シャーロット・ハーシェル1

 午前中のうちに冒険者ギルドでの業務を終えた陽一は、その足で魔術師ギルドに向かった。


「こんにちは」


 陽一が挨拶をすると、受付担当の老女が顔を上げ、軽く姿勢を正す。


「いらっしゃ――なんだ、あんたかい、色男」


 受付のクララは陽一の顔を見るなりため息をつき、椅子に深く腰かけ直した。


「いいですかね?」


 陽一が尋ねると、クララは手元の本に目を落としたまま、ひらひらと手を振って反応する。

 それに軽く苦笑しながら、彼は奥の階段を上った。続く廊下をギルドマスターの執務室に向かう。


「陽一です」

「どうぞ」


 執務室のドアをノックし、来訪を告げると、中から実里が応じてくれた。


「おじゃまします」

「陽一さん、いらっしゃい」

「いらっしゃいませ、ヨーイチ」


 ドアを開け、中に入ると、実里とシャーロットが書類仕事をしていた。


 ふたりともシンプルなデザインのシャツにカーディガン、膝丈ほどのスカートという格好で、容姿はまったく違うものの、雰囲気は姉妹のようだった。


「シャーロット、迎えにきたんだけど」


 今日の午後から数日、休みがもらえるということなので、陽一もスケジュールを合わせ、シャーロットを迎えにきたのだった。


「ちょっと早かったかな?」

「いいえ、わたくしのほうはちょうど終わったところですわ。ですが……」


 そう言って彼女は、ギルドマスターのデスクに目をやる。

 そこにはまだ、誰もいなかった。


「ギルマスにひと言断りを入れておきたかったのですけれど、少し遅れているようですわね」

「そっか」

「たぶん、もうすぐ来ると思います。先生、朝弱いから……」


 最後に、実里が軽くフォローを入れる。


「じゃあ、それまで待っていようか」

「あ、お茶入れますね」

「お姉ちゃん、いいの?」


 立ち上がった実里に、シャーロットが尋ねる。


「いいのって、なにが?」

「だってギルマス、昨夜は館のほうに帰ったんだよ?」


 魔術士ギルドマスターであるオルタンスだが、普段はギルド近くの部屋に住んでいる。

 ただ何日かに一度、夫ウィリアムの住む領主の館に帰っているのだった。


「館に?」

「あっ!」


 オルタンスが館に帰ったとして、なにが問題なのかと首を傾げる陽一に対し、実里は焦ったような声を上げる。


「だめっ! 陽一さん、すぐに出て――」


 実里が言い終えるより先に、執務室中央の空間に歪みが生じる。そして。


「セーフ!」


 そこにオルタンスが現われた。


「なぁっ!?」


 その姿に、陽一は思わず声を上げる。


 魔王戦の報酬として彼女が【帰還】を習得していたことも、この執務室をホームポイントに設定していることも知っていたので、オルタンスが突然現われたことに驚いたわけではない。

 彼が驚いたのは、彼女の格好に対してだった。


 オルタンスは、全裸だったのだ。


「遅刻ですわよ、ギルマス」

「あらぁ、シャーロットちゃんたらあいかわらず厳しいんだからぁ」


 と、なんでもないように話していることから、どうやらこれはよくあることらしい。


「今日は昼からお休みをいただくと言っておりましたでしょう?」

「わかってたんだけどぉ、あの人がなかなか放してくれなくてぇ……えへ」


 突然現われたオルタンスの髪は乱れ、肌にはじんわりと汗がにじんでいるる。

 彼女を中心に、室内に漂い始めた匂いからも、直前までなにをしていたのか聞くまでもなかった。


「あら? ヨーイチくんじゃない! いらっしゃぁい」

「あ、ああ、はい、どうも……」


 陽一に気づいたオルタンスが、ごく軽い調子で挨拶をしてきた。

 彼女の淫猥な身体の状態とのギャップに、軽い目眩めまいを覚える。


「ダメです! 陽一さん、見ちゃダメ!!」


 ふたりのあいだに、実里が割って入る。


「ええー、私は見られても全然平気だけどなぁ。っていうかむしろ」


 オルタンスは扇情的な表情を浮かべたかと思うと、自身のスタイルを見せびらかすように身をよじる。


「延長戦もいいかなぁ、なんて思ってるんだけどぉ?」

「おう……」


 目の前で痴態を晒しているのは、アラーナの母親である。

 だがダークエルフである彼女は、見た目には30代にしか見えず、陽一は思わず唾を飲み込んだ。


 そんな陽一の様子に目を見開いた実里は、身体をひるがえしてオルタンスに抱きつく。


「許しませんよ先生! 仮にウィリアムさんとアラーナが許しても、わたしは許しませんからね!」

「きゃは! やだぁミサトちゃん、くすぐったぁーい」

「ちょっと、いやらしい声出さないでください! とりあえず〈浄化クリーン〉かけときますからね!」

「ええー、もうちょっと余韻にひたりたぁい」

「だめです! ただでさえ遅刻してるんですから、さっさと服を着てください!」


 そんな美女ふたりの淫猥ながらもどこか朗らかなやりとりを、陽一はぼんやりと眺めていた。


「はぁ……てぇてぇ……」


 そして思わずそう呟いた陽一の頭を、シャーロットは丸めた書類でポコンと叩く。


「いて」

「ぼーっとしていないで、そろそろいきますわよ」

「ああ、ごめん」


 陽一が我に返ったところで、シャーロットはまだじゃれ合っている実里たちに目を向ける。


「それじゃお姉ちゃん、いくね」

「ああ、うん! おつかれ! またね、シャーリィ!」

「えぇー、ヨーイチくんいっちゃうのぉ? いまならまだママのここ、とろとろよぉ?」

「ちょっと先生、なに言ってんですか!?」

「先っちょだけでいいから、ね?」

「だったらこれでもいれときなさーい!」

「んほぉおぉおおおヨーイチくぅんんんんっ!!!」

てぇて――いてっ」


 またふたりのやりとりに目を取られていた陽一が、シャーロットに叩かれる。


「今日はわたくしのお休みですの。わかっておりますわね?」

「あ、ああ、うん。じゃあいこうか」


 シャーロットの声が普段より低くなっているのを感じ取った陽一は、慌てて【帰還Ω】を使った。

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