シャーロット・ハーシェル2

「あら、ここは?」


 転移先の室内を見回して、シャーロットが軽く眉を上げる。


「いつものモーテルじゃありませんのね」

「ん? ああ、そうか。こっちに変えてからシャーロットを連れてくるのは、はじめてだったな」


 陽一が今回【帰還】した先は、カジノの町ではあったが以前使っていたモーテルとは別の場所だった。


「ここ、いつぞやのスイートですわね」

「そ」


 今回の転移先は、以前シャーロットとアミィと陽一の3人で泊まった、エドのホテルのスイートルームだった。


「どうしてここに?」

「エドさんにはいろいろ知られちゃったしね」

「まぁ、エドとしても変なところを拠点にされるより、自分の目の届くところにできるだけいてほしいでしょうね」


 ゆっくりと室内を歩きながら、シャーロットは納得したように言った。


「でも、宿泊料がかさむでしょう?」

「そこは魔道具のレンタルなんかでまかなってるよ。認識阻害とか、視覚偽装とか。あと俺の血液とかさ」

「はぁ……そうでしたわね」


 シャーロットは呆れたようにため息をついた。

 というのも、彼女はエドが得たスキルを知っているからだ。


「よりによって【言語理解】だなんて……」


 シャーロットとしては、意思疎通の魔道具である程度代用ができる【言語理解】ではなく、余生も考えて【健康体】を取得してほしかった。

 だが、自分と陽一が同じ血液型だと知ったエドは、健康については輸血でまかなえると判断し、最初に除外したのだった。


「まぁ、エドさんにはエドさんなりの考えがあるんだろう。とりあえず、顔だけ見せにいこうか」

「ええ、そうですわね」


 まだ少し呆れ気味の表情を浮かべたままではあったが、シャーロットは陽一の言葉に微笑み、彼に従って部屋を出た。



 カジノフロアに降りたふたりは、ほどなくエドを発見する。

 今日訪れると事前に連絡を入れていなかったので、【鑑定Ω】で居場所を特定した。


「ごきげんよう、エド」

「エドさん、こんにちは」

「おお、シャーロット! それにヨーイチも、よく来てくれた!」


 ふたりに気づいたエドは、嬉しそうに迎えてくれた。


 陽一とエドの関係だが、先の魔王戦以降かなり気安いいものになっている。

 陽一のほうはあいかわらずさんづけだが、エドのほうはファーストネームを呼ぶようになった。


 シャーロット、そしてアミィの父親代わりを自負している彼にとって、もはや陽一は息子同然の存在となっているのだ。


「事前に言っておいてくれれば、それなりのもてなしを準備したのだがなぁ」

「あはは、おかまいなく」

「急遽スケジュールが空いたのですわ」

「そうかそうか。まぁいい。ああキミ、シャンパンを持ってきてくれ」


 近くにいたスタッフにエドが声をかけると、ほどなくシャンパンの注がれたグラスが3つ、届けられた。


「では、再会に」


 エドの音頭で3人はグラスを掲げ、中身を一気に飲み干した。

 そしてタイミングよくスタッフが現われ、空のグラスを回収する。


「あら、ヨーイチ? ヨーイチじゃない?」


 3人で談笑していると、ひとりの女性スタッフが声をかけてきた。

 少し背の低い、褐色肌の女性に、見覚えがある。


「ドナ?」

「覚えててくれたのね、嬉しい!」


 陽一が名を呼ぶと、ドナは駆け寄ってきてハグをした。


 彼女は以前、陽一らがはじめてこの町を訪れた際、偶然出会った市警の捜査員である。

 縁があって彼女の捜査を手伝い、犯罪組織のひとつを壊滅させるのに成功したという過去があった。


「ここで働いてるの?」

「ええ、そうよ」

「なんでまた」

「ふふ、いろいろあったのよ」


 陽一の問いかけに、複雑な表情でドナは微笑む。

 あまり踏み込まないほうがいいだろうと、陽一はこれ以上質問を重ねないことにした。


「彼女が警察を辞めると聞いてね。優秀なのは知っていたから、スカウトさせてもらったのだよ」

「やだエドったら、優秀だなんて」


 陽一から離れたドナは、少し頬を染めながらエドの肩をバンバンと叩く。

 ちょうどシャーロットと入れ替わるかたちで、働き始めたようだ。

 引き継ぎの段階で何度か話し合っているので、ふたりは顔見知りだった。


「ちくしょう! いてぇ! 離せよジジイ!!」


 突然、騒がしい声が聞こえてきた。


「これこれ、あまり暴れなさんな」


 声のほうを見ると、スーツを着た屈強な老人が、若い男性の腕を締め上げながら引きずっているのが見えた。


「やあ、アイザックさん」


 見知った顔だったので、陽一が声をかける。


「おお、これはミスター藤堂。お久しぶりですなぁ」


 穏やかにそう返したのは、魔王戦でイージス艦の艦長をしていたアイザックだった。


 彼は魔王戦のあと、エドに請われてこのホテルに就職していた。


「すまないが、彼を警備室へ。あと警察にも連絡しておいてくれんかねぇ」


 近くの若いスタッフに捕まえていた客を引き渡すと、アイザックは陽一らのほうに歩いてきた。


「アイザック、またイカサマ捕まえたの?」


 感心しつつも少し呆れた様子で、ドナが声をかける。


「まぁ、目のよさだけが取り柄ですからなぁ」


 アイザックはそう言うと、陽一に向けてウィンクした。


「まったく、千里眼のクレアボヤントアイザックの存在を知らないヤツが、まだまだいるのねぇ」


 ドナはそう言いながら、やれやれと肩をすくめる。


 彼は魔王戦の報酬として【鑑定】を取得しており、カジノの警備担当としてその能力をいかんなく発揮していた。


「そういえばシャーロットって、ここに来るのひさしぶりなのよね?」

「ええ、そうですわね」

「じゃあ、マーカスのこと、聞いた?」


 ドナの表情が、暗くなる。


「え、ええ。たしか、事故……でしたわね?」


 途中、ちらりと目を向けると、エドは無言で小さく頷いた。


「ほんと、急な話よね。その少し前までは元気に働いていたっていうのに」

「話を聞いたときは驚きましたわ。本当にバカな人なんだから……」


 暗い雰囲気のドナに対して、シャーロットは少し呆れたようにそう言って、ため息をつく。


 魔王戦に参加したマーカスは、エドとともに空母の艦橋に身を置いていた。

 おそらくあの戦場においてはもっとも安全な場所だったのだが、海兵隊の血が騒ぐといって、彼はときどきエドの目を盗んでは甲板に降り、冒険者と肩を並べて戦っていたのだ。


「まったく、最後まで世話をやかせてくれたよ」


 結果、この世界における彼の死を偽装するハメになったエドが、苦笑交じりにそう呟く。


「あ、ああ、ごめんなさい。せっかく来てくれたっていうのに、暗い雰囲気にしちゃって。私、仕事に戻るわね!」


 雰囲気を重くしたことを謝ると、ドナはそう言い残してフロアに消えていった。


「では私も、さっきのボウズを締め上げてきますかなぁ」


 続けて、アイザックがその場を去る。


「それで、ふたりはこれからどうするのかな? よければショーのチケットでも用意するが」


 寂しくなった空気を払拭しようとしたのか、少しだけ大げさに明るい口調でエドがそんな提案をする。

 だが、シャーロットは口元に小さな笑みをたたえたまま、軽く首を横に振った。


「これから、父と姉のお墓へいくつもりですの」

「そうか」


 シャーロットの答えに、エドが肩を落とす。


「こちらもかなり落ち着きましたから、これからはもう少し頻繁に帰ってきますわ。だからそう落ち込まないで」

「べ、べつに私は落ち込んでなど……」


 少し慌て気味なエドの姿に苦笑しながら、シャーロットは彼の肩に優しく手を置く。すると、エドは諦めたように小さく微笑み、ふっとため息をついた。


「そうだな。君とマーカスがいなくなって、寂しい思いをしてないと言えば、嘘になるなぁ」

「ふふふ……でしたら近いうちに、アミィも連れて帰ってきますから、それまでもう少し辛抱してくださいませ」


 彼女はそう言うとエドの頬にキスをし、彼をギュッと強く抱きしめた。


「ああ、楽しみにしているよ」


 エドのほうからもシャーロットを抱きしめ、ほどなくふたりは離れた。

 そしてエドは、陽一に向き直る。


「ヨーイチ、これからもシャーロットをよろしく頼む」

「ええ、任せてください」

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