ドナ・ヴァレンタイン1

 陽一はその日、魔道具を届けにエドの執務室を訪れていた。


 エドやアイザックが使うぶんには彼ら自身が持つ魔力を引き出せるのだが、それ以外の人員だとそうはいかない。

 なので、定期的に魔力を補充した魔道具を届けているのだった。


「ヨーイチ、いつも助かるよ」

「いえいえ」


 エドがこれらの魔道具をどう扱っているのかは、あえて聞かないようにしている。

 彼なら悪いことには使わないだろうと信じているからだ。


「ところでエドさん、またポーションを飲んだんですか?」


 デスクの上に転がる空の瓶を見て、陽一は呆れたように問いかけた。


「ああ、いや……すまん。今度新しくはじまるショーの準備で忙しくてね」


 エドが飲んだのは疲労回復薬スタミナポーションと呼ばれるものだ。

 疲労によって消費された魔力を補うものなので、地球の一般人が飲んでも効果はない。


「あんまりひどいようだと、シャーロットとアミィに言いつけますよ?」

「ははは、それは勘弁願いたいな」


 愛想笑いで応えたエドが、ため息をつく。


「マーカスがいてくれれば、もう少し楽ができるのだがね」

「いなくなった人間について考えるより、新しい人を育てることに目を向けないと」

「それはそうだが……彼を育てるのにかなりの労力と時間を費やしたのでね。愚痴のひとつでも言いたくなるさ」

「マーカスについては、ご愁傷様としか言いようがないですね……。でも、アイザックさんとドナはがんばってるんでしょう?」

「そうだな。あのふたりはよくやってくれているよ。ただ、先々のことを考えるともっと人を育てなくてはなぁ……」


 しみじみと呟きながら、エドはもう一度ため息をつく。


「また忙しくなるようなら言ってください。都合がつくなら、シャーロットに手伝いを頼んでみますから」

「それは助かるな」


 陽一の申し出に、エドは心底嬉しそうに微笑んだ。


「今日はどうする? 少し遊んでいくか?」

「いや、カジノはちょっと……」


 【鑑定Ω】を得た陽一にとって、ギャンブルはもう必ず勝てるゲームになってしまった。

 とはいえスキルを使わずに遊ぶというのも、なんだか手を抜いているようで気が乗らない。


 彼はもう、ギャンブルというものに価値を見いだせなくなっていた。


「そうか。ショーはまだ準備中だしなぁ」

「適当にメシでも食って、部屋で映画でも見ながらごろごろしてますよ」

「そうか、すまんな」

「なに言ってんですか。一流の料理と最高の部屋を楽しめるんですから、かなりの贅沢ですよ」

「ふふ、それもそうだな」


 エドの執務室を出た陽一は、レストランを目指して歩き始めた。


 途中、あえてカジノを突っきるように歩く。

 自分でやるつもりはないが、人がギャンブルを楽しむ姿を見るのは嫌いではない。


「あら、ヨーイチじゃない?」

「ドナ?」


 偶然通りかかったドナに、声をかけられた。


「今日は随分ラフな格好なのね」

「そうかな?」


 今日の装いは、ダークグレーのスラックスとジャケット、そして無地のシャツというものだった。

 ネクタイは締めていない。

 普段の陽一からすればフォーマル寄りだ。

 いかに勝手知ったる場所とはいえ、高級カジノに作業着でくる勇気はなかった。


 ちなみにドナは、カジノスタッフの制服を着ている。


「ほら、あなたっていつも三つ揃いのイメージだったから」

「まぁ、今日はちょっと寄っただけだから」

「ふぅん。じゃあ、もう帰るの?」

「そうだな。なにか食べたら、帰ろうかな」

「だったら一緒に食べない? 私はもうあがりだから」

「んー……いいよ」


 陽一は少し考えて、彼女の申し出を了承した。


「着替えてくるから、適当に時間潰しといて」

「わかった」


 そう言われ、陽一は適当なスロット台に座った。

 待っているあいだ淡々とスロットを回し続けたが、結局100ドルほどを消費して終わった。


「おまたせ」


 ほどなく現われたドナは、デニムのレギンスにTシャツ、その上からダークブラウンのジャケットを羽織っていた。


「へぇ……」

「なによ?」

「いや、考えてみればドナの普段着を見るのって初めてだなって」

「そう? 普通でしょ」

「どうかな。ドレスとかスーツ姿しか見たことなかったから、そういうラフな格好は逆に新鮮かも」

「あら、それって褒められてるのかしら?」

「もちろん」

「うふふ、ありがと」


 にっこりと笑ったドナは、陽一の手を取った。


「ほら、いきましょ」

「おう」


 手をつないだふたりが、並んで歩き始める。


「それで、どこにいく? ここのレストランでよければおごるけど」

「あー、こういうところ苦手なのよね。私のおすすめでよければ案内するけど?」

「じゃあそれで」


 そうしてふたりは、ホテルを出るのだった。


○●○●


 ホテルを出て通りをしばらく歩き、メインストリートを少し外れたところに、そのカフェレストランはあった。

 かなり年季の入った建物だが、店内は清掃がいきとどいていて、居心地は悪くない。


「ここ、警察時代からよく通ってるのよ」

「へえ。なにかお勧めは?」

「ホットドッグとハンバーガー。あとピザも」


 そこで陽一はホットドッグとコーヒーを、ドナはハンバーガーとボトルの赤ワインを頼み、ふたりでのシェア用にピザを1枚注文した。


「うお……すごいな」


 陽一のもとに運ばれたホットドッグは、ソーセージが2本とチーズが挟まれ、その上からこれでもかといわんばかりにミートソースがかけられていた。


「見た目はアレだけど、味は確かよ」


 得意げにそう言うドナのもとへ運ばれたハンバーガーも、かなりのボリュームだった。

 分厚いパティにたっぷりのチェダーチーズ、フレッシュトマトと、申し訳程度のレタスが挟まれている。

 そして日本で見られるハンバーガーより、ふたまわりほど大きい。


 ピザはミートソースにチーズがたっぷりかけられ、かなり大きなサラミのスライスが乗せられていた。

 レギュラーサイズを頼んだのだが、日本の宅配ピザでいうLサイズ相当の大きさだった。


 見た目はともかく、漂う匂いが食欲をそそる。


「いただきます」


 陽一はミートソースがこぼれないように注意しながら、ホットドッグにかぶりつく。


「んっ!?」


 そして、大きく目を見開いた。


「どう、美味しいでしょ?」


 ドナの問いかけに、陽一はホットドッグを咀嚼そしゃくしながら何度も頷いた。

 かなり濃い味つけだが、陽一の口には合ったようだ。


 最初のひと口を飲み込んだところで、コーヒーをすすると、陽一は眉を寄せた。


「ふふふ、コーヒーはイマイチなんだけどね。飲む?」


 ドナは少し意地の悪い笑みを浮かべながら、ワインのボトルを掲げた。


「ぜひ」

「よろしい」


 ドナは従業員を呼び止めて追加のグラスを要求し、それが届くとワインを注いだ。


 それから雑談をしながら食事を続けた。


「ヨーイチって、意外と食べるのね」

「日本には『痩せの大食い』って言葉があってね。意外と大食漢が多いんだぜ、日本人って」


 適当な言葉ではぐらかしながら、陽一はどんどん食べ進めていく。


 ハンバーガーでほぼ満腹になったドナがひと切れでいいといったので、陽一はホットドッグとピザのほとんどを平らげていた。


 ドナは途中から食事よりもワインを楽しみ始め、ボトルを追加していた。


「それで、ヨーイチは今夜、どこに泊まるの?」

「どこにって……」


 もともと陽一は、用が済んだらホテルで少し休んだあと、異世界へ戻るつもりだった。

 だがバカ正直にそう伝えるわけにもいかず、かといって日本に帰るというのも不自然な話だ。


「エドさんのホテルに泊まるつもりだけど」


 なので、そう言ってごまかすことにした。


「へえ、わざわざ部屋取ってるんだ」

「取ってるっていうか、エドさんがずっとキープしてくれてるんだよ。仕事の都合もあるし」

「そういえば聞いたことあるわ。たしかスイートだったわよね?」

「そう。べつにそこまでしなくていいって言ってるんだけど、聞いてくれなくて」

「ふぅん。仕事の都合でスイートを押さえてくれるなんて、ヨーイチはいったい何者なのかしらね?」


 ドナは口元に笑みを浮かべ、興味深げな視線を陽一に向けた。


「いや、はは……なんていうかな」

「カリンが言ってたけど、どこかの組織に所属してるんだっけ? たしか……メイルなんとかのギルドがどうのこうのって」

「……あいつ、ドナにそんなこと話したのか?」

「そうね。なんだかはぐらかされた感じだったけど」


 花梨が自分たちの正体を話していたことに驚いた陽一だったが、当のドナは適当にあしらわれたと感じたようだ。

 得意げに身分を明かす花梨と、意味不明な情報を聞かされて戸惑うドナの姿が目に浮かぶようだった。


 ドナにそれほど追及する意志はなさそうなので、陽一は自分たちについてそれ以上なにも言わないことにした。


「さてと、そろそろ出ましょうか」

「ああ。ここは俺が出すよ」

「そう? ごちそうさま」


 会計を終えて、店を出た。


「それじゃ、いきましょっか」


 ドナはそう言うと、陽一の腕を取った。


「いくって、どこへ?」

「もちろん、ヨーイチの部屋よ。そこで飲み直しましょ」

「えっ?」


 食事を終えたら別れるものだと思っていた陽一は、思わず驚きの声を上げる。


「ちょっと、不満なわけ?」


 そう言いながらドナは、陽一の腕をギュッと抱きしめ、背伸びをして顔を近づけた。

 腕に乳房の感触が伝わり、ワイン混じりの吐息が鼻をくすぐる。


「不満だなんて、とんでもない」


 このまま彼女と過ごすのも悪くない。

 そう思い直した陽一は、ドナを連れてホテルのスイートへ向かうのだった。

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