藤野さやか(リナ)3

 身なりを整えたふたりは、参道に戻った。


 花火の時間が近づいているせいか、人の数がかなり減っている。

 店じまいを始める屋台も、ちらほらと見え始めた。


「あっ、わかった!」


 少し寂しくなった参道を歩いていると、不意にさやかが大きな声を出す。


「なに、突然?」

「いや、陽一さんのアレ、なんかなじむなぁって言ったじゃない?」

「ああ、うん」

「いつも使ってるおもちゃに似てるのよ。っていうかそっくり」

「なんだそりゃ」


 苦笑混じりにそう答えた陽一だったが、ふと気になることがあり、真顔になる。


「ちょっと待って、そのおもちゃってどこで買ったの?」

「買ったっていうか、もらったの。セバッチャンに」

「あのヤロウ……」


 瀬場の手から渡されたのなら、間違いなくそれはヨーイチくん2号だろう。

 あれはいまや二番街のオトメたちも愛用しているので、そのルートで手に入れたに違いない。


「どうしたの、変な顔して?」

「なんでもない……」


 そんなどうでもいい話をしながら並んで歩くふたりに、背後から駆け寄る者がいた。


「さやかちゃん!」


 そしてその人物は、さやかの名を呼ぶ。


 振り返ると、浴衣を着た女性が、肩で息をしながら立っていた。


……」


 その女性を目にしたさやかが、そう呟く。


「えっ?」


 陽一は、思わず驚きの声を漏らした。


 そんな陽一をよそに、さやかは女性のもとへ歩み寄っていく。

 相手もさやかに向かって、歩を進めた。


「里奈、どうして?」


 里奈と呼ばれた女性は、恥ずかしそうに微笑む。


「えへへ。やっぱり私、さやかちゃんとお祭りにいきたいなって思って」

「そっか」


 里奈の言葉に、さやかが嬉しそうに微笑む。


「このあいだは、ごめんね? なんか、混乱しちゃって」

「私のほうこそ、勝手に里奈の名前使って、ごめん。なんか、咄嗟とっさに出ちゃって……」

「ううん、いいの。よく考えたら、べつに問題ないかなって」

「そっか。ありがと」

「それで、その……あっちの人は?」


 里奈が、ちらりと陽一を見る。


「えっと、あの人は、なんていうか……ちょっとした知り合い、的な……」

「もしかして、前のお店の?」

「あー、うん。正直に言うと、そう」

「そっか……」


 里奈の表情が、少しくもる。


「あっ、陽一さんごめん、ほったらかしにして。この娘が、さっき話した幼馴染で……」

「うん、なんとなくそんな気はしてた。女の人だとは、思わなかったけど」


 よく見れば、里奈の着ている浴衣はさやかと揃いの柄で、色違いだった。


「あれ、言ってなかったっけ?」

「言ってなかったね」


 きょとんと首を傾げるさやかに、陽一は呆れたように答える。


「それじゃあ俺はいくよ。そろそろ花火の時間だし、ふたりで楽しんできな」

「え、でも……」


 さやかは困ったように眉を下げ、ちらりと里奈を見たあと、ふたたび陽一に目を向けた。


「えっと、あれだったら、3人でいかない?」

「さやかちゃんがいいなら、私はそれでも……」

「待ってくれ、俺はまだ死にたくない」

「「へっ?」」


 突然放たれた物騒な言葉に、さやかと里奈がまぬけな声を漏らした。


「ああ、いや、こっちの話。とにかく、俺はもう充分だからさ」

「そう?」


 ほんの短い時間ではあるが、ふたりの表情や仕草を見れば彼女たちがただの幼馴染でないことはわかった。

 そしてふたりがそういう関係なら、陽一がそのあいだに割って入るわけにはいかない。


 百合のあいだに挟まろうとする男に、生きる価値はないのだから。


「それからこれ、ふたりでどうぞ」


 陽一はバッグから出すふりをしながら、【無限収納Ω】から8個入りのたこ焼きを取り出した。


「えっと、それってお土産用じゃ……」

「大丈夫、まだあるから」

「そっか。じゃ、遠慮なくいただくわね」


 さやかは観念したように肩をすくめると、差し出されたたこ焼きを手に取った。


「あら、まだあったかい」


 少し驚いたように目を見開いたあと、さやかは陽一を見てにっこりと笑う。


「陽一さん、ありがとね」

「こちらこそ」


 そして彼女は踵を返し、里奈の隣に並ぶ。


「里奈、いこっか」

「うん」


 里奈は陽一に軽く頭を下げると、さやかと並んで歩き始めた。


「たこ焼き、いい匂いだね」

「うふふ、じつは私、このたこ焼き売ってたのよ」

「えーほんとに?」

「ほんとほんと。行列ができて大変だったんだから」

「へー。さやかすごーい」


 そうやって楽しげに去っていく背中を、陽一は悟りを開いたような笑みを浮かべて眺めていた。


「あ、そうだ」


 ふと思い至った陽一は、さやかを【鑑定】してみたが、【健康体θ】は付与されていなかった。


「そういうこと、なんだろうなぁ」


 さやかと里奈。


 仲よく並んで遠ざかるふたりを見ながら、陽一はしみじみと呟いた。


 ほどなく、夜空に花火が舞い上がり始めた。

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