星川実里3

 【帰還Ω】でふたりが転移した先は、小さなチャペルのような場所だった。


「ここは?」

「なんかの映画のセット、らしいよ」


 ここは陽一が事前にホームポイントとして設定していた場所だった。見慣れぬ雰囲気に視線を巡らせるふたりに、近づく者がいた。


「やあ、おふたりさん。やっときたか」

「おう、ジェイソン」


 現われたのは、魔王戦で陽一とスザクに同乗し、大岩落としによる魔王城の崩壊を撮影したカメラマンのジェイソンだった。


「ええっ、ジャクソン監督!?」


 そんな黒人青年の登場に、実里が驚きの声を上げる。


「おおっと、どうやら花嫁さんは俺のことを知ってくれてるみたいだね」


 魔王戦終了後、彼は異世界で撮影した魔物の動きを観察し、それを活かしたモンスターバトル映画を作成していた。それが異例の大ヒットを遂げたのだ。


 魔王戦のころ、あまりジェイソンと接点のなかった実里にとって、目の前にいる彼はジェイソン・M・ジャクソン監督という有名人なのだった。


「は、花嫁……ジャクソン監督が、わたしのことを……」


 そんな大人物に『花嫁』と呼ばれたことに、実里は興奮し、顔を赤くして頬を押さえていた。


「悪いな、忙しいのに」

「ほんとだよ。この修羅場に呼び出すなんて」

「いやあ、ほかにあてがなくてな」

「まぁ、俺がヨーイチの頼みを断るなんてことはないけどね」

「陽一さん、すごい……」


 世界的に有名な映画監督となんでもないように会話する陽一の姿に、実里は思わずそう呟いた。


「あの、でも、どうしてジャクソン監督がここに……?」

「それは、ほら」


 実里の問いかけに、ジェイソンは手に持っていた一眼レフカメラを掲げた。


「えっ!? ジャクソン監督が、わたしたちの写真を?」

「腕が落ちてなきゃいいけどね」


 映画監督になる前は動画のカメラマンだったジェイソンだが、それ以前にはフォトグラファーとしても活動していた。

 そのことを知った陽一は、今回の撮影をジェイソンに依頼したのだった。



「オッケーおふたりさん、もっと近づいてー」


 ふたりの周りを歩き回り、声をかけながら、ジェイソンはさまざまな角度でシャッターを切っていく。


「花嫁さん、ちょっと固いなー。もっと笑って笑って!」

「は、花嫁……」

「おっ、その恥じらってる感じ、いいねー!」


 実里を褒めながら、ジェイソンがシャッターを切る。


「もうちょっとくっついてみようか。ヨーイチが肩を抱くとかさ」

「こうか?」


 ジェイソンの指示に従い、陽一は実里の隣に寄り添い、彼女の肩に手を回す。


「あう……」


 人前で肩を抱かれるという状況に、実里は頬を染めてうつむいた。


「おおっ! その表情、いい感じだよー!」


 カシャカシャというシャッター音が、あたりに響く。


「うん、その表情はばっちり撮れたから、今度は嬉しそうな顔して」

「嬉しそうな顔、ですか……?」

「そうそう。大好きな彼とウェディングスタイルでチャペルに立ってるんだぜ? 嬉しくないのかい?」

「大好きな、彼と……」


 そこで実里は自身の肩を抱く陽一を見上げた。


「う……」


 目が合うと、彼は照れたように顔を背け、空いているほうの手でぽりぽりと頬をかく。


「ふふふ……」


 そんな彼の姿がかわいらしくて、自然と笑みがこぼれた。


「いいねー、いただき! それじゃ次は花嫁さんのほうから抱きついてみようか!」

「わたしから、抱きつく……こう、ですか」


 ジェイソンの指示を受け、実里は陽一の腰に腕を回す。


「お、おい、実里……」

「いいよいいよー! その調子!」


 それからふたりはジェイソンの指示を受けながら、さまざまなポーズや表情を写真に収めていった。


 

「よーし、俺もなかなかやるねー」


 撮影を終えたところで、ジェイソンはカメラのモニターを確認しながら満足げに呟く。


「俺たちにも見せてくれよ」

「おっ、じゃあちょっと待ってくれよ」


 彼はそう言うと、自前のバッグから12インチのタブレットを取り出し、陽一に渡した。


「これをこうして……ほいっと」

「おっ」


 カメラとの同期が成功し、タブレットのモニターにふたりの写真が映し出される。


「おおー、すごいな」

「これが、わたし?」


 ふたり並んでタブレットを覗き込みながら、陽一がモニターをスワイプして写真を切り替えていく。


「さすが俺だろ?」

「ああ、ほんとに」

「まぁ、被写体もいいし、セットもいいからね」


 ひととおり写真を見終えたところで、陽一はタブレットをジェイソンに返す。


「なぁ、この写真のデータだけど」

「心配しなくていいよ。最高のフォトブックに仕上げてみせるから」

「そうか、楽しみにしてるよ」

「それじゃ、いくよ」


 手際よく機材を片づけたジェイソンは、バッグをかついで歩き始めた。


「あの、ジャクソン監督、ありがとうございました!」

「どういたしましてー」


 実里の言葉に軽く振り返り、ひらひらと手を振りながら、ジェイソンはセットを出ていった。


「それで、実里、このあとなんだけど……」


 ジェイソンを見送って少し落ち着いたところで、陽一が口を開いた。


「このあと、ですか?」


 いきなり呼び出されたかと思えばウェディングドレスを贈られ、そのあと世界的に有名な映画監督に写真を撮ってもらう、という経験をした実里は、いろいろなことが立て続けに起こりすぎてなにも考えられないといった様子だった。


「このあと、その、初夜みたいなことを、してみたいなって……」

「初夜……」


 そう言われて、実里の頬が赤くなる。


「うん。もう、真夜中だし」

「えっ、そんなに時間が経ったんですか!?」


 昼過ぎに呼び出され、ウェディングドレスを着たり写真を撮ったりしたが、まだ暗くなるには早い時間だと思っていただけに、実里の驚きは大きい。


「いや、時差がね。ここ、西海岸だから」

「あ、そっか」


 日本を基準にした異世界と、ここ米国西海岸とでは16時間の時差があるのだ。


「一応、近くにホテルはとってあるんだけど、どうかな?」

「えっと、じゃあそれで……」


 陽一の提案に応じようとした実里だったが、ふと思い直したように言葉を切り、うつむいた。


「実里?」


 突然無言になった実里を心配して声をかけると、彼女はなにか思いついたように顔を上げた。


「あの、わがままを、聞いてもらえませんか?」

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