サマンサ・スミス2
「錬金鍛冶師サム・スミスっていうのはさ、もとはと言えばボクの両親を指す名前なんだ」
「そうなのか?」
サマンサの意外な告白に、陽一は軽く目を見開く。
「調べれば、わかると思うけど?」
「いや、わざわざ調べる必要はないだろ」
「ふふ……ヨーイチくんならそう言うよね」
サマンサの父サミュエルはかなり腕のいいドワーフの鍛冶師であり、サム・スミスの名はそれなりに知れ渡っていた。
そんなある日、サミュエルはエルフの錬金術師ジェニファーと出会う。
「最初はすっごく仲が悪くて、喧嘩ばっかりしてたらしいけどね。でもなんだかんだで距離が縮まって、お互いをサポートしあうようになったんだ」
そしてふたりは鍛冶と錬金術とを高度に組み合わせた錬金鍛冶という技法を編み出し、その名を世に轟かせることになった。
そのころにはふたりは深い仲にあり、妻ジェニファーが表に出ることを好まなかったため、サム・スミスの名前だけが世に知れ渡ることになる。
錬金鍛冶師サム・スミスが夫婦であることを知る者も少なくはなかった。
だが長命なドワーフとエルフの夫婦が100年以上に渡って活動しているうちに、ひとりの錬金鍛冶師であると認識されることは多くなったし、ふたりもあえて訂正はしなかった。
そして、サマンサが生まれた。
もともとエルフは、子供ができにくい。そのうえドワーフとは種族的に相性が悪く、ほとんど諦めていただけに、ふたりは大いに喜んだ。
「ボクは物心つくまえから工具で遊んでいたらしくてね」
「はは、なんとなくわかるよ」
幼少期から鍛冶と錬金術に興味を持っていたサマンサは、両親からその技術を叩き込まれた。
それだけでなく、王都で暮らしていたことで様々な分野の職人や、ときには魔術士、学者などとも触れあえる環境にあったことは、幼少期の彼女を形成する大きな要素だったといえるだろう。
だがスミス一家はそんな恵まれた王都の生活を捨て、メイルグラードへ移住することにした。
サマンサがある程度大きくなってからのことだ。
「メイルグラードでは珍しい素材がたくさん採れていたんだけど、王都に届くのはほんの一部でさ。それで、ボクも大きくなったし、現地に行こうってことになったんだけど」
居心地のいい場所に身を置くより、新しい刺激を求める好奇心が上回った、ということなのだろう。
当時はいまよりも技術が未発達で、道も整備されていなかった。
できうる限りの準備を整え、100名を超える人数で臨んだが、たどり着けたのは半数にも満たないほど過酷な旅だった。
そして犠牲者の中には、サマンサの母ジェニファーも含まれた。
メイルグラードに着いてからは、父と娘ふたりで工房を経営した。
母の代わりにサマンサがサポートし、錬金鍛冶師サム・スミスの名は辺境にも知れ渡ることになる。
父娘ふたりで工房を営む、忙しくも充実した日々は、ある日突然終わりを迎えることになった。
「
当時のメイルグラードは、兵の数も冒険者の数もいまより少なかった。
そのため、職人や商人たちも武器を手に取り、町を守るために戦った。
その戦いの中で、父サミュエルも命を落とした。
「あのときのアラーナ、すごかったんだよなぁ」
それはアラーナが陽一と出会う前、彼女がまだ10代のころに発生したという
「そんなわけでボクが錬金鍛冶師サム・スミスの名を継いだわけだけど、正直プレッシャーだよね。でもまぁ、やるしかないわけだし」
若くして実力以上の名声を得てしまったサマンサだったが、名前の持つ重圧に負けず、ひたすら
「いまはもう、プレッシャーとかはないのか?」
「そうだね。両親を超えたと自負してるよ」
サマンサはそう言って胸を張る。
「そうか、すごいな」
努力と経験によって偉大な先代を超えたという自信を感じ取った陽一は、心底感心しながら短く答えた。
「でもまぁ、親に恵まれたっていうのは大きいよね。才能や教育、それに環境。そういう意味じゃあ、ボクもラッキーだったのさ」
「でも、そのあとがんばったのはサマンサだろ?」
「それはさ、ヨーイチくんも同じじゃない?」
「いや……うん……そう、かな」
最初は偶然手に入れたスキルだったが、それをどう使い、どう生きるかを決めたのは陽一自身だった。
そのなかで、それまでの人生では考えられないような努力をし、数々の苦境を乗り越え、さまざまな経験を積み上げてきたのだ。
そこに恥じる要素は、ひとつもない。
「胸を張れ、とまでは言わないけどさ、背筋を伸ばすくらいはいいんじゃない?」
サマンサはそう言って屈託のない笑みを浮かべ、陽一もつられてふっと微笑む。
「ああ、そうだな」
サマンサと話すことで足取りが軽くなった陽一は、ほどなく予約していたコテージにたどり着いた。
「ヨーイチくん、先に入ってて」
「いいけど、どうかしたのか?」
「うん、ちょっとね」
サマンサは意味ありげにそう言うと陽一から少し離れてコテージを眺め、腰に提げたポーチを探り始めた。
なにか考えでもあるのだろうと、陽一は気にせず中に入る。
「広さは、まあまあだな」
ふたりきりで過ごすので、あまり広くないところを選んでいた。
10畳ほどのリビングダイニングには4人がけのテーブルがひとつあるだけで、水回りも最低限のものしかない。
階段を上がったところにある8畳ほどのロフト部分にはシングルサイズのマットレスと寝具一式が4セット置かれている。
4名まで宿泊可能なコテージだった。
延べ床面積だけを見ても『グランコート2501』の半分ほどしかなく、それでいて宿泊料1泊分がマンションの家賃半年分に相当するのだから驚きだ。
ダイニングテーブルの上には段ボール箱がひとつ置かれていた。これは陽一が事前に送って置いたもので、中には衣類や生活用品などが入っている。
【無限収納Ω】を持つ陽一にとってわざわざ手配するまでもないものだが、手ぶらで訪れて荷物もないでは怪しまれてしまうので、それをごまかすために用意していたのだ。
「ふぅ……」
役目を果たした段ボールを【無限収納Ω】に収めた陽一は、備えつけの椅子に腰掛けた。
見るからに安物で、座り心地はあまりよくない。
「おまたせ」
ひと息ついたところでサマンサがコテージに入ってきた。
「なにしてたんだ?」
「認識阻害の魔道具をね、仕掛けてきたの」
「そっか。ありがとな」
ふたりの時間を邪魔されたくないという考えから、魔道具を設置したのだろう。
それを察した陽一は、素直に礼を言った。彼も同じ思いだったからだ。
「メシはどうする?」
朝食をホテルでとったふたりだったが、それから3時間ほどが経ち、小腹が空いていた。
「食べたいものがあれば、
陽一は【無限収納Ω】にできたての料理をいくつも収納しているのだ。
「せっかくだから、屋台でなにか買おうよ」
そう言いながらもサマンサは椅子を引き、陽一の隣に座る。
「だけど、コーヒーの一杯くらいはごちそうになろうかな」
「わかった」
陽一は【無限収納Ω】からコーヒーカップをふたつ取り出して自分たちの前に並べた。
続けてサーバーを取り出し、それぞれのカップにコーヒーを注ぐのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます