戦で銃を使っての感想を述べよ、ということらしい。


 陽一はさっそく【鑑定Ω】で銃の性能を確認しようとした。


「ちなみにこれはお前の訓練も兼ねている」

「訓練、ですか?」


 陽一の行動を遮るように、セレスタンが声をかけた。


「いくつか課題を出す。守れ」

「はぁ、課題」

「まずひとつ、その銃以外の武器は使うな」

「あー、はい」


 なんとなく予想はついた。

 これは陽一の訓練でもあり、銃を使ってどこまで戦えるかの実験にもなるものだ。


「次に、その銃の性能を鑑定するな」

「えっ!?」


 これは予想外の条件だった。


「ついでに、戦闘中の鑑定もなしにしておこうか」

「ええっ!?」


 これも厳しい条件だ。


 まず銃の性能をしっかりと把握し、それをもとに戦術を組み立てる。

 実際に戦いが始まってからは、敵の位置を把握したり、行動を予測したり、そしてなにより銃の狙いを定めるのに、【鑑定Ω】は重要な役割を果たすのだ。


「いやぁ、厳しすぎませんかね?」

「なにを言うか。活性化しているとはいえ、しょせんコボルトだぞ? 数だって千かそこらだ」

「いや、充分多いですよ……」


 性能のよくわからない銃だけで1000匹ものコボルトを相手にするのは、随分と骨が折れそうだった。


「いつもスキルに頼ってばかりじゃ、つまらんだろう?」

「俺は楽なほうがいいんですけどねぇ」

「まぁそう言うな。そうだな、せっかくだから収納スキルと転移スキルも使用禁止だ。鑑定も、いまこの時点から使うな」

「そんな……」

「うむ、いい訓練になりそうだな」


 満足げに頷くセレスタンとは反対に、陽一はがっくりと肩を落とす。


「もし課題を無視してスキルを使ったら……?」

「訓練にならん。それだけだ」

「はぁ……」


 師匠が本心から自分を思って出した課題だけに、無視するのも申し訳ない。


「それじゃあ、師匠の期待に応えるとしますよ」

「おう、朗報を待っているぞ」


 銃に不具合が生じた際は【無限収納Ω】のメンテナンス機能だけ使えるよう許可を得た陽一は、目的地の確認から始めることにした。

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