第19話 魔王の最期
魔王パブロの死から少しあとのこと。
ネレクジスタス共和国のとある刑務所跡で、ひとりの男が目を覚ました。
「はぁ……はぁ……」
男は瓦礫を押しのけながら、ぼろぼろの衣服を身にまとった身体を起こし、肩で息をする。
「はぁ……はぁ……はは……ははは……! 逃げてやった……! 吾輩は、生きているぞ……!!」
それは死んだはずの魔王パブロこと、カルロ・スザーノだった。
アラーナが彼に向けて振り下ろした最後の一撃だが、魔王の存在を消し去るほどの膨大なエネルギーと、魔王パブロが持つ異常なまでの生に対する執着心とがぶつかり合ったせいか、時空や次元がゆがみ、彼はふたたびこの地で蘇ったのだ。
「げほっ……ぐほっ……くふっ……ふふふ……」
まとわりつく土埃を払い、咳き込みながらも笑みを漏らす。
その埃が晴れたあとに現われた彼は、魔王ではなく南米人の姿だった。二度目の転生、といったところか。
「はははっ! いい……いいぞ!」
疲れきった顔に引きつった笑みを浮かべながら、彼は歓喜の声を上げた。
カルロは、自身の内にある魔力を感じ取ったのだ。
「くくく……回復さえすれば、すぐにでもこの国をもう一度――」
「おやぁ? ほんとにいたねぇ」
カルロの独り言を遮るように、女性の声が彼の耳を突いた。
「だれだ!?」
声のほうに目を向けると、褐色肌の中年女性が目に入った。
見覚えはなかった。
もしカルロがもう少し敵対勢力の情勢に通じていれば、彼女がレジスタンスの一員であることがわかっただろう。
「まったく、爆発で木っ端みじんに吹き飛んだと思ってたのに、しぶとく生きてるなんてねぇ……あの子の言うとおりだったよ」
突然現われた女性に混乱しながらも、カルロは彼女の言葉が気になった。
「貴様……誰かに言われて、ここに来たのか?」
「ええ、そうだよ。たしか、ヨーイチっていったっけね」
「ヨーイチ……!?」
それがこれまで自分をさんざんコケにし、邪魔をし続けた者の名だと思い出す。
「あの男……またしても……!」
怒りに震えるカルロだったが、すぐに顔を青ざめさせた。
「それじゃ、覚悟するんだね」
女性が、拳銃を向けていたからだ。
それは
「ま、待て! 早まるな! 俺を見逃してくれたら、絶対に損はさせん!!」
魔王だったこともマフィアのボスだったこともかなぐり捨てて、カルロは命乞いを始めた。
「そうだ! これを見ろ!!」
――パンッ!
カルロが手を前に出した瞬間、女性は引き金を引いた。
「ぐぁっ!?」
肩を、撃ち抜かれていた。
「ヘタな真似するんじゃない。次は頭を撃つよ」
「ぐ……うぅ……待て……これを、見ろ……!」
カルロは撃ち抜かれた左肩をだらりと下げたまま、差し出したままの手のひらに小さな炎を生み出す。
それは弱々しく、誰かを攻撃できるようなものではなかった。
「なんだい、マジシャンにでもなろうってのかい? ああ、もしかしてアンタがこうして生きてるのは、イリュージョンかなにかってわけなのかねぇ?」
「違う!! これは……魔法だ……! 俺は、魔法が使えるんだ!!」
「はぁ? 魔法だって?」
乱れていたカルロの呼吸が、少しずつ整い始める。
魔王だったころほどの力はないにせよ、彼は徐々に回復しているようだった。
「そうだ! 魔法だ! いまはまだこの程度のことしかできないが、力を取り戻しさえすれば、この国を……いや世界を手にすることだってできる! 望むなら、世界の半分をくれてやる!! だから――」
「いらないねぇ」
――パンッ! パンッ!
乾いた銃声が二度、響く。
「かっ……あ……」
30口径の弾丸で眉間と胸を撃ち抜かれたカルロは、目と口を大きく開いたまま、どさりとうつ伏せに倒れた。
「ふん、アミィの仇だよ」
そう吐き捨てたあと、女性はふと不安になり、倒れたカルロにふたたび銃口を向けた。
「また、イリュージョンで生き返ったりしないよねぇ?」
そう考えながら引き金に指をかけたところで、スマートフォンが鳴った。
「あいよ……ああ、アンタかい」
彼女は銃口と視線をカルロに向けたまま、応答する。
『大丈夫、カルロは今度こそ死にましたよ』
「そうかい。そりゃ安心だ」
『面倒なことを頼んですいませんでした』
「いいさ、自分の手でアミィの仇を討てたからね」
『あー、そのことなんですけど……いや、まぁ、いいか。そのうちに……』
「あぁん? なにをもそもそ言ってんだい?」
『いえ、なんでもないです。とにかく、おつかれさまです。あと、ありがとうございました』
「どういたしまして。あ、そうだ、この銃はどうしようかね?」
『差し上げますよ』
「そりゃどうも。カルロの死体は?」
『こっちで処理します』
「了解。じゃあね」
通話を終了したあと、女性はどっと疲れたように大きく息を吐き出し、肩を落とした。
「ふん……」
そしてうつ伏せに倒れたカルロの死体を一瞥し、拳銃を腰に差しながらその場を去るのだった。
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