第15話 魔王城への突撃
ふたりきりでまったりと過ごしていると、サマンサから補給の要請がかかったので、【帰還Ω】をキャンセルしてアラーナの船室に戻ったのだった。
「それじゃ、いってくる」
「うむ、いってらっしゃい」
異世界に戻ったあと、アラーナが互いの身体に〈浄化〉をかけ、汚れを落とした。
陽一は動きやすいように作業服を着て船室を出た。
それから手際よくミサイルや砲弾、銃弾類を補充したところで、一度自身の船室に戻った。
「あれ?」
船室に入ると、花梨と実里、アミィの3人がいた。そして3人ともが、どこか不機嫌そうである。
「えっと、どしたの?」
「どしたのじゃないわよ!」
「アラーナだけずるいです!」
「アタイたちも明日決戦なんっすよー!」
どうやらアラーナとあちらでしっぽりやっていたことはお見通しらしい。
「いや、彼女とは、その、約束があってだな……」
「わかってるわよ。だから邪魔しなかったんでしょ」
「ああ、うん」
異世界と日本とで離ればなれになっているが、その気になれば念話で介入することも可能だ。
さすがに彼女たちも、そこまで野暮ではないらしい。
「ねえ、3人一緒でいいからさ、いいでしょ?」
それはそれで大変なのだが……と思いつつも、3人の美女から求められて断れる陽一ではない。
「ああ、いいよ」
彼は花梨たちの申し出を受け、3人を連れて『グランコート2503』に【帰還】した。
アラーナと入ったあとも湯を張ったままだったので、ひとまず花梨たちは浴室に入り、短時間ながらも交代で湯船に浸かった。
そうしてリフレッシュしたところで浴室を出た3人は、軽く身体の水気を拭き、全裸のまま寝室に集合した。
そして陽一は、花梨、実里、アミィの3人と、短時間ながらも濃密な時間を過ごした。
○●○●
翌朝、甲板には決戦のメンバーであるアラーナ、花梨、実里、アミィのほかに、シーハンとサマンサの姿があった。
夜通しの攻撃が功を奏したのか、現在イージス艦周辺の魔物はかなり数を減らしている。
「お待たせ」
そんな彼女たちのもとへ、船室から出てきた陽一が合流する。
「ふふん、ジブンらゆうべはお楽しみやったみたいやな」
その言葉にまずアラーナがバツの悪そうな顔をしたが、さらに花梨、実里、アミィも似たような反応を示したことに、彼女は目を見開く。
「……ヨーイチ殿?」
「あはは、じつはあのあと、みんなと……ね?」
じとりとした視線を向けられた陽一は、困ったように頬をかきながら言い訳をした。
「えー、べつにいいじゃない」
「アラーナはふたりきりでしてもらえたわけだし」
「そうっすよ! アタイらは3人まとめてだったんっすから」
「むぅ……それも、そうだな」
花梨、実里、アミィの抗議に、アラーナは渋々ながらも頷くが、そうなると納得できないのはサマンサとシーハンだ。
「なに贅沢なこと言うてんねん、うちらお預けくらったままやねんぞ?」
「そーだそーだ! みんなだけずるいよ!」
ふたりにそう言われると、4人とも申し訳ない表情を浮かべる。
「あー、その、ふたりとは、全部終わったあとでゆっくり、な?」
陽一がフォローするようにそう言うと、サマンサとシーハンはしょうがないといった
「ここにおらへんシャーロットもやぞ?」
「ロザンナさんも裏方でがんばってるし、気遣ってあげないとね」
「もちろん、わかってるよ」
話が一段落ついたところで、陽一の姿が消える。
そして数秒後には一羽のヴァーミリオンバードを連れて現われた。
「それじゃ、アラーナたちはコイツに乗ってもらうよ」
それはいつも陽一が乗っているスザクよりもふた回りほど大きな個体だった。
「この子はスザクみたいに速く飛べないけど、安定した飛行が得意なんっすよ」
アミィは大きなヴァーミリオンバードに歩み寄り、首を撫でながらそう説明した。これからアラーナたち4人は、彼の背に乗って魔王城へと向かう。
「この子、名前は?」
「まだないっす」
花梨の問いかけにアミィがさらっと答える。
魔物を自由にテイムできるアミィだが、名づけに関して特にこだわりを持っていなかった。
「じゃあ、サウスっていうのはどうかしら?」
スザクの名の由来となった
その朱雀が担当する方角の南を英語にしただけの、単純な名前である。
「いいんじゃないっすか?」
特に反対意見も出なかったので、彼の名はサウスに決定した。
「ではよろしく頼むぞ、サウス」
「ギュルァッ!」
アラーナが名を呼び、首元を軽く叩いてやると、サウスは得意げにひと鳴きした。
その鳴き声はスザクよりも少し低かった。
「じゃあ、乗ってくださいっす」
サウスの背に4人が乗った。
先頭にはサウスに意思を伝えられるアミィが、そのうしろには花梨と実里が横並びに乗り、アラーナが最後尾にまたがる。
ヴァーミリオンバード固有の能力により、
「それじゃいくっすよー」
アミィが声をかけると、サウスはばさりと翼をはためかせ、空に飛び上がった。
「気をつけてな」
「こっちの防衛はまかしとき」
「援護はするから、安心して飛んでよね」
陽一、シーハン、サマンサに見送られ、アミィたちを乗せたサウスは魔王城を目指して飛び去るのだった。
○●○●
「うひょー! はえーっすねー」
速度面でスザクに劣るとはいえ、サウスもヴァーミリオンバードである。
悠然と飛んでいるように見えて戦闘機よりもはるかに速い。
しかも低空で飛行しているためか眼下に流れる景色は目にもとまらぬほどだ。
その速度に追いすがれる魔物はほとんどいないものの、ゼロではない。
しかしサウスに近づこうとする魔物のほとんどはイージス艦からの援護射撃によって撃ち落とされ、それをかいくぐって迫る個体も花梨の弓と実里の魔法で迎撃された。
「もうそろそろっすよー」
歩けば数日はかかろうかという森の上空を、わずか十数分飛んだだけで越えられた。
ただ、ここまで順調に進めるのは、後方に陣取ったイージス艦が周辺の空の魔物を徹底的に排除したからだ。
魔王城周辺の防空戦力はいまだ1000万以上を残しており、攻撃し続けなければ半日を経ずここら一帯の空は魔物で埋め尽くされ、サウスは満足に飛ぶこともできなかっただろう。
「見えた、あれか?」
サウスの背で立ち上がったアラーナが、前方に目をこらす。
森が切れ、しばらく荒野が続いた先に巨大なクレーターがあった。
「あの大岩落とし、とんでもない攻撃だったのね……」
「さっすがアニキ、パネェっす!」
視界いっぱいに広がるクレーターを目の当たりにして花梨は呆れたように言い、アミィは称賛の声を上げた。
「中心のあれが……魔王城?」
クレーターの中央部分に、ぽつねんとたたずむ建造物があった。
それを目にした実里が首を傾げたのは、それが魔王城と呼ぶにはあまりに質素なものだったからだ。
小さなゲートと一軒の家。
町中にある住居として見ればそれなりのものなのだろうが、だだっ広い荒野のただなかに配置されると、なんともいえずみすぼらしい。
しかもゲートは家屋から少し離れた場所に門枠だけがあるような状態で、塀のようなものすら見当たらなかった。
「なんだかよくわかんねーけど、突っ込むっすよー!」
そのたたずまいが不気味ではある。
しかし、だからといって攻め込まないわけにはいかない。
「みんな、なにが起こってもいいようにあたりを警戒しておけ」
アラーナの警告に、ほかの3人が頷く。
「ではアミィ、突撃だ」
「了解っす!」
サウスが高度を下げ、家に向かって距離を詰めていく。
ゲートとは別方向から進み、ぐんぐんと家屋が近づいてきた。
そしてそろそろ速度を落とそうかというとき――、
「なっ!?」
――4人の視界から家が消えた。
思わず声を上げたアラーナだったが、ほかの3人もそれぞれ驚き、戸惑いの表情を浮かべている。
「みんな、うしろ!」
そんななか、実里が声を上げる。
彼女の言葉に導かれるようにうしろを振り返ると、そこに遠ざかっていく家の姿があった。
「どうなってるの?」
「わけがわからんな……」
「とりあえずサウス、Uターンっす!」
戸惑う花梨とアラーナをよそに、アミィはサウスに命令を下す。
「ギュルァーッ!」
アミィの命を受けたサウスは旋回し、再び正面に家を捉えた。
「サウス、もっと低く飛ぶっす!」
高度を下げ、地面すれすれを高速で飛ぶ。
「そのまま、突っ込むっす!」
そしてスピードを落とさぬまま、家に向かって突撃する。
「……まただ!」
しかし家から100メートルほどの距離に達した時点で、ふたたび正面にあった建物が消えた。
「今度は横?」
真横より少し斜めうしろあたりに建物があり、それはサウスの飛行に合わせて遠ざかっていった。
「まるですり抜けちゃったみたい……」
「どうなっている? 空間が歪んでいるのか?」
異常な状況に花梨は呆然とし、アラーナは首をかしげる。
(みんな、聞いてくれ!)
そのとき、4人の頭に陽一の声が響いた。
(どうやら魔王城に入るには、正面のゲートを歩いてくぐるしかないみたいだ)
4人が魔王の居城に到達できない理由を、陽一は【鑑定Ω】で突き止めたようだった。
「ちっ、めんどくせーことするっすね、オヤジも」
心底つまらなそう呟いたあと、アミィはサウスに命じてゲートの前に着地させた。
「それじゃサウス、気をつけて帰るっすよ」
全員が降りたあと、故郷の朱雀山に飛び去っていくサウスを見送る。
いまはイージス艦からの攻撃であたりに魔物はいないが、数分もすれば魔王軍の防空戦力が戻ってくるので、その前にサウスを返しておく必要があった。
彼女たちの帰りについては、陽一がスザクで迎えにきて、イージス艦へと【帰還】する予定だ。
たとえそのときに魔王軍が周辺にひしめき合っていようとも、魔王の統率を欠いた状態ではスザクを止められないだろう。
飛び去ったヴァーミリオンバードの姿が見えなくなったあと、4人は、ゲートに向き直った。
「こいつは……」
ゲートを見て、アミィが絶句する。
それは魔王城の門というにはあまりに質素で、せいぜい大型トラック2台が行き違える程度の大きさでしかなかった。
ただ、それでも目を引くものがあるとすれば、ゲートの上に鎮座する飛行機のオブジェだろう。
「ったく、こんなとこまで来てなにやってんだか」
それはオゥラ・タギーゴのアジトにあったのと同じものだった。
ゲートの向こうを見ると、その先にある家屋もあちらのアジトと同じだとわかる。
「とにかく、中に入らねばなるまい」
「うっす」
アラーナが先頭に立ち、ゲートをくぐる。
特になにかを感じることはなかったが、4人は無事ゲート内に入ることができた。
そして魔王城と呼ぶべきかどうかすら迷ってしまう家屋に向けて進む。
すると、その正面にたたずむ人影があった。
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