ロザンナ・トバイアス3
あれから数話ほどアニメを見ているうちにエリザベスがウトウトし始めたのでソファに寝かせてやると、ほどなく完全に眠ってしまった。
ソファがそこそこ大きいので、小さなエリザベスが横になっても、詰めれば大人ふたりは並んで座れるスペースを確保できる。
寝室に運んでやってもいいが、ふと目を覚ましたときにひとりだと寂しいだろうから、ブランケットを掛けて、そのまま寝かせておいた。
「あむ……んちゅ……」
娘が寝ている横で、陽一とロザンナは舌を絡め合っていた。
エリザベスが寝たあと、しばらくはドラマを見ていたが、自然に互いを求め、流れるようにキスが始まったのだ。
寝た子を起こさぬよう、静かに口内を舐め合う。
ロザンナのほうが頭を引き、静かで濃厚なキスが終わった。
「ふふ……」
扇情的な笑みを浮かべながら、ロザンナは優雅に立ち上がった。
陽一は軽く腰を浮かせ、少しでも娘から距離を取るために、彼女の座っていたスペースを詰める。
「んっ……」
その際に発生したソファの揺れにエリザベスが反応し、ふたりは静かに娘の様子を窺った。
「んぅ……すぅ……すぅ……」
エリザベスは軽く寝返りを打つとすぐに寝息を立て始め、陽一とロザンナはほっと胸を撫で下ろした。
そのあと陽一はちらりと寝室のドアを見たが、ロザンナは笑みを浮かべたまま首を横に振る。
エリザベスを寝室に連れていくか、あるいは自分たちがいくか、そのどちらかを提案したが却下され、このままここで続けることを彼女は選んだ。
幸いエリザベスは、行為を終えるまで目を覚まさなかった。
○●○●
娘をひとりにしないよう交代で軽くシャワーを浴びて身体を清めたあと、エリザベスを抱えて寝室へと向かう。
熟睡していた娘は、抱き上げても目を覚ます様子がなかった。
寝室に入った3人は、ベッドの上で川の字になって寝転がった。
すでに寝息を立ててぐっすりと眠る愛娘をあいだに挟み、陽一とロザンナは横になったまま見つめ合う。
ふと、彼女の視線がはずれ、エリザベスを捉えた。
「ヨーイチと出会っていなければ、この子はここにいないのだな」
彼女の言葉を受け、陽一も愛娘に目を向ける。
「ああ、そうだね。ロザンナさんと出会っていなければ、俺も自分の子を持つなんて、考えもしなかったと思うよ」
いずれメンバーの誰かと子を成すことになったかも知れない。
だがロザンナに請われるまで、子供のことなど考えたことはなかったのだ。
そう思いながら陽一が視線をロザンナに戻すと、彼女と目が合った。
「君と出会おうと出会うまいと、私が宰相職を続けることに変わりはないだろう」
そう言った彼女の口から、自嘲気味な笑みが浮かぶ。
「だが、あのままあと何年続けられたかな」
陽一からスキルを付与され、健康な心と身体を得たロザンナは、それまでの自分が思った以上に弱っていたのだと知った。
長く続いた激務が、彼女の心身をじわじわとむしばんでいたのだろう。
ほんの些細なきっかけで大きく健康を損ない、職を辞していてもおかしくはなかった。
いや、命を失っていた恐れだってある。
「健康が、これほどありがたいものだとは思いもよらなかったよ」
前夫から引き継いだ宰相職に、ロザンナは誇りを持っていた。
すべてを捧げていたと、いっていい。
たとえ命を落とすことになっても、後悔はなかっただろう。
だが彼女は陽一と交わり、健康を得た。
これからも宰相という仕事を続けられることは、彼女にとって喜ばしいことだった。
「しかしなによりも……」
ロザンナはいま一度娘を見て、彼に視線を戻す。
「
ひとりではないことが嬉しい。ヨーイチとエリザベスのいない生活など、もう考えられないな」
彼女はそう言って、満足げに微笑んだ。
前夫のことは愛していた。
いや、いまなお心の中に彼への愛を抱き続けてい
る。
だがそれと同時に、陽一とエリザベスを心から愛していた。
「俺も、ロザンナさんとエリザベスのいない生活なんて、想像もつかないよ」
その言葉がすっと心に入り込み、胸がじんわりと温かくなる。
自身の人生がこうも愛に満ちた幸福なものになるなど、つい少し前までは思いもよらなかったことだ。
「ヨーイチ、ありがとう」
「俺のほうこそ」
ふたりはそう言うと、見つめ合ったままクスクスと笑い合った。
「うーん……」
すると真ん中で眠るエリザベスが、もぞもぞと身じろぎする。
しかし彼女は少し声を上げただけで、仰向けのまま穏やかな寝息を立て始めた。
父は娘の胸をぽんぽんと軽く叩いてやり、母は頭を優しく撫でてやる。
そうやってエリザベスの頭を撫でていたロザンナが、ふと顔を上げた。
「そういえば、準備は進んでいるのか?」
そして思い出したように、そう尋ねる。彼女は陽一に意識を向けながらも、娘の頭を撫で続けていた。
「ええ、
陽一がそう答えると、ロザンナは寂しげな表情を浮かべる。
「もう、行ってしまうのだな」
ロザンナが視線を逸らしてそう言うと、陽一は手を伸ばして彼女の頭を撫でながら、ふっと笑った。
「心配しなくても、ちょくちょく帰ってくるよ。念話でいつでも話せるわけだしね」
「それは、そうなのだが……」
自分に言い聞かせるようにそう言いながらも、ロザンナは思わずため息をつく。
「まったく、女神さまにも困ったものだよ」
「あはは……」
呆れるロザンナの言葉に、陽一は苦笑を漏らした。
そして1年以上前に起こったある出来事を、思い返すのだった。
――――――――――
ロザンナ編これにて終了。
管理人さん編は1/20より開始予定です。
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