ロザンナ・トバイアス2

 国王マティアスと王太子アンドリューが私室を出たあと、陽一はロザンナとエリザベスを連れて『グランコート2503』へと【帰還】した。

 私室には誰も通さないよう、侍従には厳命している。


 なにかあったときのため、侍従には緊急呼び出し用のベルを預けてあった。そのベルを鳴らすと【鑑定Ω】が発動して陽一が気づく、という流れだ。

 彼のチートスキルも、いよいよなんでもありになってきた感はあるが、便利なので深く考えずに利用していた。


「とーちゃっ、てぇーび!」


 リビングに駆け込んだエリザベスが、テレビを指さして騒ぐ。


「わかったわかった」


 陽一は娘に請われるままテレビのスイッチを入れ、動画配信サイトを呼び出すと、エリザベスお気に入りのアニメを流し始めた。


「ロザンナさん、座ってて。お茶淹れるから」

「ああ、すまない」

「エリーも!」

「はいはい」


 リビングのソファにロザンナが座り、その隣にエリザベスが座る。

 以前は母の膝に座りたがったが、ロザンナがふたり目の子を妊娠してからは、やめるよう言い聞かせた。

 テレビを見るとなると、長時間母親にもたれかかるからだ。


 ふたりはすでにネグリジェに着替えていた。

 ところどころにレースがあしらわれた、シンプルながらも質感のいいワンピースタイプだ。

 陽一はTシャツにスウェットという格好である。


 ソファで仲よく並んで座る母娘を横目に、陽一はキッチンへ向かうと、ヤカンに水を入れて火にかけた。


 【無限収納Ω】にお茶のストックはいくらでもあるのだが、それではあまりに味気ない。


 キャビネットからルイボスティーのポット用ティーバッグを取り出し、ヤカンの湯が沸いたところで投入する。

 10分ほど待てば、いい具合にできあがるだろう。


 妊婦にいいという情報を得て、前回――すなわちエリザベスを――妊娠した際に淹れたところ、ロザンナにいたく気に入られた。

 なので今回も彼女は愛飲しているというわけだ。そしてなんでも親の真似をしたがる年頃のエリザベスも興味本位で飲んだところ、この独特な風味を気に入り、いまや母娘愛用のお茶となっている。


 ルイボスティーが煮出されるまでの時間を使って、陽一は自身のコーヒーを淹れることにした。

 一時は焙煎ばいせんからミル挽きまでこだわったこともあったが、いまはもっぱらドリップバッグを使っている。


 コーヒーに関してもエリザベスが飲みたがったため、カフェインレスのものを淹れてやったが、さすがに飲めなかった。

 そのうちカフェオレでも淹れてやろうとは思っているが、糖分の入った飲料を飲ませるのはもう少し成長してからと考えているので、まだ先の話だ。


 ただ、【健康体Ω】を持つ父と【健康体θ】を持つ母から生まれたせいか、エリザベスは生まれながらに【健康体】を有しているので、そこまで健康に気を使う必要はないのかもしれないが。


 ルイボスティーがほどよく煮出されたようなので、ロザンナにはストレートで、エリザベスにはミルクを混ぜてやる。

 ミルクを混ぜることで少し冷ませるのと同時に、子供が飲むにはミネラル分が多いルイボスティーを薄めてやるという意図があった。


 陽一は自分が飲むコーヒーも一緒にトレイに乗せ、リビングに向かう。


「お待たせ」

「うむ、ありがとう」


 そう言って優しい笑みを浮かべるロザンナだったが、すぐに娘へ目をやり、ため息を漏らす。

 アニメに夢中で、陽一が来たことにも気づいていないようだ。


「こら、エリー。お父さまにお礼を言いなさい」

「あい! ありぁとやしゅっ!」


 母に窘められたエリザベスは一瞬父のほうへ顔を向け、片手をあげて礼を言ったが、すぐにテレビへと視線を戻した。


「はいはい、どういたしまして」

「まったく……」


 夫婦揃って苦笑を漏らす。


 お茶とコーヒーをテーブルに置いたあと、陽一はソファのうしろを回ってエリザベスの隣に座る。

 両親で娘を挟むようなかたちだ。


「ふぅ……」


 コーヒーをひと口すすり、ソファにもたれかかる。


 どうやらお茶を淹れているあいだに、2話目が始まっていたようだ。


 エリザベスが見ていたのは、誰もが知る子供向けのアニメだ。

 日本人は両親の次にこのアニメのキャラクターを認識するといわれるほど、子供たちに絶大な影響を誇る作品だった。


 陽一もおそらくは幼いころに見ていたのだろうが、物心つくころには戦隊ものやロボットものを好んでいたように思う。


(それにしても、よくできてるよな)


 娘の隣でアニメを見ながら、陽一は感心していた。


 子供向けアニメと言うことでこれまで興味を抱かなかったが、娘と一緒に見るようになってから、この作品の異常なまでに高いクオリティに気づく。

 物語の構成といいキャラクター造詣ぞうけいといい、大人でも感心させられるものだった。


 ちなみにエリザベスは、日本語をあまり理解せず、アニメを見ていた。


 センソリヴェル王国の王族として生まれたエリザベスにとって、異世界の言語こそが母語であるべきだとの考えから、あえて日本語は教えていない。

 幼いころからマルチリンガルで過ごし、母語が定まらないと、アイデンティティの形成に支障をきたすと考えての判断だ。


 ただ、言葉がわからずとも楽しめるのが、このアニメのすごいところでもある。

 キャラクターの色や形が子供にも認識しやすく、セリフの抑揚などから感情も読み取りやすいのだろう。


「てんてん、いやっ!」


 それまでじっとテレビモニターを見ていたエリザベスが、ぷいっと顔を背けた。


 画面上では、自身のどんぶり頭を箸で叩きながら軽快に歌う、陽気なキャラクターが映っていた。

 エリザベスの苦手なキャラクターだ。


 そして陽一が調べたところ、このキャラクターを嫌う子供が多いらしいことがわかった。

 ある時期に突然毛嫌いしだし、しばらくすると嫌っていたことすら忘れてしまう、という不思議なキャラクターだった。


 陽一から見れば、陽気でかわいらしく、ほかのキャラクターたちとそれほど差があるようには思えない。

 子供の感性とは、ときに大人には理解しがたいものなのである。


「はいはい、別の話に変えようねー」


 再生中のアニメを停止し、エピソード一覧の画面に戻る。


「あのたぬきなんとかというのも、やめてやってくれよ」

「うん、わかってる」


 ロザンナの言葉に、陽一がうなずく。

 たぬきを模したキャラクターを見ると、エリザベスは恐怖のあまり泣き出してしまうのだ。

 あの間抜けで愛らしいキャラクターのいったいどこが怖いのか、大人にはまったく理解できないのだが。


「しょれっ!」


 選択中のサムネイルにお気に入りのキャラクターが映っていたらしく、エリザベスはそのエピソードの再生を求めた。


「はいはい」


 娘の要望を聞き、再生ボタンを押す。


 エリザベスはふたたび機嫌よくアニメを見始めた。


 両隣にすわるロザンナと陽一も、知らず知らずのうちにのめり込んでいる。


 ちなみにロザンナはすでに日本語を習得済みだ。持ち前の優秀さに加えて【健康体θ】の影響もあったのだろう。


 エリザベスがいれば一緒にアニメを見るが、いなければドラマを見ることが多い。

 彼女は日本のさまざまな景色が見られるということで、特に時刻表トリックを使ったトラベルミステリーがお気に入りだ。あとは科学捜査研究所を舞台にしたものもよく好んで見ている。

 優秀な女性が活躍するという内容に、共感できる部分があるのかもしれない。


 アニメのほうはいよいよ物語が大詰めを迎え、やがて主人公たちが悪者を退治する。

 そこでエリザベスはソファの上に立つと、腰に手を当てて胸を張った。


「かーっかっかっかちゅおぶしっ!」


 そしてお気に入りの決め台詞を言い放つのだった。

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