第17話 ほんとうに怖いもの

 とある酒場で『人は誰しも理屈抜きに怖いと思うものがある』という話題で盛り上がっていた冒険者たち。

 そこへ『自分には怖いものなどない』とうそぶく男が現われる。

 冒険者たちは男に酒をおごり、しこたま酔わせて本音を語らせる。


『俺はどうしようもなくケーキが怖い』


 そう本音を吐かせた冒険者たちは、男が寝たあと、彼の周りにさまざまなケーキを置いて脅かすことにした。


 目覚めた男は自分の周りに置かれたケーキに気づき、恐れおののく。

 うまくいったとほくそ笑む冒険者たちだったが、男が『怖い怖い』と言いながら次々にケーキをたいらげるのを見て、騙されたと気づいた。

 男にとって、ケーキは怖いものどころか大好物だったのだ。


『おいてめぇ! 本当はなにが怖ぇんだ!?』


 冒険者の問いかけに男は……。


「ここで、終わりなのだ……!」


 宣戦布告から100日のあいだに何度も聞かされ続けたせいか、パブロは話の細部まで記憶していた。

 そして語り終えた魔王が玉座で頭を抱える姿に、アラーナたち4人は呆然とする。


「あー、えっと、たぶん……ブラックコーヒー、とか?」

「あー……」


 4人のうち最初に気を取り直した花梨が答え、実里が納得したような声を漏らした。


「なぜだ!? なぜその男はブラックコーヒーが怖いのだ!?」

「なぜって言われても、そういうものなんだけど……」


 陽一がパブロの頭に語りかけた小噺こばなしは、古典落語の『まんじゅう怖い』を西洋ファンタジーふうにアレンジしたものだとわかった。

 ならばオチはそういうものだと花梨は思っていたし、答えを聞いた実里もすぐに納得した。


 落語のオチを解説するという無粋な真似を花梨はしたくないとも思ったが、パブロだけならいざしらず、仲間であるアラーナとアミィも首を傾げている。

 彼女は仕方なく、説明することにした。


「そのケーキ好きの彼だけど、とにかくケーキをたくさん食べて口の中が甘ったるくなってるから、ちょっと苦いものでも飲んでさっぱりしたいわけよ。だから、彼の答えはたぶん『ブラックコーヒーが怖い』ってなる、かな」

「苦いものが飲みたいのに、なぜ『ブラックコーヒーが』となるだ!?」

「いやだから、彼は『ケーキが怖い』って言ってケーキを出させたわけでしょ? だからここで言う『ブラックコーヒーが怖い』っていうのは、『ブラックコーヒーを出せ』っていう意味になるのよ」


 なんとなく意味を悟ったのか、アラーナとアミィは微妙な表情ながらも頷いた。

 しかしパブロはまだ納得がいかないようだ。


「なぜブラックコーヒーなのだ?」

「べつにブラックコーヒーじゃなきゃダメってことはないのよ? 渋い紅茶でも、なんなら元ネタどおり濃いお茶でも、とにかく甘ったるい口の中をさっぱりできるものならなんでもいいわけ」

「エスプレッソなんかでもいいよね」

「待て、それはおかしい」


 濃いお茶から濃いコーヒーを連想した実里がエスプレッソという例を出すが、そこにパブロが待ったをかける。


「甘ったるい口の中をどうにかしようというのにエスプレッソなど飲んでしまえば、なおさら甘ったるくなるではないか」

「え? エスプレッソなのに?」

「あー……」


 パブロの言葉に驚く実里の隣で、花梨は納得したように声を漏らす。


「エスプレッソって普通は砂糖をたっぷり入れるものなのよ」

「えっ、そうなの!?」

「そう。エスプレッソを無糖で飲むのは日本人だけ、なんて話もあるくらいだし」


 それを聞いたパブロが、思わず玉座から腰を浮かせる。


「バカな!! 日本人はエスプレッソに砂糖を入れないのか!?」

「さすがにそれはドン引きっすよ! エスプレッソは最後に残った砂糖のドロッと、というか、ザラッと、というか……とにかくあの感じが最高なのに!」

「ええっ!?」


 そしてパブロとアミィの抗議に、実里は驚きの声を上げた。


(先ほどから私はなにを見せられているのかな?)


 そんな4人の様子を見ながら、人類の存亡を懸けた戦いのためここにいるはずのアラーナは、誰に知られるでもなく盛大なため息をついた。


「ぐぬぬ……それにしても吾輩は、100日ものあいだそのようなくだらぬ話に心を悩ませていたのか……!」

「あら、『まんじゅう怖い』は古典落語の名作よ? くだらないんだとしたら、それは語り手の問題ね」


(悪かったな)


 その場にいた全員の頭の中に、花梨に対する抗議の言葉が響く。


「なっ!? この声は……」


 そしてパブロは驚愕の表情を浮かべた。


「貴様、殺したはずだぞ!!」

(俺がそう簡単に死ぬはずないだろ? アンタもなんとなくわかっていたんじゃないのか?)


 だからこそパブロは常に陽一の存在を気にかけており、そのせいで彼は満足に異世界で活動ができなくなったのだ。


「おのれぇ……どこまでも吾輩をコケにしおって!!」


 魔王は玉座から立ち上がり、禍々しい魔力を漂わせる。

 それを感じ取った花梨、実里、アミィの3人は、思わずあとずさったのだが、アラーナだけは笑みを浮かべていた。


「いいぞいいぞ! 最終決戦はやはりこうでなくてはな!!」


 そう言いながら、アラーナは一歩前に出た。


「まったく、コーヒーだの紅茶だのという話が始まったときは、このまま口喧嘩で終わるのではないかとヒヤヒヤしたぞ?」

「バカをぬかせ! 吾輩が人類を滅亡に導くまで手心を加えるなどありえんことだ!!」


 そう宣言すると、魔王のまとうまがまがしい魔力がよりいっそう濃度を増す。


「この男だけはどこにいようと見つけ出して殺す! だがその前に、ここにいる女どもをなぶり者にしてくれるわ!」


 アラーナたちを見下ろすパブロが、凶悪な笑みを浮かべる。


「まず全員を生きたまま捕らえ、魔物どもの慰みものにし、その姿を全人類に向けて晒しやろうではないか!!」

「いい心がけだ! らしくなってきたではないか」


 目の前にいる4人の女性と、この場にいない陽一に向けた脅しの言葉を、アラーナは不敵な笑みを浮かべて受け止める。

 その姿に、少し怯んでいたほかの3人も戦意を取り戻した。


「舐めくさりおって……! その余裕がいつまで続くか見ものだな!!」


 パブロがそう宣言した直後、彼の身体から異様なほどの魔力が空間内にほとばしった。


 常人であればその圧力だけで押しつぶされ、存在ごと消されてしまうほどのものだったが、アラーナたちはわずかに表情を曇らせ、身を縮めるだけで耐え抜いた。


「ふふふ、では根性を入れてかかってこい。私は、いや……」


 魔王の発した魔力の波を軽く耐えしのいだアラーナは、二丁斧槍をひとつにまとめて大きな長柄の斧槍にした。

 そしてその場にどっしりと腰を落とし、武器を肩に担いだ。


「私たちはめちゃくちゃ強いぞ」

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