アマンダ・スザーノ1
ある日の夕方。
日本のとある商店街を並んで歩く、陽一とアミィの姿があった。
陽一はTシャツの上にジャケットを羽織り、下はデニムのボトムにブーツという、ラフではあるがいつもよりは少し小綺麗な格好をしている。
そんな彼の隣を歩くアミィは、襟ぐりが少し大きく開いたカットソーの上にカーディガン、ゆったりとしたシェフパンツにスニーカーという装いだ。
「いやぁ、おもしろかったっすね」
並んで歩くふたりは、ともに笑顔だった。
ついさきほどまで、演芸場で落語を観劇していたのだ。
「アニキが言ってたソコツナガヤっていうのの意味も、やっとわかったし」
アミィが、嬉しそうに言う。
ある日、酒に酔った帰りに死んでしまった粗忽者――うっかり者――が、粗忽ゆえに自分が死んだことに気づかず家に帰ってしまい、翌朝隣人に連れられて自分の死体と対面する、というなんとも不思議な話である。
最後は自分の死体を抱きかかえた男が――、
『抱かれてるのは確かに俺だが、抱いている俺はいったい誰だろう?』
――そう言って終わるのだ。
異世界で転生し、地球で死んだ自身の死体を見送るアミィの姿を見て、陽一はこの話を思い出したわけである。
「いやぁそれにしても、話し手ってのは大切なんすねぇ」
「む……」
からかうようにいうアミィの言葉に、陽一が口を尖らせる。
事前に陽一から粗忽長屋の内容を聞かされたアミィは、彼のいわんとしているところは理解できたものの、この話のいったいなにがおもしろいのかはわからなかった。
それが今日、演芸場でプロの落語を聞いたところ、腹を抱えて笑ってしまったのだ。
素人の陽一と真打ちの落語家とを比べるのも、かわいそうな話ではあるが。
「あはは、アニキったらむくれちゃってかわいいっすね」
ほんの少し機嫌を損ねた陽一の腕に、アミィはそう言って抱きついた。
胸の弾力と、ふわりと漂う香水の香りに、思わず表情が緩む。あいかわらずチョロい男である。
「それじゃ、車に乗ってどっかいくか」
「やったー! アニキとドライブっす!!」
もともとこの休日にアミィが望んだのは、陽一とのドライブデートだ。落語はそのついでだった。
国産SUVに乗った陽一とアミィは、とりあえず高速道路で首都圏を出たあと、適当なところで一般道に下りた。
それから、とくに目的地もなく車を流す。
「ラジオでも流しとくか」
間が持たないというわけではないが、BGMがないのも寂しいということで、陽一はラジオのスイッチを入れた。
スピーカーから、よく知らないパーソナリティのご機嫌なトークが流れ出す。
「アニキ、なに言ってんのかわかんないっす」
「おおっと、そうだった」
アミィが身に着けている魔道具での翻訳は、話し手から直接言葉を聞く必要があった。
だからこそ、動画や音声データで落語が聴けるこのご時世に、わざわざ演芸場へ足を運んだのだ。
陽一はそのことを、うっかり忘れていた。
「悪いけど、適当に音楽流しといてよ」
陽一はそう言って、スマートフォンをアミィに手渡した。
もともと音楽をあまり聴くほうではない陽一にとって、サブスクリプションでさまざまな楽曲を聴くことができるのはありがたかった。
アミィが選んだプレイリストの音楽を再生しながら、ドライブは続く。
ハンドルを握る陽一は、前方を意識しつつも周囲にちらちらと視線を動かしていた。
そうやって周りを警戒しながら窓の外の景色や車内に流れる音楽を楽しんでいると、不意に視線を感じ、ちらりと助手席に目を向ける。
すると口元に笑みを浮かべたアミィが自分を見ていた。
「どうした?」
陽一は前方に視線を戻しながら、アミィに尋ねた。
「んーん、なんでもないっす」
なんだか嬉しそうにそう言ったあと、彼女の視線が自分から離れたのを感じ取る。
ふたたび助手席を
「あー、そういやおばちゃんたちの反応、おもしろかったっすねー」
アミィがふと思い出したように言う。
「そりゃ、死んだと思ってた子が生きてたんだからな」
○●○●
少し前の話になるが、陽一とアミィは一度ネレクジスタス共和国を訪れていた。
そこで、レジスタンスのメンバーと再会したのだ。
遺体も確認し、葬儀まで行なった相手が生きていたのだから、それはもう大騒ぎになった。
驚くメンバーに、アミィは自身の死を偽装したと説明した。
現在ネレクジスタス共和国は、米国の助力を得て経済や秩序の回復に努めている。
オゥラ・タギーゴという巨大犯罪組織が消えた直後の混乱は、エドと陽一らの尽力でかなり抑えられた。
それ以降、政府にある程度の権力を持たせて国の再建をはかっているものの、時間が経てばさまざまな不安や不満が噴出してくる。
いまのところ都合の悪い部分はだいたいカルロのせい、ということで死んだスザーノ一味にヘイトを集めうまくガス抜きをしているのだが、もしアミィが生きていればその手が使えない。
それに別の手を使ったとしても、カルロの娘であるアミィが生きているとなれば、そこに怒りの矛先を向ける者がいるだろう。
そういう心配もあってアミィを死んだことにし、国から脱出させたのだ……というストーリーをエドに考えてもらい、陽一とアミィはそれをレジスタンスのメンバーに話して聞かせた。
『だからアタイが生きてるってことは、内緒っすよ』
そう言うアミィに、メンバーは戸惑いを見せた。
彼らもいまは米国の援助を受けながら政府の手伝いをしており、できることならアミィに帰ってきてもらいたいという思いがあるからだ。
若いながらもレジスタンスを率いていた彼女を慕うメンバーは、いまなお多い。
『アミィ、アンタいま、幸せかい?』
そんななか、カルロにトドメを刺したあの中年女性が、そう問いかけた。
いまレジスタンスは、彼女を中心にまとまっている。
『うん! アニキと一緒にいられて、アタイすっごく幸せっす』
『そうかい。だったらアンタは、自由に生きればいいよ』
レジスタンスの中心にいて、誰よりも働いている彼女こそ、アミィに戻ってもらいたいはずである。
そんな彼女がそう言った以上、ほかのメンバーはアミィの帰還を望めなかった。
『おばちゃん、ありがと』
『ああ、幸せにおなり』
そう言ってふたりは、抱き合った。
『ふふふ……それにしてもアミィ、大きくなったねぇ』
『あはは、おやっさんとおんなじこと言ってるっす』
『ま、アンタくらいの子は、ちょっと見ないうちに大きくなってるもんさね』
どうやらアミィの容姿が変わったことについては、成長期ということで納得してもらえたようだった。
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