サマンサ・スミス3
「うわー、すっごい人だね」
食事のため屋台の並ぶエリアにきたサマンサが、呆れたように声を上げる。
「まぁ、いまはメシくらいしか楽しみがないからな」
このあとに大きなイベントが待っているとはいえ、それが始まるまでのあいだ、ここはテントやコテージが並ぶただの公園なのだ。
人々は唯一の娯楽へと群がるように、食事を楽しんでいるようだった。
「適当に買って、コテージで食おうか」
「だね」
さすが高級エリアに出店するだけあって、しっかりした料理を出す店が多い。
陽一らは目についたものを適当に買い、人目を避けて【無限収納Ω】に収めてコテージに戻った。
「さて、食べようか」
あまり広くないダイニングテーブルに、屋台で買った料理が並べられる。
海が近いこともあってか、シーフードチャウダーや白身魚のグリルなど魚介類が多かった。
「そっちの揚げものはなに?」
カラマリ&チップスという名で売られていたものを指して、サマンサが問う。
皿にはフライドポテトと一緒に、リング状のフリッターが並べられていた。
「イカリングっぽいけどな」
そう言いながら、陽一はリング状の揚げものをひと口かじってみる。
「うん、イカリングだな」
カラマリとは、どうやらイカであるらしい。
魚介系以外にローストビーフやラムチョップなども購入しており、陽一とサマンサはそれらの料理で腹を満たした。
「おっ、そろそろ時間だぞ」
食事を終えてひと息ついたところで、ふたりは、バルコニーに出た。
【無限収納Ω】から革張りのソファを取り出すと、ふたりは並んで腰掛け、北の空を眺める。
簡素なコテージのバルコニーにはそぐわない高級ソファだが、〈認識阻害〉が
陽一とサマンサが見る先には、雲ひとつない青空が広がっている。
「そろそろ、だな」
陽一が神妙な表情で呟く。サマンサは、期待に目を輝かせているようだった。
あたりにいる人たちが、ざわつき始める。
雲ひとつない空が、暗くなり始めた。
「あっ……」
サマンサが、声を漏らす。
視線の先にある太陽が、わずかに欠けた。
日食である。
「すごい、本当に太陽が欠けるなんて……」
月の作り出す影が、少しずつ太陽の輝きを侵食していく。
サマンサの住む異世界に、日食がないわけではなかった。
過去には大魔道士や魔王などが日食を引き起こした例もある。
だがそれは、何者かが意図して引き起こした、いわば演出のようなものだ。
自然現象として日食が起こるのは、やはり惑星世界ならではのことなのだろう。
だからこそサマンサはこの日、この場所へ来ることを望んだのだった。
この日の日食は、わずかに太陽の輪郭が残る
見る場所によってどちらになるかが変わるのだが、ふたりは皆既日食が見られるところにいる。
この天体ショーを見るために、世界中から人が集まっていた。人々はみな、日食グラス越しに太陽を見ているが、陽一とサマンサは裸眼のままだ。
肉眼で直接太陽を見られるのは、いうまでもなく【健康体Ω】【健康体θ】のおかげである。
それが安全に実行できることは【鑑定Ω】で確認済みだった。
「ほぉー……」
太陽がどんどん欠けていく様子に、サマンサが呆けたまま声を漏らす。
完全に太陽が隠れる直前、一部が欠けた極細の輪郭が残る。
ほぼ金環日食といって差し障りのない現象だ。
「あ、隠れた!」
間もなく、太陽が完全に隠れた。
太陽が完全に隠れる直前と直後に発生するほぼ金環日食という状態と、皆既日食とを同時に観察できることこそ、金環皆既日食の
「真っ暗には、ならないんだね」
「日光が完全に消えるわけじゃないからな」
完全に太陽を覆い隠した月の影だが、そのまわりには光が残っていた。
「コロナってやつだね」
コロナの影響により、あたりは満月の夜より明るい。
陽一がふと視線を動かすと、じっと太陽を見つめるサマンサの横顔が目に入った。
そよ風に、青い髪がふわりと揺れる。
彼女は視線の先で起こる現象を、一瞬たりとも見逃すまいとしているようだった。
ほんの数秒、陽一は太陽よりも彼女の姿に心奪われていたが、あたりがわずかに明るくなり始めたところで、思い出したように空へと視線を戻した。
やがて太陽は輪郭を取り戻し、隠していた姿を現わし始める。
欠けていた輝きは完全に復活し、地上に昼が戻ってきた。
世紀の天体ショーに、あたりでは拍手や歓声が沸き起こっていた。
「すごかったね……」
「ああ。こうやってちゃんと観察したことがなかったけど、あらためて見るとすごいもんだな」
ふたりはソファに腰掛けたまま、しばらくのあいだ呆然と空を見上げていた。
感動が少し落ち着いたところで、サマンサが陽一に抱きつく。
「ヨーイチくん、素敵なもの見せてくれてありがと」
そう、耳元で
「おいおい、周りに人がいるんだぞ?」
高級エリアであるこのあたりは、人口密度が低いといってもあくまで一般エリアに比べてのことだ。
平日の繁華街程度の人流はあり、パッと見るだけで数十人の人を認識できた。
「あはは、大丈夫だよ。魔道具を設置してあるから」
彼女はそう言うと、陽一から離れてソファにもたれかかった。
「もしかして〈視覚偽装〉も設置してたり?」
「さすがにそこまではしてないかな。ちょっと強めの〈認識阻害〉だから、向こうからは気にならなくなるだけだよ」
「じゃあ見ようと思えば見える?」
「見えなくはないけど、よっぽどのことがなければ見ようとも思わない、ってことかな」
「ふーん」
そこで陽一は、あることを思いつく。
「じゃあ」
そして次の瞬間、サマンサの服が消えた。
「えっ……?」
エンジニアブーツ以外のすべての衣類を【無限収納Ω】に収納された彼女は、白い肌のほとんどをさらけ出すこととなった。
「なっ!? ちょ……やだぁっ……!!」
裸体を晒しているとようやく理解したサマンサは、陽一に背を向けるようにして上体を座面に伏せる。
「な、なにするのさ! ばかぁっ!!」
「だって、向こうからは見えないんだろ?」
「み、見えないわけじゃなくて……」
「見ようとしない、だっけ。どっちにしろ、気にしなくていいと思うけど」
「それは、そうかもしれないけどぉ……」
弱々しい声を漏らしながら、サマンサは外に目を向けた。
そこには何十人もの人が行き交っている。
そのうちの誰かがこちらに意識を向けたら、見られるかもしれない。
「うぅ……」
そう思うと、恥ずかしくて顔を伏せてしまう。
実際は、錬金鍛冶師サム・スミスの魔道具を設置している以上、万が一にも向こうから意識されることはない。
言ってみればここは壁のある室内と同等なので、どんな痴態を晒したところで公然わいせつにはいたらないのだ。
だが、こちらから向こうが見えているだけでも、羞恥心をかき立てられてしまう。
一方、陽一の視線はサマンサに釘づけだった。
大人ひとりが身体を伸ばせる程度のゆったりとしたソファだったが、半分を陽一が占めているため、彼女は上体をうつ伏せにしながら膝をつき、尻を突き出す格好となっていた。
結果、ふたりはすぐ近くを多くの人が行き交うバルコニーで、いろいろと楽しんだのだった。
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