第16話 アラーナvsテペヨ

「ついに来たか」


 鍛え抜かれた人の身体にジャガーの頭を持つ異形の怪人が、諦めたような、しかしどこか待ちわびたような声でそういった。


「テオドロ……っすか」

「ふん、お前が来るとはな、アマンダ」


 前世の名を呼ばれた魔人テペヨは、嘲るような笑みを浮かべる。


「で、なにしてんっすか、そんなとこで?」

「待っていた」

「ふぅん」


 テペヨの言葉に心底興味なさげな相づちを打ったアミィは、ふと彼の向こう側にある家屋に目をやる。


「つーか、なんなんっすか、ここ?」

「見てのとおり、魔王城だ」

「魔王城? これが?」

「最初はもっと立派だったのだがな。何度再建しても破壊されるから、最後はこうなってしまったようだ」

「それはご愁傷様っすね。にしてもなんでこの形なんだか」

「さぁな。心象風景がどうのこうのとオヤジが言っていたが、俺にはよくわからん」

「つまり、魔王パブロ……いや、カルロ・スザーノの最後の心の拠りどころが、この建物というわけかな」


 兄妹の会話に、アラーナが割って入った。


「ふふ、かもな」


 そしてそんなアラーナに、テペヨは獰猛な笑みを向ける。


「それで、我々を待っていたと言うことだが……」

「お前たちじゃない。お前を待っていた」


 テペヨはアラーナにそう言うと、その場に腰を落として身構えた。


「そうか」

「できれば一対一の戦いを希望したいのだが」

「あぁ? テオドロてめー、なに都合のいいこと言って――」

「かまわんよ」


 アラーナは、アミィの抗議を静かに制する。


「……むぅ、アラ姉がそう言うんならいいっすけど」


 不満げではあったが、アミィはそう言って一歩下がった。


 テペヨと対峙するアラーナの手に、二丁斧槍が現われる。


「では気合いを入れてかかってこい。私は――」

「めちゃくちゃ強いんだろう? 知っているさ、二度の敗北でなぁ!!」


 テペヨは小さく構えたまま素早く踏み込み、一気に距離を詰めると、アラーナの顔面めがけてジャブを放った。


「ほう」


 以前に魔人テペヨとして戦ったときよりも、はるかに速い踏み込みと、そこから放たれた電光石火の攻撃を紙一重でかわしながら、アラーナは感嘆の声を上げた。


「はぁっ!」


 テペヨの攻撃がさらに続く。


 彼は拳や脚を繰り出すだけでなく、肘打ちや膝蹴り、ときには頭突きをも交えてアラーナに迫った。


「ふふっ」


 生前の格闘経験を思い出したおかげか、テペヨの動きは魔人襲来の際に戦ったころとは比べものにならないほど洗練されている。

 そのことに嬉しくなったのか、アラーナはつい笑みを漏らした。


「なめるなぁ!」


 それを嘲笑と取ったのか、テペヨの動きがさらに加速する。


 ――ガンッ!


 テペヨは攻撃をかわし続けていたアラーナの動きをついにとらえ、二丁斧槍による防御を引き出した。


 それからは風を切る音にときおり硬質なもの同士がぶつかり合う音が混じる。


 魔人の力は前世の能力が反映されるのか、ただ父の威を借って威張り散らすのみだったラファエロと異なり、それなりに鍛えていたテペヨは弟とは比べものにならないほど高い身体能力を有していた。

 ゆえに二丁斧槍の刃やピックの直撃を受けても、傷ひとつつかない。


 さらに前世で身に着けた技術は魔人の能力を得てより洗練され、その強さには目をみはるものがあった。


 ラファエロにかろうじて勝利できた陽一では、1分と経たず勝負がついただろう。

 ただ、陽一の場合は【鑑定Ω】で勝てぬと判断するや【帰還Ω】などを使ってさっさと撤退するだろうが。


「彼、なかなかやるじゃない」

「そうだね」

「ふん、まあまあっすよ」


 ふたりの戦いを見ながら、花梨、実里、アミィの3人が感想を呟く。

 一見すれば防戦一方と見えるが、3人にアラーナを心配する様子はない。


「そろそろ終わりじゃねーっすか」

「そうみたいね」


 アミィの言葉に、花梨が応じる。


「くっ、ふぅ……」


 ひたすら攻め続けていたテペヨだったが、徐々に動きが鈍ってきた。

 ただ、アラーナは反撃に転じることなく防御のみを続けている。


「ぐぅっ!?」


 テペヨは苦悶とも驚愕とも取れるうめきを発し、自身の腕に視線を落とした。

 だらりと垂れ下がったまま、まるで他人のものであるかのように言うことを聞かない両腕を見た直後、敵から視線を外したことに気づき、咄嗟に後方へ跳ぶ。


「ぐぅぉ……!」


 着地と同時によろめき、危うく倒れそうになるのを気合いでこらえた。


「どうした、もう終わりか?」

「くっ……!」


 アラーナは追撃することなく、間合いを維持したまま問いかける。

 苦悶の表情を浮かべていたテペヨが、なにかに気づいたように眉を上げた。


「極小のカウンターか」

「正解だ」


 防戦一方に見えたアラーナだったが、彼女は二丁斧槍でテペヨの攻撃を防ぐ際、わずかに力を返し、小さなカウンターを加えていた。

 それが少しずつ積み重なり、テペヨが気づいたときには深刻なダメージになっていたのだった。


「ふん、こんなもの……!」


 彼は魔人である。多少の傷など、その気になればすぐに再生できる。


「……なにっ!?」


 だが、彼は腕をだらりと下げ、かろうじて立っているという状態のままだった。


「いかな魔人といえど、体内を巡る魔力を乱されては、回復も難しいようだな」


 アラーナは小さな反撃の際、物理的にダメージを与えるだけでなく、魔力による微少な衝撃も与えていた。

 それが彼の体内を巡る魔力の流れを乱し、魔人の再生能力を著しく低下させたのだった。


「時間をかければ回復はできるのだろうが、あいにくそれにつき合ってやるほどヒマではないのでな。そろそろ終わりにしようか」


 アラーナが、小さく腰を落とす。


「ばけものめ……!」

「褒められたと、思っておこう」


 そして言い終えるが早いか、アラーナは距離を詰め、テペヨの胸を斧槍の穂で貫いた。


「楽しませてもらったよ、少しだけだがな」

「ぐふぅ……」


 まばたきをしたわけでもないのに相手の姿を見失い、胸を貫かれたのだと気づいたとき、テペヨは彼女がまったく本気を出していないと悟った。


(最初から、勝負にすらならなかったということか……)


 その諦念が彼から生きる気力を奪ったのか、魔人テペヨはわずか一撃で絶命し、ほどなく身体を消滅させたのだった。


「あいかわらずエグい強さよねー、アラーナって」

「ほんとに。テペヨって一応は最強の魔人だよね? それをあそこまで圧倒するなんて」

「さすがアラ姉っす!」


 花梨、実里、アミィの感想を受けたアラーナは、苦笑を浮かべるとともに肩をすくめる。


「なんの。私でなくともあの程度のやから、楽勝だったろうよ」


 開戦直後ならまだしも、1週間ひたすら戦い続けたトコロテンのメンバーで、テペヨごときにおくれを取る者はほとんどいない。


 直接的な戦闘を行なわないサマンサとロザンナ、そして戦闘用のスキルや魔法を使えない陽一はともかく、ほかのメンバーであれば、一対一でテペヨに勝つのは容易といえた。


 花梨や実里であれば一発で倒せる矢、あるいは魔法を放てるし、アミィも魅了によって動きを封じ、そのあいだにトドメを刺すくらいは余裕でできる。


 シーハンはそもそも格闘技術が高く、大刀の一閃で倒せるだろう。


 こちらに来て日が浅いシャーロットも、もともと特殊な格闘技術を持っているうえにこの1週間で飛躍的に魔法の腕を上げたので、苦戦することはない。


「アタイがいうのもあれっすけど、オヤジたちはとんでもねー人たちを敵に回したんっすねぇ」


 しみじみと呟くアミィをみて、ほかの3人は苦笑を漏らした。


「さて、邪魔者はもういないようだし、さっさと中に入ってカタをつけるとしよう」


 アラーナの言葉に全員が頷き、彼女たちは敷地内を進んだ。

 とくに歩みを妨げるものはなく、4人は家の前に立つ。


「では、開けるぞ」


 アラーナは全員に確認したあと、玄関口のドアノブをひねる。


 ――ガチャリ。


 とくに鍵などはかかっておらず、4人は開いたドアから中に入った。


「ほう、これは……」


 アラーナの口から漏れた声が響く。


 ドアの向こうは、なにもない空間が広がっていた。


 周囲を見回しても壁や天井は見えず、振り返ればいましがた通ってきたドアだけがぽつねんとたたずんでいる。

 床は石かコンクリートかよくわからないが、硬質なものが敷き詰められているようだ。


「暗くは、ないみたいね」


 花梨の言ったとおり、照明などは見当たらないものの、あたりはそれなりに明るかった。


(罠はない。そのまままっすぐ進んで大丈夫だ)


 4人の頭に、陽一の声が響く。


「いこう」


 陽一の声を受け、4人は歩き出した。


 そしてしばらく歩いたところで、玉座に座る人影が見えた。

 建物の外観とは不釣り合いな、しかしこの空間にはなんとなく合っている、豪奢な玉座だった。


「魔王、パブロ……」


 傲然と玉座に座る人物を見て、アラーナが小さく呟く。


 どちらかといえばラフな格好をしていた前世とは異なり、彼はいま近世ヨーロッパの貴族を思わせる真っ黒な衣服に身を包み、マントを羽織っていた。

 それが彼なりの、魔王の姿なのだろう。


 そんな彼の姿を、アミィは小さく鼻で笑った。どこかでっぷりとしていた体型はスリムになり、若々しさと威厳とを兼ね備えた容貌にはしっかりとカルロの面影があった。


 玉座は一段高い場所にあり、彼は近づく4人を見下ろすように眺めていた。


 表情に疲労が見て取れるせいか、魔王本来のものであるはずの青白い肌が、なにやら体調の悪さを連想させた。


「きたか」


 アラーナたちを前にして、魔王パブロが口を開く。


「オヤジ、覚悟はできてるっすか?」


 アミィが一歩前に出て問いかけると、パブロは鼻で笑う。


「ふん、ここに至っては逃げも隠れもせんよ」

「それじゃあさっさと始め――」

「まぁ、待て」


 身構えようとするアミィを、パブロは手を挙げて制する。


「なんっすか? 命乞いでもするつもりっすか?」

「そんなことをするつもりはない。必要がないからな。どうせ勝つのは吾輩だ」

「大した自信っすね。テオドロのやつはアラ姉ひとりに軽くあしらわれたってのに」

「魔人と魔王を同列に語るな、愚か者め。吾輩はただ貴様らに聞きたいことがあるだけだ。それさえ済めば、すぐにでも戦いに応じてやる」

「くっ……」


 パブロの視線を受けて、アミィは思わずたじろいだ。

 彼の言うとおり、パブロの放つ空気は、テペヨなどとは比べものにならないほど重い。アラーナですら、思わず身構えるほどだった。


「な、なにを聞きたいって、いうんっすか?」


 最終決戦を前にして、自身の前に現われたいわば勇者とでも呼ぶべき4人に、魔王はいったいなにを問うのか。

 彼女たちはそれぞれ緊張を露わにし、魔王の問いかけを待った。


 しばしの沈黙。


 そして魔王は口を開く。


「ケーキ好きの男が本当に怖いものとは、なんだ?」

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