第18話 ラストバトル

 どこまでも自分を畏れない姫騎士の姿に、魔王はこめかみに血管を浮かせて怒りを露わにする。


「ぬかせぇ!!」


 次の瞬間、アラーナたちの周りを魔物の群れが囲んでいた。


 ゴブリン、コボルト、オーク、オーガ、あるいはウルフ系、ボア系、リザート系などの地上の魔物に加え、ハーピーやグリフォン、ワイバーンといった飛行系の魔物が、広大な空間を埋め尽くすように現われ、全方向から4人に襲いかかる。


「実里、アミィ! ザコは任せたわよ!」

「わかった!」

「了解っす」


 花梨の呼びかけに実里とアミィが答える。


「燃え尽きて!」


 実里が叫ぶと同時に、青白い炎が彼女を中心として半球状に放出され、4人を囲んでいた魔物たちに襲いかかる。


 高温の激しい炎に巻かれた群れの大半が、消し炭になった。


 そして生き延びた魔物たちのあいだで、すぐさま同士討ちが始まる。


「おのれアマンダめ、小癪な……!」


 歯噛みしつつも、パブロは次々に魔物を生み出していく。

 だがそれらの多くは、続けて放たれた実里の魔法を前に倒れ、生き残った個体もアミィの魅了によって同士討ちを始めてしまう。


「はぁっ!」


 実里の炎とアミィの魅了、そしてその後の同士討ちにも耐えうるような強力な魔物は、花梨が仕留めていった。


「ふん、いつまで耐えられるかな」


 戦いは拮抗していた。


 異常なスピードで生み出される魔物の群れだったが、花梨たち3人の手で倒され続けるため、距離を詰められずにいる。

 ただ花梨たちのほうも、襲いくる魔物の群れをしりぞけるのに精一杯で、パブロ本人には攻撃を仕掛けられずにいた。


「あの女、いったいどういうつもりだ……」


 そんななか、開戦直後から斧槍を肩に担いだまま微動だにしない姫騎士の存在を、パブロは不気味に思っていた。


 彼女が参戦すれば戦いのバランスは崩れ、パブロは新たな手を打たなければならない。

 彼女の出方を見て対応しようと考えていたパブロは、自分をじっと見据えたまま一向いっこうに動く気配を見せない姫騎士の存在に、若干の苛立ちを覚え始める。


「このままでは、埒が明かん」


 パブロが独り言のようにそう呟くと、魔物の生み出されるペースが遅くなった。


「チャンスよ!」


 数を減らした魔物がほぼ倒し尽くされた瞬間、3人はパブロに攻撃を集中させた。


「甘いわ!」


 しかし彼が軽く腕をひと振りするだけで、矢と魔法と魔物の群れが、あっさりと消し飛ばされた。


「ふん、なにを企んでいるのか知らんが、一気にカタをつけさせてもらう!」


 パブロがそう言うと、彼のうしろに巨大な魔物の影が現われた。


「あれは……グレーター・ランドタートル!」


 その正体を見た花梨が、思わず叫ぶ。


 先の魔物集団暴走スタンピードでメイルグラードに迫ったエンペラー級ほどではないにせよ、この空間を埋め尽くすかのような巨体に、花梨と実里は驚愕の表情を浮かべる。

 至近距離で見上げる巨大な魔物はまるで小さな山のようで、その全体像が彼女たちの視界に収まりきらないほどだった。


 そしてふたたび魔物の群れが生み出され、グレーター・ランドタートルと連携するかのように、4人に襲いかかってきた。


「踏み潰せ!」


 意気揚々と命令を下すパブロに対し、歯噛みする花梨と実里。

 ただ、アミィだけは不敵な笑みを浮かべていた。


「ごっつぁんっす」


 彼女がそう呟くと、脚を上げて4人に迫ろうとしたグレーター・ランドタートルが動きを止めた。


「踏み潰されるのはおめーのほうっすよ!」


 アミィに魅了されたグレーター・ランドタートルは、玉座の前に立つパブロをギロリと睨みつけ、そのまま足を踏み降ろそうとした。


「くっ……痴れ者がっ!!」


 パブロがそう言って腕を払うと、巨大な亀の魔物はその場から消し飛んだ。


「あらら、残念」


 そう言いながらもアミィは、ふたたび魔物の群れの一部を魅了し、同士討ちを始めさせる。


「おのれ……」


 強力な個体を生み出したところでアミィに操られると知ったパブロは、再び数を増やす方針に戻った。


 そして膠着状態が生まれる。


 拮抗する戦いのなか、パブロの視点はずっとアラーナに固定されていた。


(あれは、なんだ……?)


 最初は苛立ちしかなかったその顔に、少しずつ怯えが交じってくる。


(まずい……)


 開戦直後から微動だにしないアラーナだったが、彼女の内側で膨れ上がる魔力をパブロは感じ取っていた。

 それはやがて、目に見えた変化をもたらし始める。


(いったいどこまで、大きくなるのだ……?)


 アラーナの内側で膨れ上がる魔力の影響を受けてか、彼女の心装である斧槍は少しずつ大きさを増していたのだ。


(だめだ……あれは、だめだ……!)


 姫騎士の中で際限なく膨れ上がる魔力と、巨大化する斧槍。

 それが、まるで死刑宣告のように、パブロの心に重くのしかかってくる。


(いまのうちに、なんとかせねば……!)


 パブロは魔物の群れを生み出しながらも、自身の内で魔力を練り上げていった。


 一撃で倒せなくとも、ひとまず姫騎士の思惑を妨害する程度の威力で、直接攻撃を加えようと試みる。


(花梨、いまだ!)

「オッケー!」


 しかしいままさに攻撃を放とうとした瞬間、陽一の指示を受けた花梨が、パブロに矢を放つ。


「ぐぅぉっ!?」


 それは魔王にダメージを与えられるほどではないものの、試みていた攻撃を散らす程度の効果はあった。


「おのれぇ!!」


 パブロは苦し紛れに魔法をまき散らす。


 それは陽一を消し飛ばそうとしたあの黒い球体を小さくし、数を増やしたようなものだった。

 数百に及ぶその球体ひとつひとつが、町を半壊させるだけの威力を持っていた。


「させない!」


 実里は自分たち4人を囲むドーム型の魔法障壁を作り上げ、魔王の攻撃を防ぎきった。


「お返しっす!」


 アミィは障壁に護られながらも魔物を操り、スキだらけになったパブロを襲わせる。


「痴れ者どもがぁっ!!」


 そんな魔物の群れを一瞬で消し飛ばしたパブロだったが、その表情には一切の余裕がなくなっていた。


 陽一は戦場をくまなく観察し、各所に指示を出しながらも、魔王パブロの思考を読み続けていた。

 そして彼に不審な動きがあった際には阻害するよう、花梨に伝えていたのだ。


 それからも攻防はしばらく続き、パブロはなんとかアラーナを攻撃しようとしたが、その都度花梨の矢が邪魔をした。


 そして、機は熟した。


(アラーナ)


 陽一に名を呼ばれたアラーナは頷き、口元に笑みを浮かべる。


 それは、勝利の合図だった。


「言っただろう? 私たちはめちゃくちゃ強い、と」

「なっ!?」


 パブロの目に、高速で踏み込み、すぐ近くにまで接近した姫騎士の姿が映る。


「あぁ……」


 白銀の鎧に身を包み、艶やかな銀色の髪をなびかせて自らに迫る彼女の姿に、パブロは思わず目を奪われた。


「くそぉっ……!」


 しかし自身を滅ぼすべく振り上げられた巨大な斧槍を視界に捉え、彼はすぐに気を取り直す。


「おおおおおおおおおお!!!!!」


 そんな魔王の心の動きなど知らぬとばかりに、アラーナは雄叫びとともに巨大な斧槍を振り下ろした。


 なんとかその攻撃をかわそうと試みる魔王の動きを牽制するように実里の魔法が襲いかかり、さらに無数の魔物がしがみついて主の身体をがんじがらめにする。


 そうやって動きを封じられながらも、パブロはなんとか状況を打開しようと可能な限り強力な魔物をいくつか生み出し、彼女たちの後背を襲わせようとした。

 しかしその意図を見抜いた陽一の指示により、苦し紛れに生み出された魔物は花梨の弓矢であえなく撃ち落とされていく。


「こんなバカなことがあるかぁーっ!!」


 目の前に迫る斧槍の刃をよけることもできず、パブロはただ抗議の声を上げた。


 そしてアラーナの振り下ろした斧槍の刃が、魔王をまっぷたつに両断する。


 ――ゴォォオオオォオォオオォォ……!


 地の果てまで届くかと思われる轟音が響き渡り、太陽が落ちてきたかのような閃光があたり一帯を覆い尽くした。


 やがて光が収まると、先ほどまで激しい戦いが繰り広げられていた空間はなくなり、なにもないクレーターだけの景色となっていた。


「アラーナ、終わったの?」

「ああ」


 花梨の問いに短く答えたアラーナの手には、普通のサイズに戻った斧槍があった。

 そして魔王パブロの存在は、彼が生み出した魔物もろとも跡形もなく消え去っていた。


「そう、おつかれさま」

「アラーナ、おつかれ」

「アラ姉、おつかれっす」

「うむ」


 ねぎらいの声に笑顔で応えたアラーナだったが、すぐに表情をあらためた。


「魔王は倒した。だが、戦いが終わったわけではない」


 魔王が死んだからといって、彼が生み出し、各地に散っていった魔物のすべてが消え去るわけではない。


「でも、じきに終わるわよ」


 花梨の言葉に、全員が頷いた。


 魔物は消え去りはしないが、魔王が死んだことで著しく弱体化するのだ。

 そしてもともと魔境に棲息していた魔物は、魔王の命令を失ったことで戦意を失うこともある。



 花梨の言ったとおり、魔王の死を境に戦況は好転し、さらに1週間ののち、戦いは人類軍の勝利に終わった。


 およそ2週間という戦争の期間を、長いと見るか短いと見るかは意見の分かれるところである。

 ただそのあいだ、広大な魔境のあらゆるところで、常に戦闘が行なわれていた。


 参加した200万将兵のうち、死者は10万を超える。

 負傷者にいたっては、全体の半数以上にもおよんだ。


 ただ、その犠牲があればこそ、人類軍は魔王軍の本格的な侵攻を許さず、人類圏における非戦闘員の被害は非常に軽微なものに留まった。


 また、過剰なまでの安全策をとっていた米兵のなかにも、十数名ながら死者は出た。


 彼らの死因は事故死や病死に改ざんされ、遺族には参戦前に強制加入させられた保険から大金が振り込まれる予定だ。


『だれひとり欠けることなく帰還するつもりだった。だが、死ぬ覚悟のない者はひとりもいなかった』


 エドはそう語り、死者に対する責任をだれにも転嫁しなかった。

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