アマンダ・スザーノ4

 ベッドまで歩く途中、陽一はふわりと温かい空気に包まれるのを感じた。


 エアコンの風でも直接当たったのかと思ったが、気づけば肌についていた水滴はおろか、髪の毛まで乾いていることに気づく。


 見ればアミィの長い髪も、完全に乾いていた。


「アミィ、なんかした?」

「身体拭くのとか面倒だったんで、魔法で乾かしたっす」


 その言葉に、陽一は思わず立ち止まる。


「アミィ、魔法が使えるのか?」

「いまさらなに言ってんっすか? アニキ以外みんな使えるっすよ」

「そうじゃない、こっちの世界でも使えるのかって聞いてるんだよ」


 陽一にそう言われたアミィは、きょとんとしたあと、納得したような表情を浮かべた。


「あー、そういやみんな、こっちじゃ使えないんっすね」


 空間に魔力のない地球だと、身体強化など自身の体内に作用する魔法は使えるが、風を起こしたり水を操ったりというものは使えないのだ。


「なんか、普通に使えたっすね。アタイが魔人だからっすかね?」

「……そうかもな」


 言われてみれば、以前アミィは自身の遺体を灰にしたことがあったし、再誕したカルロを【鑑定Ω】で観察していた際、彼も魔法を使っていたことを思い出した。


「アニキぃ……そんなことどうでもいいから、アタイ早くしたいっす」


 抱え上げたアミィが、ぎゅっとしがみつきながらそう懇願する。


「……そうだな。考えてもしょうがないか」


 結局ふたりは、できるものはできる、と割りきることにしたようだ。


 そんなことよりも、いまは彼らにとってセックスのほうがよっぽど重要だった。


 ふたたび歩き始め、ベッドに到着した陽一は、アミィを仰向けに寝かせた。


 彼女は呼吸に合わせて褐色の豊満な胸を上下させながら、口元に笑みをたたえ、物欲しそうな目を向けている。


「アニキ……はやくぅ……」


 アミィはそう口にすると自ら太ももを抱えて脚を開き、陽一を誘惑した。


○●○●


 最中に体位を変えられたせいで、ベッドの前に設置された大きな鏡に、自分たちの痴態が映し出された。


「やだ……こんなの、恥ずかしいっすよぉ……」


 そう言って恥ずかしがるアミィだったが、行為を終えたあとも、じっと自身の姿を見続ける。


「あ……」


 不意に、鏡の向こうから、もうひとりの自分がこちらを見ているような錯覚に陥った。


○●○●


 近所では評判の美人だったバーの看板娘と、麻薬王とのあいだに生まれたひとりの女の子。


 その子はなに不自由なく暮らし、幸せな日々を過ごしていた。


 自分には母親の違う兄弟が何人もいたが、父親は全員を平等に愛し、家族は仲がよかった。

 そんな幸せな日々がずっと続くと、彼女は信じていた。


 だがある日、仲のよかった友だちに、罵倒される。


『お前の父親が、私の父さんを殺したんだ!!』


 意味がわからず、彼女は母親に相談した。


『お父さんには絶対に言っちゃダメ』


 母親にそう言われたので父親には言わなかったが、仲のよかった兄に愚痴をこぼしてしまった。


 しばらくすると、その友だちが学校に来なくなった。


 そしてそれ以降、ほかの友人たちからも距離を置かれるようになった。


 意味がわからなかった。


 だから彼女は、考えることにした。


 知らないことは、調べることにした。


 父親は子供たちを愛していた。


 だから、望みうる最高の環境を与えた。


 格闘技が好きな子供、スポーツが好きな子供、芸術が好きな子供、それぞれに最適な教育環境を整えた。


 勉強が好きだった彼女も例外なく最高の教育を受けることができた。


 だから彼女は物事を深く考えられたし、知らないことを調べることもできた。


 そして彼女は、自分の父親が麻薬組織のボスであると知った。


 自分を罵倒した友だちの父親を、その麻薬組織が死に追いやったことを知った。


 そして自分の不用意な告発によって、大切な友だちもおそらく殺されたであろうことを知った。


 悪逆非道な行為で財を成し、そのおかげで自分が恵まれた環境にあることを知った。


 そして父親が家族を愛するのは、裏切りが横行する裏社会において、血のつながり以外に拠りどころがないからだと知った。



 ――消えたい。



 彼女はそう思った。


 自分の中に流れる血が、呪わしかった。


 母が病で命を落としてからは、ひとりで塞ぎ込むことが多くなった。


 このまま悲しみに身を任せて命を絶てば、楽になれるだろうか。


 そんなことを考える日々が続いた。


 だが、彼女は自分で思っている以上に強かった。


 悲しみはやがて怒りに変わった。


 怒りは生きる活力となった。


 そして彼女はまた、考え始めた。


 調べ始めた。


 そして、レジスタンスの存在を知った。


 麻薬王の娘ということで、最初は警戒された。


 だが利用価値があると判断されたのか、ほどなく加入を許された。


 本心から父を打倒したいと願う彼女の想いはすぐに認められ、いつしかリーダーのような存在になっていた。


 国際的に犯罪行為を繰り返す麻薬組織を壊滅するため、大国からの援助も得られるようになった。


 戦いの日々が始まった。


 過酷な戦いだった。


 何人もの仲間を失った。


 自分が死にかけたことも、一度ではなかった。


 それでも、充実した日々だった。


 父に対する怒りと憎しみ、そして仲間への友情と信頼だけを頼りに戦ったあの時間を、不幸だったとは思わない。


 だが、その先にはなにがあったのだろう?


 もし彼に出会わなければ、彼女はどんな人生を歩んでいただろうか。


 父を倒すことができただろうか。


 あるいは志半ばで倒れたのだろうか。


 鏡の向こう。


 戦う少女の姿を幻視した気がした。


 銃を手に、仲間を率いて父と戦う少女の姿は美しくもあり、悲しくもあった。



 鏡の中の自分と、目が合った。


「ふふ……」


 そこには愛する人に抱かれ、幸福に満ちた表情を浮かべる、淫らな女性の姿があった。


「アニキ……」


 彼を呼び、身をよじって振り返る。


「ん?」


 彼は穏やかな表情で、彼女を見ていた。


「アニキと出会ってなければアタイ、いまごろどうなってたと思う?」

「えっ?」


 思わぬ質問だったのか、陽一が目を見開く。


「そうだな……」


 考えをまとめるように巡らせていた彼の視線が、正面で固まった。


「あ……いや、その、なんというか……」


 鏡に映る自分たちの姿に、彼は少しばかり気まずそうな表情を浮かべる。出会っていなければ、少なくともこんな恥ずかしい格好をさせずに済んだかもしれない、とでも考えているのだろうか。


 そんな愛しい人の姿に、彼女はふっと笑みを浮かべた。


「アタイいま、すっごく幸せだよ」


――――――――――

アミィ編これにて終了。

ロザンナ編は1/16より開始予定です。

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