アラーナ・サリス1

 平日のあまり人が多くいない映画館に、陽一とアラーナの姿があった。

 陽一はいつもの作業服スタイル、アラーナはデニムのボトムにジャージという格好であり、それがこの場によくなじんでいた。


「おもしろかったな」

「うむ、すごい迫力だった!」


 ふたりはこの日、アニメ映画を見ていた。

 陽一と出会って数年、ヒマさえあれば映画やドラマ、アニメなどを見ていたアラーナは、リスニングに限り完全に日本語をマスターしているといってよかった。


 この日見た映画もそこそこ難しい内容だったが、このところ時代劇などをよく見ていたこともあってか、多少古めかしい日本語も問題なく理解できていたようだ。


「戦闘シーンとかすごかったよな。市街戦とか、ほんとリアルな感じだよ」

「なによりキャラクターの造詣ぞうけいがすばらしかったよ。特に主人公は、父親の大胆さと母親の図太さをうまく受け継いでいながら、これまでに触れた英雄たちの繊細さも持ち合わせた、そんな深い人物像が垣間見えたな」

「あれ? 両親って出てきたっけ?」

「ヨーイチ殿はなにを言っているのだ? 彼の両親、特に父親のほうはこれまでのシリーズで常に重要なポジションにいたではないか」

「これまでのシリーズ? もしかして今日のって、続きものなのか?」

「そんなことも知らずに見ていたのか!?」

「いや、大きなくくりでシリーズなのは知ってたけど、直接の前日譚があるとは知らんかったな」

「まったくしょうがない……では私が簡単に説明してやろう。そもそもの発端だが、人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって……」


 そうやってなんやかんやと映画の感想を言い合いながら、ふたりは映画館を有するショッピングモールで買い物をしたり、食事を楽しんだりした。



「いいかヨーイチ殿、このシリーズを語るうえで無視できない要素に『バブみ』というものがあってだな」


 食事を終え、自動車に乗って駐車場を出たあとも、アラーナの話は続いていた。

 これには陽一も疲れを隠せずにいたが、当の姫騎士はそれに気づいた様子もなく話し続ける。


「わかったわかった。今度時間があるときに最初から見とくよ」

「そうか、それはいいことだ。なに、ファーストは三部作にまとめられた映画を見ておけば問題ない。次のも三部作の映画になっているが、あれは結末が変わっているから……いや、大筋は同じだし、いけるか……ん?」


 そのとき、ふと正面を見たアラーナが、なにかに気づいたようにあたりを見回す。


「どうした?」

「いや、このあたり、なにか見覚えがあると思ってな」

「このあたり? 以前にアラーナときたことがあったかな」


 そう呟きながら考えを巡らしていた陽一は、ふとあることを思い出した。


「そういえば前にきた競馬場がこのへんにあったな」

「なに、競馬場!?」


 競馬場と聞いたアラーナの目が、爛々らんらんと輝く。


「いく?」


 そんなアラーナに苦笑を浮かべながらも、陽一は尋ねた。


「うむ……いや、だが……」

「いまからだと、ちょうど第1レースに間に合うけど」

「そうか、なら1レースだけ……」


 少し申し訳なさそうに言うアラーナに、陽一はクスリと笑いかけた。


「了解」


○●○●


「いけー! 差せー!!」


 レース終盤、アラーナは絶叫していた。


 競馬場に入ってすぐ、ちょうどパドックを馬が歩き始めたので、それを観察し、彼女は馬券を購入した。

 もちろん単勝一点買いである。


「いけるぞナツハヤテ! お前なら行ける!!」


 最後の直線、アラーナが賭けたナツハヤテが、怒濤の追い込みを見せる。そしてゴールの瞬間、それまで先頭にいた馬を追い越した。


「やったぁー!!」


 自身の予想した馬が勝利を収め、アラーナは馬券を持つ手を掲げた。


「見たかヨーイチ殿! 私の予想したナツハヤテが勝ったぞ!!」


 嬉しそうにそう言いながら駆け寄ってきたアラーナは、そのまま陽一に抱きついた。


「よかったな、おめでとう」

「ふふふふ……やはり私の目に狂いはなかったのだ……!」


 アラーナは得意げに言いながら、抱きついた陽一の胸に頭をぐりぐりとこすりつける。

 そんな姫騎士をあやすように、陽一は彼女の背中をぽんぽんと軽く叩きながら、ときおり頭を撫でてやった。


「こりゃ驚いた。ここでナツハヤテがくるとはねぇ……」

「む?」


 近くから男性の声が聞こえたので、アラーナは顔を上げてそちらを見る。


「おお、あなたは以前もここにいた御仁ごじんだな」

「おおっと、こんなべっぴんさんに覚えてもらえてるとは光栄だね」


 彼は数年前、アラーナがはじめてこの競馬場を訪れた際に会ったことのある男性だ。

 その時と同じくハンチング帽をかぶっており、手には競馬新聞と赤ペンがあった。


 当時もいまもアラーナは認識阻害の魔道具を身に着けており、あとになって容姿を思い出すのは困難だが、再会すればなんとなくわかる、程度には認識できるのだった。


「ここのところ不調続きだったからまずないとは思っていたが……」

「いえ、でもここ」


 そこへ陽一が割って入り、彼の持っている競馬新聞の記述から、レースの結果はともかく上がり調子になっていることに間違いはないと指摘する。


「なるほど、言われてみればたしかにそうだ。にいちゃんもなかなかやるなぁ」

「あはは、それほどでも」


 【鑑定+】が【鑑定Ω】になったことで、競馬新聞への理解度がかなり深まっていた。

 そのうえパドックで馬や騎手を見ることで、陽一は三連単であってもほぼ外すことのない予想をできるまでになっている。


 実際、先ほどのレースは4着まで当てることができていた。

 ただ、さすがにここまで詳細に未来を予測できるとなるとギャンブルの域を超えているので、あえて馬券は買わなかったが。


「しかしまさかとは思ったが、ボックスに入れといて正解だったよ。おかげで損をせずに済んだ」

「ふふふ、それはなによりだ」

「それで、またパドックに行くのかい?」


 問われたアラーナはチラリと陽一を見たあと、小さく首を横に振る。


「いや、今日はこれで帰るよ」

「そうかい、いい引き際だ。しかし、もう1レースくらいヒントが欲しかったねぇ」

「ああ、だったら第5レースなんですけどね」


 残念そうに言う男性に対し、これもなにかの縁と思い、ちょっとした助言を与える。


「なるほど、たしかに……待てよ、ならコイツを入れて三連単、いけるか……?」


 陽一の助言を受け、男性は競馬新聞とにらみ合いながらぶつぶつと言い始める。


「それじゃ、そろそろいきますね」

「健闘を祈る」

「おう」


 陽一とアラーナがそう声をかけると、男性は競馬新聞から目も離さず、軽く片手をあげるだけだった。


「まったく、これだからギャンブラーってやつは」

「ふふふ、いいではないか」


 そんな男性の様子に呆れながらも、ふたりは競馬場をあとにするのだった。

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