アラーナ・サリス3
家に戻った陽一は、さっそく寝室へ向かおうとしたが、玄関から動く間もなくアラーナから一方的に攻め立てられた。
「アラーナ……俺、もう」
されるがまま陥落して間もないというのに、切なげに求めるような声を上げる陽一に、アラーナは少し意地悪な笑みを向ける。
「続きはベッドで。先にいっているぞ?」
彼女はそう言うと、陽一の返事も待たずにリビングの扉を開けて中に入っていった。
「あっ、ちょ、待っ……うわぁ……!?」
慌ててアラーナを追いかけようとした陽一だったが、中途半端に下ろしたズボンのせいでまともに動けず、転んでしまう。
「ふふっ」
アラーナはそんな陽一を一瞥し、軽く微笑んだが、歩みを止めることなく寝室に消えていった。
「くそっ……!」
自分の間抜けさを恨みながら、陽一はすぐさま【無限収納Ω】に衣服を収納した。
そして全裸になった彼は、駆けるようにリビングを抜け、寝室のドアをくぐる。
「うふふ」
寝室に入ると、全裸になったばかりのアラーナがベッドに乗ったところだった。
「ヨーイチ殿……」
ベッドに乗ったアラーナが、陽一を挑発するように誘う。
今度は陽一が攻め立てる番となった。
「ごめん、ちょっとやりすぎた」
そう言って陽一は、アラーナの顔を覗き込む。
「すぅ……すぅ……んぅ……ヨーイチどのぉ……」
すると姫騎士は、幸せそうな顔で寝息を立てていたのだった。
○●○●
「ん……んぅ……あれ……?」
「おう、おはよう」
アラーナが目を覚ますと、ちょうど陽一が寝室に入ってきたところだった。どうやらドアを開ける音で目覚めたらしい。
「えっと、私は……?」
「んー、疲れて寝ちゃったって感じかな?」
「ふふ、そうか……」
そこで自身の身体を見下ろしたアラーナは、ガウンを着ていることに気づく。
おそらく陽一が着せてくれたのだろう。
「どれくらい寝ていたのかな?」
「30分くらいかな」
「そうか。シャワーを浴びていたのか?」
見ると、陽一もガウンを羽織り、タオルで頭をガシガシと
「そ。アラーナも浴びる?」
「ああ、あとでな。それよりも……」
「なんか飲む?」
自分の言いたいことを察してくれたことに、アラーナは思わず笑みを漏らす。
「ふふっ、そうだな。スポーツドリンクを頼む」
「あいよ」
陽一は【無限収納Ω】からペットボトル入りのスポーツドリンクを取り出し、アラーナに投げて寄越した。
「ありがとう」
ペットボトルを受け取った彼女は、慣れた手つきでキャップを開け、中身を半分ほど飲み干した。
「ふぅー……ふふふ」
喉を潤し、大きく息を吐き出したところで、アラーナが自嘲気味に笑う。
「どしたの?」
突然笑い出したアラーナに問いかけながら、陽一はベッドの端に腰かけた。
「いや、昔の私からは想像もできないと思ってな」
「なにが?」
「誰かの前で無防備に眠ってしまうことが、だ」
「そっか。俺と出会う前って、誰ともパーティーを組んでなかったんだっけ?」
「基本はソロだが、臨時で組むことはあったし、同じテントで男性冒険者と寝ることもあったよ」
「まぁ、普通は警戒するよね」
「私は魔物の襲撃を警戒して眠りを浅くしていたつもりだったが、おそらく男性に対する部分も少なからずあったのだろうな」
「それで、ちょっと呆れたってこと?」
「こうして無防備な姿をさらせることに幸福を感じる自分に、少し」
「いいんじゃない」
「ああ、そうだな」
そこでアラーナは、残ったスポーツドリンクを飲み干した。
「そういえば先ほど、出会いが違っていればいまのような関係になってなかったかもしれないと、言っていたな」
「ああ、うん」
「私もな、ときどき考えるんだ。もしヨーイチ殿と出会っていなければ、と」
そこでアラーナは、空になったペットボトルをぐしゃりと握りつぶす。
「あのときヨーイチ殿が来ていなければ、私は今ごろ、パトリックのいいなりにでもなっていたのかな……」
「いや、どうかな」
少し暗い様子で呟くアラーナに、陽一が異を唱える。
「俺がいなけりゃ、アラーナはあそこで襲われなかったかもしれない」
「どういうことだ?」
「俺があの場にいなければ……というより、俺が異世界に行かなければっていう仮定の話なんだけど」
陽一が異世界を訪れた際、管理者によってふたつの世界の関連づけが強化され、それによって本来つながるはずのない因果が複雑に絡み合うことになった。
その中には、陽一率いるトコロテンと、魔王パブロことカルロ・スザーノの関係もあった。
魔王として転生し、前世の記憶を失ってなお、彼は転生前の自分を破滅に追い込んだ東洋人とその一味――すなわちトコロテン――に対する強い
彼自身、自分がなにに怒り、なにを恨んでいるかもわからず、ただ負の感情だけが渦巻くなか、執着心だけでアラーナの存在を感じ取ってしまう。
そのため彼は、彼自身も理解できぬ感情にまかせ、わざわざ魔境から離れた王国の一伯爵であるパトリックに目をつけ、アマンダを送り込んだのだ。
そうすればなんとなく憂さを晴らせるような、そんな曖昧な感情を元に。
ラファエロをジャナの森に送り込んだのも、似たような理由からだった。
彼が
細部にまで作戦を立てていたわけではないが、パトリックの手のものをメイルグラードに配置しておくことでいかようにも対処できるようにしていたようだ。
「つまり、俺が異世界に来なければ、アラーナがパブロに目をつけられることもなかったんじゃないかなって」
「そうか」
アラーナは、少し気が抜けたように息をつく。
「なら、いまもまだひとりで冒険者を続けていたのかな」
「たぶん、Aランクくらいにはなってたんじゃない?」
「ふふふ、どうかな。結局あのとき暴漢どもに襲われたのも、私の油断が原因だからな。ここぞというときにヘマをやらかして、のたれ死んでいてもおかしくはないさ」
「それは世界の損失だな。やっぱり異世界にいってよかった」
「ああ、ほんとうに。ヨーイチ殿が来てくれてよかった」
彼女はそう言って立ち上がると、ベッドを降り、くるりと振り返って陽一を見る。
「ヨーイチ殿がいなければ」
彼女はそう言いながら、羽織っていたガウンを脱いだ。
タオル地のガウンがはらりと床に落ち、美しい裸体が露わになる。
「こうして無防備な姿を――」
そのとき、見事なポーズを決めたアラーナが、このうえなく恥ずかしい音を立てる。
「――っ!? いや、ヨーイチどの、違うのだ、いまのは……」
まるで放屁のような音を漏らしたアラーナが、顔を真っ赤にして言い訳を始めた。
それを見て、陽一はクスリと笑い、立ち上がる。
「大丈夫、わかってるよ」
向かい合う陽一の視線を追い、アラーナは俯くように目線を動かした。
「こ、これはこれで、その……恥ずかしいな……」
だが、彼女はすぐ顔を上げ、陽一を見てふっと微笑む。
「だが、こういう無様な姿を見せられる相手がいるというのも、悪くないものだ」
「無様なもんか。どんな姿だって、アラーナは綺麗だよ」
陽一もガウンを脱ぎ、全裸になってアラーナに歩み寄る。
「ふふふ、嬉しいことを言ってくれる」
そう言いながら彼女が両腕を拡げて迎え入れてくれたので、陽一はそのままアラーナと密着し、そのしなやかな身体を抱きしめた。
瑞々しくもなめらかな肌が、ぴたりと張りついてくる。
「ヨーイチ殿……」
「アラーナ……」
裸で抱き合うふたりは、しばらく互いの名を呼んで見つめ合ったあと、目を閉じ、唇を重ねるのだった。
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