アラーナ・サリス2
競馬場を出て地元に戻った陽一らは、新たにオープンしたステーキハウスで少し早めの夕食を済ませた。
「いやー、食った食った」
「やはりコウベ牛は最高に美味いな」
従業員が驚くほどの量を食べ、オープン以来最高値の客単価を叩き出したふたりは、満足げな様子で店を出る。
「ヨーイチ殿、少し歩かないか?」
「ん? ああ、そうだな」
陽一はアラーナの提案に乗り、自動車を【無限収納Ω】に収納した。そして店の敷地を出て、町を歩き始めた。
「む、なんだか随分騒がしい店だな」
しばらく歩いたところで、アラーナがそう言って足を止める。
彼女が視線を向けた先には、派手な看板を掲げた商店があった。
透明な扉の向こうからギラギラとした極彩色の照明と、ガチャガチャと耳障りな騒音が漏れ出している。
「ああ、ここはパチンコ屋だからな」
「パチンコ! そういえば映画やドラマでときどき見ることがあったな」
「やってみる?」
「ぜひ!」
店に入った陽一は、釘の配置や設定の甘い台を選んでアラーナを座らせ、自身も隣で打つことにした。
「えーっと、ここにお金を入れて……お、出た出た」
陽一もパチンコの経験はほとんどないので、【鑑定Ω】で調べながら操作方法を教えてやる。
「これでレバーを回せば玉が飛び出すから、このへんの釘を狙って打てばここを通って、ルーレットみたいなのが回るって感じかな」
「ふむう……これのいったいなにが楽しいのだ?」
「さぁ、俺もあんまやったことないから」
そう言いながら、ふたりは等間隔で弾が撃ち出される様子をぼんやりと眺め続ける。
「むっ!? なにやらアニメが始まったぞ!」
パチンコ台のモニターに、派手なアニメ演出が映し出される。
「これは、なにか物語になっているのか?」
「みたいだな」
「おおっ、なにやら数字が動き始めたぞ!!」
「それが揃うと当たりなのかな?」
「むむっ『押せ!』と出ているが、これはどうすれば」
「えっと、それはだな――」
「そこのボタンを連打しなさい!」
陽一が答えるより早く、反対隣に座る女性がアラーナに向かって叫ぶ。
ゆったりとした無地のセーターに淡い色のレザージャケット、白のワイドパンツという姿の、少し恰幅のいい中年女性である。
「こ、これかな?」
「そう、それよ!」
「わかった!」
女性の指示どおり、アラーナは台のボタンを連打した。
「来るわ……これ、来るわよ……!」
「おお! 数字が揃……わないっ!! なぜそこでズレ――」
「諦めるのは早いわ!」
「なっ……数字が爆発した!? そして別の数字が現われて……そ、揃った!!」
「やったわね!」
モニター上で数字が揃い、アラーナの台からパチンコ玉がじゃらじゃらと流れ出す。
「いや、どなたか存じ上げないが、あなたのおかげで勝利を得ることが――」
「まだよ」
「――なに?」
女性の言葉に、アラーナが目を見開く。
「まだ終わってないのよ」
「まだ、終わっていない……?」
台のモニターに目をやると、まだアニメ演出は続いているようだった。
「い、いったいなにが……」
「確変よ」
「か、かくへん? かくへんとはいったい……」
「確率変動よ、知らないの?」
「あいにく、初めてなので……」
「なるほど、ビギナーズラックってヤツね」
「それで、その確率ナントカというのは……?」
「文字どおり大当たりの確率が変わるのよ」
「確率が変わる?」
「ようは、大当たりが続くってワケ。ほら」
「おおっ! また揃った!!」
ふたたび、アラーナの台から玉が流れ出る。
「これは続きそうね。お兄さん、ドル箱持ってきてー!!」
女性が、従業員に声をかける。
「あの、すいません」
そこへ、陽一が割って入った。
「なに、この子あなたのカノジョ? もっさりしてるのにいい女連れてるじゃない」
「ああ、どうも……じゃなくて、ドル箱いらなくないですか?」
最近のパチンコ台は、わざわざ玉をドル箱に移さなくても、台の中で計算してくれるのだ。
「なに言ってんの、初めてなんでしょ? だったらドル箱積まなきゃ!」
「はぁ」
「おおおおお! また揃ったぞ!!」
陽一が女性の言葉に生返事を返しているあいだに、アラーナがまたも大当たりを引き当てる。
「はわわ……しゅ、しゅごいぃ……」
女性の予想どおり、アラーナの大当たりは続き、ドル箱がどんどん積み上げられていった。
「13連チャン……ここまでいくとはねぇ」
アラーナの大勝ちに、ベテランと思われる女性も感心したようだった。
確変が終了したところで陽一とアラーナは席を立った。
家から離れていないので、今後もくるかもしれないと大半を貯玉し、一部を景品に交換した。
パチンコ店を出たふたりは、日が暮れつつある町を、のんびりと歩いた。
「今日は、楽しかった」
両手いっぱいに景品を抱えたアラーナは、幸せそうだった。
「そう? こんなのでよかったのかな」
久々に取れた休みである。
陽一としてはもっと特別なことをしてもよかったのではないかと思ったが、結局映画を見て食事をして、競馬場とパチンコ店に行ったのはちょっとしたイレギュラーだったが、あとはごくありふれたデートに終わった。
「ああ、こういうのがよかったんだ」
彼女はそう言うと、陽一に軽くもたれかかるように身体を寄せた。
「領主の娘として生を受けた私は、早くに冒険者として活動をはじめ、ずっと戦いの中に身を置いてきた」
アラーナが、静かに語り始める。
「そのことに不満があったわけではないし、自分の立場には変わらず誇りを持っている。だが、それとは別の幸せがあるとは、思ってもいなかったのだ」
そこでアラーナは、さらに陽一へと寄りかかる。
「こうして好きな男性とただ並んで歩くことがこんなにも楽しいだなんて、当時の私には想像もつかなかったよ」
そんな彼女の重みを心地よく感じながら、陽一はふっと微笑んだ。
「俺は、運がよかった」
「運が?」
「ああ。あのとき、ああいう出会い方をしていなければ、アラーナみたいに素晴らしい女性とこうして並んで歩くことなんて、なかっただろうな」
初対面のとき、アラーナの窮地を救ったおかげで、自分は彼女と関係を持つことができた。
もちろんそののち、彼女と並び立つにふさわしくあろうとそれなりの努力をしてきたが、あの出会いがなければ、口をきくこともかなわなかったかもしれない。
陽一はいまでもときどき、そう思うのだった。
「そんなことはないさ」
だが、アラーナは陽一の言葉を優しく否定する。
「ヨーイチ殿ならいずれ冒険者として名を
「そうかな?」
「そうだとも。言っておくが、私は一度窮地を救われたくらいですべてを捧げるほど、安い女ではないぞ」
そこでアラーナはふと足を止め、陽一のほうへ目を向けた。
「たしかにあのときはまだ媚薬の効果が残っていて、救われたことによる高揚もあったから、勢いまかせだったと言ってもいいだろう。だが、そのあとも一緒にいたいと思い続けているのは、ヨーイチ殿にそれだけの魅力があるからだぞ?」
「いや、でも、ほら……スキルの影響とか、さ」
最初にアラーナと関係を持った際、彼女に【健康体+】のスキルが付与された。
それが彼女の思考になんの影響も与えていないとは言いきれないのだ。
「だがそのスキルも、誰彼かまわず付与されるものではないのだろう?」
「それは、まぁ……」
「ならそれを受け入れると決めたのも私の意志だ」
彼女はそう言って立ち止まると、抱えていた景品を足下に置き、陽一の正面に立った。
そして彼をじっと見つめる。
「ヨーイチ殿」
アラーナは陽一の名を呼ぶと、彼の頬を両手で優しく包み、顔を近づけた。
「ん……」
唇と唇が重なる。
そうやってしばらく浅いキスを続けたあと、アラーナのほうから顔を離す。
「ヨーイチ殿」
彼女はもう一度、彼の名を呼ぶ。
眼差しが少し、柔らかくなっているように感じた。
「私は、ヨーイチ殿が好き」
陽一の胸が、ドクンと跳ねる。
互いに好意を伝え合ったことは何度もあるが、こうしてまっすぐと見つめ合い、あらためて言葉を向けられると、かなりくるものがあった。
夕暮れの閑静な住宅街。雑音はほとんどなく、姫騎士の息遣いと自身の鼓動以外になにも聞こえてこない。
夕日を反射し、淡いオレンジ色をまとった銀色の瞳が、まっすぐに陽一の視線を捉えて離さなかった。
「ヨーイチ殿は、私のことが好き?」
ほんの少しだけ不安げに眉を下げ、首を傾げる姿が、このうえなくかわいらしかった。
ただ、瞳には強い力があった。
きっと陽一は自分を好いていてくれる。
そんな自信にあふれているようだった。
「ああ、もちろん。俺だってアラーナが好きだ」
そして彼女の思惑どおり、陽一は自身の好意を言葉に乗せて伝えた。それを受けて、アラーナはふっと微笑む。
「なら、過去のいきさつなどどうでもいいではないか。いま互いが互いを好きである以上に重要なことはないだろう?」
「ああ、アラーナ……!」
彼女の言葉に感極まったのか、陽一はアラーナを正面から抱きしめる。
その際、邪魔になりそうだった景品はさっさと【無限収納Ω】に収めた。
「ふふ、ヨーイチ殿……んむ……」
そうしてふたりは、自然に唇を重ねる。
今度は、互いを求め合うように激しく舌を絡ませた。
幸いに周りに人はいなかったが、たとえ誰かに見られていたとしても、陽一はかまわず続けただろう。
ただ、アラーナのほうには多少なりとも羞恥心があったのか、身を委ねようとする寸前に思い直し、慌てて顔を離した。
「はぁ……はぁ……ふふ」
そして息を乱しながらも、妖艶な笑みを陽一に向ける。
「ダメだぞ、ヨーイチ殿。続きは帰ってから」
「ああ、わかった」
少し照れながら言うアラーナに陽一が答えるやいなや、ふたりの姿は『グランコート2503』の玄関にあった。
「なっ!?」
突然景色が変わったことに驚くアラーナだったが、すぐに呆れたような笑みを浮かべる。
「まったく、あと数分も歩けば帰れたではないか」
「そんなに、待てない」
「ふふふ、本当にしょうがない人だ」
口ではそう言いながらも愛おしげな表情を浮かべたアラーナは、陽一のズボンに手をかける。
「アラーナ……?」
てっきりキスの続きが始まると思っていた陽一は戸惑いの声を上げたが、彼女は気にせずズボンのボタンを外し、ファスナーを下ろした。
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