赤い閃光1

 魔王との戦争が終わって1年半ほどが経ったある日のこと。


 その夜、トバイアス公爵邸の寝室に、陽一とロザンナの姿があった。


 交合を終えたふたりは、そのままベッドに寝そべっていた。


「それで、今日はどんなお願いがあるんですか?」


 横になったまま互いに見つめ合ってしばらく経ったところで、陽一のほうから切り出した。


「ふふふ、どうやらお見通しのようだな」

「ロザンナさんが自分から動いてくれるときは、大抵俺に頼み事があるときですからね」

「ふむ、言われてみればそうかもしれんな」

「べつにこんなことしてくれなくても、俺はいつだってロザンナさんの頼みくらい聞いてあげますよ?」

「ふふふ……そう言うな」


 ロザンナは少し寂しげに笑うと、陽一に身を寄せた。

 体液まみれの肌がピタリとくっつき、そこから彼女の体温が伝わってくる。


「お互い忙しい身なのだから、こうして時間があったときくらい、愛し合ってもいいじゃないか」

「つまり、頼みごとのほうがついで?」

「当たり前だ。私にとってヨーイチと愛し合うこと以上に、大事なことなどないのだからな」


 彼女はそう言いながら、陽一の胸に顔をうずめる。


「ふふ……本当に」


 陽一は嬉しそうに微笑みながら、彼女の頭を優しく抱きしめた。


「かわいい人だなぁ、ロザンナさんは」

「私のことをかわいいなどと言ってくれるのは、世界中でヨーイチだけだよ」


 嬉しそうにそう言いながら、ロザンナはさらに陽一のほうへと身を寄せた。


 そうやってしばらくのあいだ、ふたりは抱き合うのだった。


○●○●


「というわけでグラーフ君、辺境伯にならないか?」

「いきなり現われてなに言ってるんだよアンタは!?」


 数日後、陽一の姿は、王都のスキナー伯爵邸にあった。


 先の戦争でグラーフのバックアップに貢献したスキナー子爵は、その功績を称えられて伯爵へとしょうしゃくしている。


 そしてスキナー伯爵の長女カタリナと婚約したグラーフは、現在王都を中心に活動していた。


 ちなみにグラーフやメリルの故郷であるペリニジの村はスキナー家の領地内にあり、魔人襲来で名声を得た彼は、その縁もあって現当主がまだ子爵だったころからなにかと支援を受けていたのだ。


「一応聞くけど、それはメイルグラードの?」

「いいや、帝国北部の」

「いよいよ意味がわからないよ!!」


 グラーフの絶叫が応接室内に響く。


 現在この部屋には、グラーフと陽一のほかにミーナ、ジェシカ、グレタ、そしてメリルという赤い閃光のメンバーがおり、それ以外にはメイドがふたりと執事らしき男がひとりいた。


 グラーフだけでなくほかのメンバーも同様に驚いており、メイドや執事たちも平静を装ってはいたが、動揺を隠しきれずにいた。


「まぁ、いきなりこんなこと言われたらびっくりするよな」

「どう考えてもタチの悪いいたずらにしか思えないよ。っていうか、そうであってほしい……」


 平民出身の冒険者グラーフだが、このままいけばスキナー伯爵の跡を継ぐことになるだろう。

 彼にしてみれば、それすら荷が重いと感じているのだ。


 ましてや辺境伯、しかも現在同盟国になったとはいえ、ついこのあいだまで敵国だった帝国の、である。

 冒険者に国境はないといわれても、おいそれと割りきれるものではないのだ。


「それじゃあ、詳しく説明しよう」

「……聞かなきゃだめかな?」

「俺じゃなくて宰相閣下のお願いだからね」

「はぁ……わかったよ」


 宰相の名を出されたグラーフは、観念したようにうなだれた。


「俺たちがウィツィリと戦った平原を覚えているか?」

「もちろん。思えばあのときから、僕の人生は転がり始めた気がするなぁ」

「いや、ヨーイチにボコボコにされたときからでしょ、どう考えても」

「ミーナ、それは言わないで……」


 ミーナの言葉に、グラーフが肩を落とす。


 その様子に苦笑しながらも、陽一は表情をあらためて話を続けた。


「あそこも元はアルタサーゴという帝国領だったんだけど、100年だか200年だか前の魔物集団暴走スタンピードで放棄した場所でね。このあいだの戦争でしっかりと拠点を築いたことだし、あらためて帝国領として復興しようって話になったのさ」


 帝国はかなり広い範囲を魔境と接しており、現時点で3名の辺境伯が存在する。

 そんな彼らも先の戦争でそれぞれ領土を拡げており、新たな領地に手を回す余裕がないのだそうだ。


「あれ、コルーソの町があったところの、なんていったかな……マルスーノ辺境伯だっけ? あの人が治めればいいんじゃないの?」

「いや、あのへん一帯の、えっと、マーロファーコ地方だったかな。そこがとにかくだだっ広くてね。マルスーノ辺境伯は文字どおりマルスーノっていう場所を治めてるんだけど、あっちはあっちで別方向に領土を拡げててね」


 先の魔人襲来のおり、アレクとエマ、実里でシュガルを撃退した場所に、良質な鉱山が発見されたらしく、マルスーノ辺境伯はそちらの開発で手いっぱいなのだ。


「そういうわけで新たに辺境伯がじょしゃくされることになった」

「それが、なんで僕なんだよ! まずは帝国貴族とか、帝国出身の冒険者に打診すべきだろ!?」

「グラーフ君の言うとおりなんだけどな」


 帝国貴族、という案はそもそも出されなかった。


 魔境に近い帝国北部辺境というのは、冒険者を多く抱えることになる。

 そこを下手な貴族が治めようとしても、うまくいかないのだ。


 簡単に言えば、なめられるのである。


 そしてもし統治に失敗し、冒険者に愛想を尽かされれば、辺境の防衛力が低下し、ほとんど間を置かず魔境に飲み込まれてしまうだろう。


 現にいまいる辺境伯は、すべてが冒険者上がりだった。


 初代に叙爵された者はもちろん、それ以降も辺境伯家子弟において冒険者として活躍した者だったり、優れた冒険者を婿にとったりしながら、引き継がれてきた家系なのだ。


「貴族がダメでも、帝国にだって優秀な冒険者はいるだろう?」

「もちろん。だが全員に断られたんだよ」


 新辺境伯の筆頭は、言うまでもなくアレクだった。

 だが彼は、まだ冒険者を続けたいという意志からその打診を断っていた。

 いかな帝室とはいえ、勇者と呼ばれるようになった冒険者に無理強いはできない。


 アレク以外にも魔王との戦争で活躍し、勇者なみの名声を得た者はいたが、多くはアレクと同じ理由で断り、一部は現在ある辺境伯家に婿として迎えられることが決まっていたのだ。


 このままだとせっかく取り戻したアルタサーゴを手放すことになりかねない。

 そこで帝国宰相は、最後の手段として王国宰相たるロザンナに泣きついたのだった。


「で、その話を聞いて真っ先に思い浮かんだのがグラーフ君ってわけ」

「いやいや、僕はただの冒険者だぞ? 領地運営なんてできるわけが……」

「そこは心配しなくていいよ。必要な人材は帝国が揃えてくれるから。あちらさんとしては、担ぎ上げる神輿みこしさえあればいいって感じかな」


 神輿は軽いに限る、という言葉を思い出した陽一だったが、さすがにそれは伝えなかった。


「突然そんなこと言われても……なぁ?」


 グラーフは助けを求めるような視線を、メンバーに送る。


すらぁ、グラーフちゃんさえいればどこに住んだっていいべや」

「だね、うちもそう思う」

「帝国北部辺境ですか……ふふふ、腕が鳴りますわ」

「辺境伯……アラーナさんのお父様と同じ……うふふ」


 メリル、ミーナ、グレタ、ジェシカの4人からは、特に反対の意見は出なかった。


 余談ではあるが、赤い閃光のメンバーも全員が女神の祝福スキルを得ている。


 メリルは魔道具の作成に役立つ【鑑定】を、戦闘中に武器の持ち替えが多いミーナは【無限収納】を、グレタは敵の弱点を突きやすくするために【鑑定】を、そして万が一のとき戦場から離脱するため、もっとも耐久力に優れたジェシカが【帰還】を習得した。


 ちなみにグラーフは【健康体】を得ており、ますますになっている。


「いや、でも、スキナー伯爵と相談しないと……」


 グラーフが戸惑いながらもそう呟いたところで、不意に応接室のドアが勢いよく開け放たれた。


「お話は聞かせていただきました!!」


 現れたのは、振り袖に身を包んだ若い女性だった。

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