第13話 陽一vsラファエロ

 【帰還Ω】をキャンセルした陽一は、スザクとともにさきほどまでいた上空に戻った。

 そして速度を落としつつ、高度を下げていく。


「それじゃあスザク、みんなの援護を頼む」

「キュルァッ!」


 了解、と言わんばかりに鳴くスザクの首を軽く叩いたあと、陽一は彼の背から飛び降りた。


 スザクはその場で一度円を描くように飛んだあと、人類軍が撤退したほうへ去っていった。

 航空戦力としてスザクが加われば、撤退はさらにはかどるだろう。


 スザクの背から飛び降りた陽一は、例の魔人から10メートルほど離れたところに降り立った。


「おい、さっきのおっさんが消えたのはてめぇのせいか?」


 陽一に敵意を向けながらも襲いかかってくることはなく、魔人は不機嫌そうな口調でそう尋ねてきた。


「ああ、そうだよ」

「……てめぇはっ!?」


 平然と答える陽一に顔を向けた魔人は、フードから覗く目を大きく見開いた。


「よう、久しぶり……でもないか」

「てめぇ、やっぱ生きてやがったか!!」


 怒りとも喜びともとれない、そんな声で叫びながら、魔人は自らがまとっていたローブを脱ぎ捨てた。

 その下から、鋼のように鍛え抜かれた上半身が露わになる。


「ずいぶん立派になっちゃって。お前、そんなにマッチョじゃなかったよな、ラーフ?」


 ラーフこと魔人ラファエロは、陽一を前に凶悪な笑みを浮かべた。


「オヤジから死んだって聞いたときはおどろいたが、やっぱそう簡単にくたばるようなタマじゃなかったってわけだ」

「で、どうする? パパに知らせるか?」

「とんでもねぇ、待ってたんだ! てめぇとのリベンジマッチをよぉ!!」


 ラファエロはそう叫びながら、拳を振り上げて飛びかかってきた。

 陽一はそれを予期していたかのように【無限収納Ω】から突撃銃を取り出して引き金を引いた。


 ――ダダダダッ!


「効くかーっ!」


 飛来する数発の弾丸を腕で払いのけたラファエロは、勢いを殺すことなく陽一に迫り、振り上げたままの右拳を叩きつけてくる。


「ふっ……!」


 陽一は突撃銃を【無限収納Ω】に収めつつナイフを取り出し、ラファエロの右拳に刃を立てた。


 ――ガキィンッ!


 硬質なもの同士がぶつかり合うような音が響き、衝撃がふたりを襲う。


「ちぃっ……!」

「くっ……!」


 ふたりともが弾かれるように飛びのき、数メートルの間合いが生まれた。


「こいつをはじき返すなんてやるじゃないか、ラーフ」

「いつまでも弱いままだと思うなよクソがぁっ!!」


 再び飛びかかるラファエロを、陽一が迎え撃つ。

 そこからは一進一退の攻防が続いた。


 セレスタンの訓練を受け、近接格闘技術を磨き上げた陽一に対して、ラファエロは魔人としての身体能力にかまけてただ闇雲やみくもに拳や脚を振り回すだけだったが、存在が倍加したせいかその攻撃はでたらめに強く、速い。

 陽一は攻撃をしのぎながらもカウンターを喰らわせるが、耐久力も相当なもので、多少のダメージはすぐに回復してしまった。


 シュガルやウィツィリがさまざまな能力を得たのと違って、ラファエロは身体機能に魔人としての能力のすべてを注ぎ込んでいるようだった。


「ククク……どうしたぁ? こんなんじゃあいつまで経っても終わんねぇぞ!!」


 ラファエロの言うとおり、時間だけが過ぎていく。


 【健康体Ω】のおかげでスタミナ切れを起こすことはないので、このまま持久戦に持ち込めばいずれ陽一に軍配があがるだろう。


(まずいな、時間が……)


 ただ、陽一にはあまり時間がなかった。


 戦いが始まって10分近くが経過している。あと数分もしないうちに、魔王パブロは陽一の存在に気づくだろう。

 そうなると、なにが起こるか予想がつかない。


 ラファエロがその気になれば、すぐにでも陽一の存在をパブロに知らせることが可能なのだが、どういうわけか彼にその気はない。

 どうやら自身での決着を望んでいるらしく、それを【鑑定Ω】で知ったからこそ陽一は彼の前に姿を現わしたのだ。


(できればこんなやつ、放っておきたいんだけど)


 リベンジマッチに燃えるラファエロと異なり、陽一のほうは彼との決着にあまり興味はない。

 それでもラファエロと戦うことを選んだのは、放置した彼が地上部隊に向かうことを恐れたからだ。


 オルタンスであれば対処は可能だろうが、彼女の力がラファエロに割かれるぶん、人類軍の被害が増大するというのは想像に難くない。


 結局、デニスの件がなくともラファエロを補足したタイミングで、戦うことにはなっていたのだろう。

 そして戦いを始めた以上は、ここで倒しきらなくてはならない。


(とはいえ、どうやって倒すかな……)


 陽一はラファエロの猛攻を受け流しながら、思案する。


 最大限に魔力を注ぎ込み、重量を増したナイフの一撃でさえ、ラファエロを倒せなかった。

 シュガルやウィツィリと違って身体能力に極振りしたラファエロに対しては、対物ライフルはおろか対戦車ミサイルですら決定打にはならないだろう。


(……まてよ、あれなら)


 ふと、打開策を思いついた陽一は、ラファエロの大ぶりなストレートをかわし、ナイフによるクロスカウンターを放った。


「ぐぶぉぁっ!?」


 魔力が注がれ、重量を増した刃がラファエロの頬にめり込む。

 それは皮膚を裂き、骨を砕きながらも、頭部を切断するには至らず、彼を後方に吹き飛ばすに留まった。


「へへへ……いてぇ……いてぇなぁ……!」


 即座に起き上がったラファエロの傷は、彼が構え直すころにはすでに癒えていた。

 そして視線を前方に向けた瞬間、ラファエロの表情が歪む。


「あぁ?」


 追撃がくると身構えていた彼の目に、軽く半身はんみに構えて腰を落としながらも、その場から動かない陽一の姿が目に入る。

 そして彼の手には、ナイフがなかった。


「てめぇ、やる気あんのか?」


 怒りを交えながらも静かに告げるラファエロに対し、陽一は左手を差し出す。

 そして手のひらを上に向け、挑発するようにクイクイっと指を何度か曲げた。


「ふざけやがって……ぶち殺したらぁ!!」


 怒りを乗せた拳を振り上げ、ラファエロは飛びかかった。

 かわされることもいとわず全力で拳を振り抜く。

 かわされ、防がれたところで何度でも攻撃を仕掛ければいい、そんな思いで。


「ふっ……!」


 これまでで最高に速く、強烈なラファエロの右ストレートをかわしながら、陽一は彼が思う最強の人物を頭に描いていた。

 その人物の動きをトレースするように、大地を蹴り、腰をひねる。

 そしてすべての力を乗せた掌底しょうていを、ラファエロのみぞおちに放った。


 ――ドンッ!


 大地と、空気を揺らすような衝撃。


 追撃をかけようとしたラファエロの動きが、完全に止まる。


「……ごふっ!」


 魔人の口から、血がこぼれ落ちる。

 その直後に、目や鼻、耳からもドロリと血があふれ出した。


「へ……へへ……やっぱ、強ぇな、てめぇ……」


 不敵な笑みを浮かべたままドサリと仰向けに倒れたラファエロの身体は、ほどなく灰と化し、消え去った。


 それを見届け、陽一は構えをとく。


「ふぅ……うまくいったな」


 陽一は安堵し、大きく息を吐いた。


「師匠、ありがとうございます」


 彼が最後に放った掌底は、以前セレスタンがグレーター・リヴァーサーペント・エンペラーを一撃で沈めた技を模したものだった。


 彼は以前に見たあの光景を思い出し、【鑑定Ω】で解析した。

 あれは掌底による物理的な衝撃を加えるのと同時に、触れた相手の魔力を体内で爆発させ、身体の中をズタズタにしてしまうという凶悪な技だった。


「あと、管理人さんも」


 少し前の陽一には再現できないものだったが、彼は開戦直後に管理者と交わったことで、魔力を感知し、触れた相手のものなら操作できる、という能力を新たに得た。

 その結果実現できた技であり、おかげでラファエロに短時間でトドメを刺すことができた。


『そうでしょうとも! 藤の堂さんはもっと私に感謝すべきです!』


 そう言って胸を張る管理者の姿を思い浮かべた陽一は、ふっと笑みを漏らした。


「さて、そろそろ帰らないとな」


 まもなくパブロに補足されるタイムリミットである。


「おーい! スザクー!」

「キュルゥーッ!」


 呼びかけに応じて戻ってきたスザクをいったん朱雀山に返したあと、陽一は『グランコート2503』に戻った。

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